第二話 幼馴染の様子もおかしい
2-1 美少女設定には理由がある
これまでのあらすじ。
推しの様子がおかしいと思ったら、中身が前世の彼氏でした。
「いやちょっとまって、意味わかんない! 意味わかんない!!」
状況を整理したフローラはディランを押し返して、力の限り叫んだ。ディランはものすごく不満そうな顔でフローラを見返しているが、とりあえず手を離してくれた。その表情や行動が、見慣れた宏一のもので、だからこそ混乱する。
たしかに転生ものは前世で流行っていた。乙女ゲームの世界に男性が転生したり、転移した作品だって知っている。だからといって、前世の彼氏が乙女ゲームの攻略対象に転生しているとは思うまい。
「いったん落ち着こう。そうだ、落ち着こう。深呼吸するのよ、私」
「その取り乱しよう、本物の鈴だ」
「宏一くん、いやディラン? ちょっと黙って、頭パンクするから」
フローラは深呼吸した。ラジオ体操みたいに体全体を使って大きく息を吸い、吐く。そうしていると混乱した頭が少し落ち着く。ついでに気持ち悪さも若干だが収まった気がする。
改めてディランを見つめる。どこからどう見てもディランの顔だが、にこにこと柔和な笑みを浮かべる姿はディランとはほど遠い。ルートに入って好感度をあげまくった時でも、しっぽをはち切れんばかりに振る犬みたいな顔はしなかった。ディランも宏一も猫系男子だったはずだが、いつのまに犬系男子にジョブチェンジしたのか。
「本当に宏一くん? 私の前世の幼馴染みで彼氏の安藤宏一くん?」
「鈴の幼馴染みで最愛の彼氏、結婚予定だった安藤宏一だよ」
両手を広げて輝く笑顔で答えられた。ついでに肩書きも増やされた。自分で最愛とかつけてしまうあたり、間違いなく宏一である。
宏一は顔もいいし頭もいいが、残念がつくタイプのイケメンであった。なぜか鈴以外に興味がなかったからバレなかったが、付き合ったら思ったのと違ったといってフラれるタイプである。
「いや、なぜ? なんでディランが宏一くんに? えっ、ここ乙女ゲームの世界だよね?」
「鈴が乙女ゲームの世界に生まれ変わりたいって言ったんでしょ」
「あっうん……いった……いったけどね」
言ったからといって本当に転生するなんて誰が思うか。フローラは熱以外が原因で痛む頭を押さえる。
「鈴が死んだ後、俺は鈴との約束を果たすために色々勉強したんだ。黒魔術とか」
「よりにもよって黒魔術!?」
ていうか、前世の世界に存在したんだ。と心の中で突っ込んだが、あまりの衝撃に声にならない。
ディランはなぜか誇らしげな顔をしている。全く誇らしくない。幼馴染み兼彼女が死んでショックなのは分かるし、フローラだってあっさり忘れられたらショックだが、黒魔術にのめり込むほど引きずって欲しいとは言ってない。
「えっちょっとまって。まさか宏一くん、転生するために自殺したなんてこと……」
「いや、鈴が死んで五年後に災害に巻き込まれて死んだ。家で黒魔術の実験してたら地震が起こって、家が崩れてさ」
「そ、そっっかあ……」
不幸というべきか幸いというべきか迷う話だ。そのまま生き続けて黒魔術が完成していたらどうなっていたのだろうと考えると、冷や汗が流れる。前世だったら黒魔術なんて実在しないと笑い飛ばせたが、異世界転生をはたし、剣と魔法の世界にいる今となってはありえないと断言できない。
「じゃあ宏一くんが黒魔術でこの世界を作った。なんて展開じゃないのね」
「残念ながら」
ディランは本当に残念そうにそういった。残念がるなと突っ込みたいが、言いたいことがありすぎて言葉が出てこない。
「俺は物心ついた頃には記憶があった。君つむの世界だって気づいてから、ずっと鈴を探してたんだ。学院に入学したら鈴に会えると思って。ずっとずっと、鈴に会いたかったんだ」
ディランはそういうとフローラの両手を握りしめた。眉を下げ、感極まった顔でフローラを覗き込むディラン。感動の再会と喜ぶべきなのだろうが、フローラは言葉にならない悲鳴を上げる。
「推しの過剰供給!!」
「ディランに夢中な鈴見てるの嫌だったけど、こうして俺の顔に照れる鈴を見るのは楽しいね」
「殺す気か!?」
死因が推しの顔面を至近距離でみたせいなんて、死ぬに死ねない。車に轢かれるに比べれば全然マシだが、せっかく再会できたのに死ぬわけにはいかない。
フローラは落ち着け、落ち着けと念じながら、呼吸を整えた。その間もディランの視線をひしひしと感じる。顔を上げれば満面の笑みを浮かべているのが想像できたので、絶対に顔を上げないと決意した。
尊死しそうだし、ディランがモブに優しいという状況に頭がバグりそうだ。ディランがデレるのはイヴだけと、面倒なオタク心が叫ぶ。でも、宏一にディランの顔で迫られるのは悪い気がしない。本音を言えばかなりいい。
ままならない心にフローラは声にならない悲鳴をあげて、頭を押さえた。
「俺が鈴にもう一度会いたいって気持ちが奇跡を起こしたんだよ。今度こそ幸せになろう」
フローラの気持ちを知ってか知らずか、熱に浮かされたような声でディランはいう。ゲームでは聞いたことのない甘ったるい声に、フローラは思わず顔を上げる。幸せそうな顔をしたディランが目に飛び込んできて、心臓が止まりそうになったがなんとか耐えた。
冷静になれと念じながらディランの言ったことを吟味する。
「奇跡ですませていいのかな? この状況」
奇跡の一言で片付けるにはあまりにも出来すぎている。乙女ゲームそっくりな世界が存在しているだけでも奇跡なのに、前世で縁のあった鈴と宏一が望んだ立場に転生している。こんな偶然ありえるのか?
「さすがフローラ。頭お花畑のバカと違って、状況がよくわかってるね」
フローラが唸っていると、そんな涼やかな声がした。ディランがムッとした顔をするのを横目に、フローラは振り返る。
「エンジェリカ?」
そこには授業を受けているはずのエンジェリカが立っていた。なんでここにと問う前に、エンジェリカが近づいてくる。
エンジェリカは表情が大きく動く方ではないが、フローラが話かければいつも微笑んでくれる。だが、今のエンジェリカは無表情。元が整っている分、表情が消えると神秘性が際立って、同じ生き物とは思えない。暴力的な美しさを前に、本当に自分の幼馴染で親友のエンジェリカなのかと、急にフローラは不安になった。
「誰、コイツ」
ディランは笑顔を消し去って不機嫌そうにエンジェリカを睨みつけた。ディランとしてはこちらがデフォルトなのだが、あまりの変わりように呆れてしまう。
宏一も鈴とそれ以外の対応が全く違った。あまりにあからさまのために宏一が好きな女子にやっかまれ、トラブルに巻き込まれた数は両手の数でも足りない。
「エンジェリカ。私の幼馴染で親友」
「ふーん」
ディランは上から下までジロジロとエンジェリカを値踏みした。誰もが見惚れる美少女に対してなんて態度だと思ったが、らしいといえばらしい。
美的センスが独特なのか、宏一は美少女にも美女にも一切興味を持たなかった。本人曰く、顔ではなく内面を見ていると言っていたが、他人の顔に興味がないのが真相だとフローラは思っている。前世、美容室で変な髪型にされたときだって、化粧を失敗して化け物みたいになったときだって、可愛いの一言ですませていた。宏一の可愛いは世界一、当てにならない。
「何のようだ。俺とす……フローラは大事な話の最中だ。邪魔するな」
「ちょっと、そんな言い方!」
ディランのローブの裾を引っ張る。構ってもらえたのが嬉しいのか、ディランは表情を緩めた。存在しないはずの尻尾がブンブンと振られている錯覚が見える。本当に、いつのまに犬化したのか。
「フローラ、大丈夫。事情は把握してるから」
「えっ」
この状況をどう誤魔化そうかと考えていると、エンジェリカが想像もしていなかったことを口にした。なにをどう把握しているのか、理解が追いつく前にエンジェリカはパチンと指を鳴らす。
とたん、エンジェリカの体を光が包みこんだ。前世、子供の頃に憧れていた魔法少女の変身シーン。それを再現するようにエンジェリカの姿が変化し、学院のローブから真っ白な軍服へと早着替え。その背には普通の人間にはありえない、大きな白い翼があり、頭上には光る輪が輝いていた。
「て、天使……?」
「そう。天使」
フローラの間抜けな呟きに対してエンジェリカは笑う。この世界に生まれ、今まで生きてきて、何度も見た。幼馴染であるエンジェリカの見慣れた笑顔。
それを一瞬で引っ込めたエンジェリカは真剣な顔をしてディランとフローラに向き直った。
「転生者でも、この世界で十年以上生きてるんだから知ってるでしょ。この世界は女神様が創られた」
君つむの舞台、アルヴィオン王国は唯一神である女神を信仰している。女神は人の至れない領域、天上にいらっしゃるが時折外界へと神託を届ける。その神託を伝える役目を担うのが白い翼を持つものたち。彼らは天使と呼ばれている。
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