見せつけろ、甘味の威力

 祝祭当日。面倒な儀式などにも参加した後に、教会関係者としては一番のイベントである出品展が開かれる。

 大広間に設けられた机には色鮮やかな宝石の入ったアミュレット、細かな宝石の埋め込まれた金細工の教会のシンボルなどが並べられていた。

 神官達の説明を受けながら、それをしげしげと眺めて購入していく貴族。

 積み上がっていく金の山に奥に居る神官達はニヤニヤと笑みを浮かべている。

 あーやだやだ。あんな金の亡者と同類にはされたくないなぁ、彼らを見て溜息を漏らす私の側へと、一人の女性が近づいてくる。


 「あら、セルフィナさん。貴方も今年は参加するんですね」

 「貴方の御父上がどうしても参加しろって煩いからですよ、アステラ嬢」

 「そんな言い草はいけませんわよ。これは教会にとって大切な行事なのですから」


 側まで来た彼女を見て私は僅かに顔を顰める。私の元へ来た女性、それは現教皇の娘アステラだ。

 私と同じく聖女候補だったが、お師匠様の容赦ないしごきと戦闘訓練に嫌気がさして、こんな事を聖女候補がする意味などありませんと抗議してお師匠様の怒りを買い、破門にされたのだ。

 美しい金髪にエメラルドを思わせるような翠の瞳が目を引く美人で、黒髪に紅い瞳という私の見た目を揶揄して、彼女こそが聖女に相応しいなんて言う輩も結構いる。

 

 愛娘を不適格だと断じられたのが気に食わない教皇とお師匠様の仲は最悪と言っていいレベルで、その弟子で唯一残っている私も教皇に睨まれている身だ。


 「私は今日の為に素晴らしい水晶を取り寄せて、それに聖力を込めたアミレットにしましたの。身につけた方を危険からきっと守ってくれる筈……貴方は何を用意されたので?」

 「そんなに時間も無かったので、ちょっとした食べ物を用意しました」

 「ぷっ……皆が神聖な護符やアクセサリーを用意している中に、食べ物だなんて……ああ、農村出身の貴方にはお似合いの物ですわね」


 今日自分が用意した物を自慢げに語った後に、私に何を用意したのだと尋ねるアステラ。

 食べ物を用意したと言えば彼女は可笑しくて堪らないと笑った後に、私にはそれがお似合いですねと言う。

 ああ、教皇が今年こそは出ろとしつこかったのは、これをやる為か、いつの間にか集まってきていた彼女の取り巻き達などが集まって皆私を蔑む様に笑っている。

 だがそれも長くは続かなかった。大扉が開かれ、騎士が何人も入ってくる。

  

 「皆静粛に、皇帝陛下と皇女殿下がご入場されます」


 神聖帝国皇帝陛下が教皇と共に入場される。

 私を嘲笑っていた者達も慌ててそちらに戻り、自分の元に彼らが来てくれるよう期待の視線を向けている。

 

 おっといけない、こちらもそろそろ出そうか。私はストレージ内に手を入れ、焼き立ての状態で保存していた蜂蜜入りクッキーの入った皿や袋を取り出す。

 

 ストレージから取り出した途端に広がる甘い匂い。

 うん、凄い破壊力だね、何度も試作して食べてる私も手を出したくなってしまう。

 その匂いが広がると皆私のテーブルへと視線を注いでいる。

 陛下のお側で歩いていた綺麗なドレスを着た女の子が、こちらに向かって一直線に駆けてくる。


 「ねぇねぇ、これはなぁに?」

 「皇女殿下っ、走ってはいけません。すみません、こちらはなんでしょうか?」

 「第一皇女殿下にご挨拶申し上げます、聖女候補のセルフィナです。これは私が作りましたクッキーというお菓子でございます。お一つ召し上がりますか?」


 駆け寄ってきたのは陛下の長女で、今年8歳になられる第一皇女のニーナ様だ。

 銀色の髪はツインテールに結われ、クリクリとした菫色の瞳が特徴的な可愛らしい御方である。

 私がご挨拶をした後にお一ついかがですかと声をかけてみれば、彼女はぱぁと顔を明るくさせて、お付きの方が止める間もなくクッキーを一枚手に取り齧った。

 クッキーを口に含んだ彼女は、目を白黒させ始め、何か悪い物でも入っていたのかと周囲の人間がザワつくが、その直後に殿下が口を開く。


 「お、美味しいっ! 美味しい美味しい、こんな甘いお菓子初めてっ」

 「まぁ皇女殿下、そんなに美味しいのですか?」

 「ばあやも食べてっ、こんな美味しい物他にないよっ、もう一枚いい?」

 「ええ、どうぞ、そちらのお皿の物は全て試食の為に用意した物ですから」


 美味しい美味しいと嬉しそうにはしゃいでいるニーナ様。

 私がどうぞと皿を近づければ、ニーナ様はもう一枚。乳母の方も一枚手に取りクッキーを食べる。


 「ああ、これは……なんて甘味でしょうか。そしてこのサクサクとした食感が堪りません」

 「美味しいよね、ばあや。そっちの袋はなぁに?」

 「こちらは試食していただいた後に、お気に召した方にお買い上げ頂く用のクッキーです。保存魔法がかけてあるので、一月は食べられます」

 「お城に持って帰れるの? 欲しいなぁ、ばあや、私あれが欲しいっ」

 

 乳母の方も気に入ってくれたようだ。嬉しそうに微笑み合うニーナ様達だったが、今度は袋詰めされている物に興味が向いたようだ。

 こちらは販売用の物ですと答えれば、あれが欲しいとせがんでいたが、その最中にばあやさんが首を傾げ始めた。

 

 「あらら、これはどうした事でしょう?」

 「どうしたの? ばあや」

 「いえ、今朝から痛かった腰の痛みが急に和らぎまして」

 「これに使った蜂蜜には特別な方法で聖力が籠っており、それで身体の痛みが和らいだのだと思います。身体の弱い方や持病のある方には良い薬になるだろうとお師匠様とクラウス様からお墨付きを頂いています」


 持病の腰痛の痛みが殆ど無いんですと語るばあやさんに、それは蜂蜜由来の聖力の効果だろうと教えれば、周囲で物珍しそうにしていた他の貴族達も一気に近づいてきた。


 「聖女様のお墨付きとは本当かね?」

 「わ、私も試食させて頂きたい!」

 「み、皆様お待ちください。まずは皇女殿下が先ですから……殿下、これは私からの贈り物です。帰ってお召し上がりください」

 「わああっ、ありがとうセルフィナ。帰ったらお兄様達と食べるね!」


 急に人が集まってきたな。でも今は皇女殿下が優先ですよと下がらせた上で、私は袋を二つ手に取るとニーナ様へと手渡す。

 まだ暖かいクッキーの入った袋を手にしたニーナ様は嬉しそうにありがとうと笑った後に、ばあやさんと一緒に離れていく。

 彼女達が離れた後には、貴族達が殺到しようとしたが、背後からかけられた声で一気に人垣が左右に割れる、皇帝陛下が来られたのだ。


 「確かにこれから聖力を感じるな。私も一つ貰おうか」

 「どうぞお召し上がりください、皇帝陛下」


 先程は娘が世話になったと挨拶をしながら側まで来られた陛下は一枚手に取り口に運ばれる。

 帝国中の美食を極めたであろう陛下でも、このクッキーと最高級の蜂蜜の味は体験した事が無いでしょう、と見ていれば陛下はもう一枚手を出す。


 「これは堪らんな……これを食べながら妻の淹れてくれる紅茶が飲みたい。私もこれを二袋頂こう」

 「君、幾ら寄進したらいいのだね?」

 「えっと、金貨五枚頂けましたら」

 「馬鹿を言うな。こんな美味な、しかも薬になるような物を寄進込みで金貨五枚など正気ではないぞ。娘の分も含め、大金貨二十枚だ」


 これを妻の淹れてくれる茶を飲みながら食べたいと目を細めながら語る陛下。

 皇帝陛下と皇后陛下はおしどり夫婦で、メイドにやらせず皇后陛下が紅茶を淹れる事もよくあるとお師匠様から聞いている、事前リサーチ通り甘めにしたクッキーは受けたみたいだね。

 お付きの方に幾ら寄進すれば二袋貰えるのだと聞かれ咄嗟に答えれば、陛下に安すぎるぞと怒られてしまった。


 稼いでも教皇達に半分くらいは取られるから低めにしたのに、その十倍の価格!? 大金貨って十万円くらいの価値だよね!?

 こんな小さなクッキーの袋四つにそんな値段出しちゃダメって言いたかったけど、さっさとお付きの方が側に居た神官に大金貨二十枚渡しちゃって、陛下は嬉しそうに袋を手に取られた。


 「いつも同じような物ばかりでつまらないと感じていたが、こんな物に巡り合えるとは来たかいがあった。早く他の所を済ませて帰るぞ、私は妻とこれが食べたい」

 「承知いたしました陛下……まったく相変わらずですな」


 代り映えのしない装飾品や護符、美術品などばかりで飽きかけていたが、今年は来て良かったと上機嫌に笑う陛下は側近と共に次の場所へと歩いていく。

 ホント愛妻家なんだなぁと見送っていたら、私に凄まじい数の視線が注がれている事に気付く。


 「セルフィナ殿、私も試食させてくれ!」

 「試食はいい! 私も大金貨五枚寄進するから一袋頂きたい!」

 「ま、待って、皆さんお待ちください! 順番に、順番にお願いします!」


 気が付けば集まっていた貴族の殆どが私の所へと来ていた。試食を、購入がしたいと詰めかけてくる貴族方に慌てる私。

 そんなに数を用意していないと伝えれば、そこかしこで順番争いまで始まっている。

 最終的には爵位の上の者から順番に試食や購入をしていく流れになり、私の用意したクッキーは全て売り切れた。


 「はぁ……はぁ……ら、来年はで、出ないわよこんなの……」

 「素晴らしいなセルフィナ君! あれも女神様のお告げで思い付いたものかね?」

 「ランドルフ公……まぁそんなところです。聖力入りなんてのは量産できませんが、いずれはこれも流行らせたいですね」

 「フフフ、その時はよろしく頼むよ。さぁて、私も帰って妻と頂くとしよう。はっはっはっはっ」


 大金貨の山に目たを輝かせている神官達の横で、息を切らせながら二度と出るもんかと悪態をつく私だったが、その肩を叩いたのはランドルフ公だ。

 彼は提携相手だという特権を振りかざして二袋も購入して皆から顰蹙を買っているのだが、そんな事など気にせずワッハッハッと笑っている。

 このクッキーも金儲けのネタにしたいんだろうけど、これだけの質を再現するには良質な小麦粉が必要でそれの量産は難しいから、まだまだ先の話だ。

 製粉機が金属加工の基礎技術がまだ足りず作れないだろうね。


 それにしてもこのお爺さん欲張りだなぁ、砂糖でかなりの儲けを出してる筈なのに、定期的に私にネタは無いかって来るのよね。

 そして断定は出来ていないが、私の栽培試験場や研究室に入り込もうとした人間の中に、外部の人間がいる事も分かっていて、この人の手下じゃないかと私は疑ってる。

 ちょっと付き合い方考えないとね、お師匠様も他の貴族や商人なんかにもアイデア出してたらしいし。


 神官達が積み上げられた大金貨の集計を始めている。

 教会に納める分を差っ引いても、大金貨幾らあるんだこれ、と眺めていると殺気じみた視線を感じる。

 その主はアステラだ。散々馬鹿にした私の用意した物が、皇帝陛下と皇女殿下の御墨付きを受け何よりも早く完売し、皆その出来栄えを褒め称えている状況は彼女にとって屈辱なのだろう。

 でも悪いのはそっちなんだからね、こっちは喧嘩を売られた側なのだからと私は大金貨を受け取ってその場を後にする。


 数日後、皇帝陛下から使いが訪れ、あれはまた作れるかと問い合わせがあり、聖力入りの物でなければ作れますと回答すれば、数日ごとに納めて欲しいという打診が来る。

 陛下と皇女殿下が持ち帰った四袋が広まった結果、宮殿内でクッキー旋風が巻き起こっており、需要が半端無いらしい。

 やれ大公家や外国の賓客からも聖力入りの物を用意して欲しいなどと次々と問い合わせが来ているそうだ。

 

 「うわぁぁぁ……こ、こんな物出すんじゃなかったぁぁ」

 「張り切り過ぎたアンタが悪いね。こりゃ美味すぎるよ」

 「本当に美味しいですねぇ、ティータイムがまた一段と楽しみになります」


 大事になってしまったぁと頭を抱えている私の横で、お師匠様とクラウス様はクッキーを食べながらのんびりとお茶を楽しんでる。

 私が修行中だという事、特別な材料を使っている事を念頭にお師匠様が陛下と交渉してくれて、月に一回皇室にのみ納めるという契約にしてくれた。

  

 すぐに実現可能なレベルの物じゃないと、世に出すとエライめに遭うと私は学習した。技術革命もなかなか難しいね。

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転生聖女の逆襲 ~裏切られた聖女は異世界の邪神と手を組み逆襲を開始する~ レルウェン @mumuran

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