創造魔法

 「うーん……これはどうしたものか……」

 「セルフィナ、何をやってるんだい? 難しい顔をして」


 研究室で首を捻っている私の側へと来るお師匠様とクラウス様。

 本来ここは侵入者防止の結界が張ってあるが、二人は信用できるから、両方の施設に普通に入れるようにしてあるのだ。

 私の目の前にあるのは、蜂蜜の入った瓶だ。

 砂糖に続いて蜂蜜を安定生産できるよう養蜂技術の提供を考えているのだが、その実験段階として私は栽培試験場の隅っこに巣箱を用意して蜂を育て、今日初めて蜂蜜を取ったのだけど、それが只ならぬ力を帯びているのだ。


 「そりゃアンタが聖力ガンガン注いだ植物から蜜を集めてきてるんだから、蜂蜜の方も当然聖力を帯びるだろうさ」

 「これは……ちょっとした霊薬レベルですよ。身体の弱っている方や持病などのある方には良い薬になる筈です」


 私がその事を話すと、こりゃ聖力を帯びてるんだよとお師匠様が苦笑しながら教えてくれる。

 指摘通り、私は試験場内で植物に聖力を注いで成長を促進したりする実験もしていた。

 クラウス様は鑑定魔法を使って効果を調べて感心した様子で唸っている。これはどえらい物を作ってしまったか?


 「セルフィナ、丁度いい。これを使ってこの世界に無いような甘味を作ってみな。それを再来週の祝祭で出せばいい」

 「この蜂蜜をですか? 分かりました、やってみます」


 これを使って祝祭に出す甘味を考えなと言うお師匠様。

 教会が行う女神を讃える祭りで、教会への更なる寄進を得る為に、神官達が用意した物を皇室や貴族が購入するイベントがあるのだ。

 拝金主義ここに極まれり、神官達が聖力を込めたりした宝石や金細工などを売りつけて荒稼ぎしようとするエゲツないイベントだ。

 

 普段は私もお師匠様もこういうのに関わる気は更々ないのだが、教皇が今年こそは何か出すようにと命令を出してきたのである。

 めんどくさいなぁと師弟揃ってボヤいてたんだけど、確かに良い案だ。これなら簡単に出来るし、美味しい物に目がない貴族達が飛びつきそう。



 

 さて、この蜂蜜を活かせるような物。蜂蜜を使ったクッキーでも作ってみるかな、皇帝陛下にも食べて貰えるかもしれないものだし、上質な小麦粉を準備しなきゃね。

 私は街に出て、前々から目を付けていた薄力粉へするのに良さそうな小麦を買い込んでくる。

 表皮や胚乳を取りやすくする為に水を加えて膨らませていく。

 麦を水を吸わせて翌日まで膨らませて、次の段階である粗く削り表皮や胚乳を取り除く作業は魔法を駆使して行う、この工程まで込みの製粉機はすぐに作れるような物じゃないなぁ。

 

 「ほー、そこは魔法でやるのかい。創造魔法で一気に粉にする方が楽じゃないのか?」

 「それが一番楽なんですけど、今回は今後の研究も兼ねて製粉機を創造魔法で作ってみます」

 「そりゃ面白そうだ、見せてもらおうかい」


 粗削りを終えた小麦を前に首を傾げる、見学に来ていたお師匠様。

 お師匠様の言う通り、麦を買っただけでも創造魔法を使えば質の良い粉を作る事は可能なんだけど、技術検証も兼ねて今回は製粉機を自作して行うのだ。

 

 「技術大全ライブラリ

 

 目を閉じて意識を集中させた私が呪文を唱えると、私の目の前に黒いタブレット状の物が姿を見せる。


 「それがアンタの固有スキルか」

 「ええ、私が前世やこれまで学んできた知識をデータとして呼び出せるんです。更に魔力を消費しますが、向こうの知識を新たに検索する事も出来ます」

 「おいおい、検索もできるのかい。ホントチートスキルだねぇ」


 新たに情報も検索できると言えば、とんでもないスキルだねとお師匠様は呆れたように笑う。

 検索した情報がこちらの材料なら何が候補になるとか、そういう情報まで表示されるのだからチート以外の何物でもないね。

 でもここからが本番だ、私は検索した小型製粉機の情報を解析し、それを頭の中にイメージしながら魔力を練り上げていく。


 「創造クリエイション


 突き出した両手の先に光が集まってくると同時に、ごっそり魔力を持っていかれる感覚を覚える。

 今回は無からの創造なのでキッツイなぁ、材料がある程度揃ってる時はそんなに消費しないんだけどね。

 光が収束した後には、私が創造した魔石式の小型製粉機がテーブルの上に置かれていた。


 「こりゃヤバイな、アンタこれを他の者に教えちゃダメだよ。教皇なんかに知られたら一生教皇庁に繋がれちまう」

 「あはは……やっぱそうですか。肝に銘じておきますね」

 「そうしな……まったく、我が弟子はとんでもないスキルを女神から授かってるな」

  

 無からこんな物を創造するなんて、とんでもないスキルだねと難しい顔をしながら製粉機を確認している。

 教皇なんかに知られたら、一生教皇庁地下でも繋がれて、この能力を酷使されるだろうと言われ顔を引き攣らせてしまう。

 女神様を脅は……ゲフンゲフン、粘り強く交渉して貰ったと言えば、何をやったんだいアンタとジト目で睨まれる。


 「女神様でふと思ったんですけど、お師匠様って、転生する前は何をしてたんですか?」

 「アタシかい? アタシは何処にでも居るような平凡なOLだったよ。三十歳になった辺りで不治の病にかかってね。ずっと寝たきりになって何年も過ごした果てに死んだよ。」


 女神様で思い出した、お師匠様は転生する前は何をしていたのか気になって尋ねてみた。

 

 「いい機会だ、婆さんの昔話を聞きな。この世界に転生させてくれた女神様には感謝もしてるさ。昔から病弱だった私が婆さんになっても元気にやれてるのは、女神様のお陰だからね」


 黙って聞いている私の前で、懐かしむ様に目を細めながら話し出すお師匠様。

 死んだ後に出会った女神様は、お師匠様にはこの世界で魔物や魔族達が暴れているから、それを鎮める為に力を貸して欲しいと願ったらしい。

 生前は身体が弱く病気もしがちだったお師匠様は、丈夫な身体と長い寿命と老いにくい身体を女神様に真っ先に願ったそうだ。

 そうして転生したお師匠様だったが、子供の頃に住んでいた村は流行病で多くの死者を出し天涯孤独の身となってしまったところを、先代の聖女エーリル様に助けられた。

 エーリル様はお師匠様に聖女の力を見出し、我が子のように時には優しく、時には厳しく育ててくれ、お師匠様は十七歳の頃に聖女の座を継承したそうだ。


 「聖女の座を継承して、当時暴れまわってた魔族達を倒しながら旅をする日々の中で思ったのさ、魔物達に脅かされる人々の生活を守りたいってね」


 旅路の中で感じたのは、辺境に行けば行く程魔物達の脅威に人々が怯えながら暮らしている事だ。

 それを何とかしたいと考えたお師匠様は、エーリル様にも知恵を借りて術式の研究を始め、破邪の大結界構築という大事業に取り組まれるようになった。

 年々拡張されたそれは人間の住んでいる領域の大半を覆い、魔族や魔物達の脅威は目に見えて減り、討伐も容易になり、この世界には百年近い平穏が訪れた。


 「とまぁ、これがアタシのこの世界に来た経緯さ。アンタはどんな感じだったんだい?」

 「あ、あのー……本人には口止めされてるんですが、私は結構強引な手を使われたんです。この二つのスキルはその対価という事で貰ったんです」

 「は……? あの女神様は何をやってんだい……本人の名誉の為にこれ以上は聞かないでおこうか」

 

 どんなふうに来たのかと尋ねられ言葉に詰まる私。

 あの女神様、キチガイ男に変な事吹き込んで私を殺して、強引に転生させようとしたからね。

 その事をボカして伝えると、何をやってんだいと片手で顔を覆うお師匠様は、これ以上は聞かないと被りを振る。

 

 話で脱線しちゃったや、そろそろ製粉機のテストも兼ねて作ってみよう。

 私は粗削りした小麦を機械へと投入し操作すれば、魔石の力で動き出した機械が小麦を粉に変えていく。

 うん、いい感じにきめ細かく質の良い小麦粉が出来たね。予想以上の出来栄えに思わず笑顔が浮かんじゃう。


 「イイ感じじゃないかい、これをどうするんだい?」

 「まず考えてるのが、あの蜂蜜を使ったクッキーですね、もう一つ考えてるのは、蜂蜜を使ったケーキかな」

 「どっちも美味しそうだねぇ……試食は是非させておくれ。今日は婆さんの昔話を聞いてくれてありがとうよ。こんな事を話したのはアイツ以来だ」

 

 出来上がった粉を見ておお、と声を漏らすお師匠様。

 何を作るんだいと聞かれ、私は候補に蜂蜜クッキーとケーキをあげていく。

 クッキーなら量産が容易だから数が揃えられるし、ケーキは数は用意出来ないけど皇室の方向けなんかに作ろうかと考えている。ふわっふわのハニーシフォンケーキが私が食べたいのもあるけどね。

 どっちも美味しそうだねぇとゴクリと唾を飲んだお師匠様だったけど、私の方を見て今日は話を聞いてくれてありがとうよと言って頭を撫でてくれた。

 その心地よさに目を細めながら、はいと私は笑顔で頷く。


 これで下準備は出来た。美味しいお菓子を作って、あっと言わせてみよう!

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