砂糖革命だ!

 お師匠様の元で修業を積み始めて六年目。基本的な事は全て教わり、私はお師匠様の補佐をしながら、定期的に戦闘訓練をする日々を送っていた。


 「お、お師匠様……なんでこんな毎回訓練をするんですか……?」

 「セルフィナ、アンタは私の課す課題を全て乗り越えた。でもそこで満足しちゃダメなんだ。常に己を研ぎ澄まし、高め続けな……それがいつか役に立つ日が来る」


 戦闘訓練を終えて、息一つ乱していないお師匠様になんでこんなに訓練を繰り返すのかと問えば、あの人は今に満足せず己を研ぎ澄まし続けろと語る。

 

 これでもまだ足りないのか。お師匠様の代わりに魔物討伐にも出るようになって随分経ち、もう私は危なげなく勝てるというのに……。

 でも師匠は以前教えてくれた、大魔王を封印した勇者リヒトの仲間であり彼の子を産んだ先代聖女様も、類まれなる力で大魔王と戦う勇者を助けたって、そしてお師匠様も大魔王の腹心を初めとして多くの魔族を倒したんだ。

 

 それに私はまだお師匠様にただの一度だって勝ててなかった。

 いつかお師匠様に並び立てるようになりたい、認めて貰いたいという思いが私の中に生じる。


 「分かりました。私、頑張ります。まずはお師匠様から一本取るのを目標に!」

 「その意気だよ、励みな……っと、あと一時間もしたらランドルフ公が来る時間だね」

 「おっといけない、プレゼンの準備しなきゃ」

 

 グッと拳を握り締めて私が決意を語れば、お師匠様は頑張りなと頭を撫でてくれる。

 それが嬉しくて私は顔を綻ばせていたが、お師匠様の言葉に準備をしなきゃと歩き出す。

 

 お師匠様の友人で、帝国内で手広く商売も行っている公爵様と会う予定なのだ。

 今日の為に色々準備をしたんだ、絶対に成功させるぞと私は意気込む。

 

 二年前にパンを作って以来、お師匠様は私に研究の時間と場所を与えてくれた。

 教皇庁の敷地内にある、昔お師匠様が研究の為に使っていた建物と、その近くに畑を作って私は様々な実験をしている。

 今日はその成果の一つを公爵にプレゼンするのだ。




 「お久しぶりです、聖女様……それと、君が聖女候補か、話は聞いているよ」

 「お初にお目にかかります、ランドルフ公爵様。お師匠様の元で修業をしております、セルフィナと申します」


 お師匠様にも同席してもらって、髭面の初老の男性、ランドルフ公爵と面会する。

 私の黒髪や紅い瞳をジロジロと見られるのが些か不快だったが、この人にぜひ協力してもらいたいのだ、そこは我慢する。


 「それで……今日は何の儲け話ですかな、聖女様」

 「ああ、今回はアタシじゃないよ、この子さ」

 「ほぅ、聖女様ではなく君か……どんなものだね」

 「見て頂きたいのはこの砂糖です。どうぞ、味見もしてください」


 ランドルフ公爵はお師匠様の提携相手で、彼のお爺さんに魔導コンロのアイデアを譲り、それを元手に手広く商売をしているのだ。

 今回は私の話だと言えば興味深そうにこちらを見てくる公爵。

 私は彼の前に皿に盛った砂糖を差し出す。

 彼はしばらく眺めたりした後、指先で掬って舐める。


 「良質な砂糖だな……これは何処で手に入れたのだね?」

 「この砂糖は私が作りました。サトウキビからではなく、新しい作物から作った砂糖です」

 「な、なんだとっ!? サトウキビ以外からも砂糖が作れるのか!?」

 「はい……私が原種を見つけて改良をした、テンサイという作物です。サトウキビと違い、寒冷地帯でよく育つ作物です」


 私が似たような植物を見つけて、創造魔法で生成した向こうの世界で栽培されているテンサイの種。

 それを一昨年から密かに栽培して試作したのが、公爵の目の前にある砂糖だ。

 信じられないといった様子で見ていた公爵は、私が寒冷地帯で育つと伝えれば大きく目を見開く。

 

 「き、君の言っている事が本当なら……」

 「ええ、帝国は外国から高い金を出して砂糖を輸入しなくても、良質な砂糖が自国で賄えるようになります。帝国の地域の大半が、その生育に適していますから」

 「素晴らしい! これは大変な発見だぞ!」


 南方や東方諸国に頼らずとも砂糖を調達できるようになる、それは神聖帝国にとって大きなアドバンテージになる。

 公爵は興奮した様子で皿の上の砂糖を見つめている。

 お師匠様もこんなものを作っていたのかと驚いた様子で見ている、今回のはビックリさせたくて内緒にしてたんだよね。

 

 「これが私が作った栽培方法と砂糖への加工方法を記した資料です」

 「見せてくれ……これは凄いな。君のお師匠様には扇風機などのアイデアで驚かされたが、これはその比じゃないな」

 「これが広まれば、帝国に甘味革命が起きますからね。高嶺の花だった砂糖が庶民にだって気軽に手に入る程になるでしょう。私の目的はそれなんです。私甘い物に目がなくて、それで砂糖の研究をしたんです」

 「なるほど、君はこれで砂糖を広く普及させたいのか。その為に広大な荘園と販路を持つ私を選ぶのは悪くない選択だ」


 個人で生産するには限界があるしね。

 むしろ砂糖が安く普及すれば、皆甘い物を食べる機会が増えるからいい事ばかり、だから普及させる力を持つ公爵を指名したのだ。

 

 「私は手柄を欲しい訳ではないので、普及させたのは公爵様の手柄にしてください。その代わり、量産が始まったら最優先の納入と、お師匠様の事業への更なる支援をお願いしたいです」

 「はははっ! 君は欲が無いなぁ、これ程の功績なら皇帝陛下から褒賞として領地すら頂けるかもしれないのに、その手柄を譲るとはな!」

 「まだ修行中の身ですし、身の丈に合わない褒賞は持て余すだけですよ。それにこれは公爵様の様な方の力を借りなければ実現できませんから。条件を飲んで頂けるのなら、その資料と今ある種子を全て提供します」

 「勿論だとも、身寄りのない子供達の保護事業の一環として、農園で職を与えるのも悪くないな。勿論、しっかりした待遇でね」

 「それは素晴らしい提案です。ではこの砂糖栽培の事業は公爵様に一任します」


 私は名誉を求めていない、手柄はそちらに譲ると言えば彼は面白いな君はと笑う。

 種やアイデアは私が用意したものだけど、大々的に普及させるには私個人で出来る事じゃない。

 これを普及させた者こそが功績を受けるべきだと私が語れば、公爵は笑いながら私の提示した条件を受け入れてくれた。

 これで交渉成立、一年もすればテンサイ糖が出回り始める事になるだろう。


 「君も聖女様に負けず劣らずの才能の持ち主のようだね。他にも儲け話のネタはあったりするのかね?」

 「おいおい、こんなネタを貰っておいてまだ強請る気かい?それにこの子はまだ修行中の身だから、研究は片手間だ。欲張るんじゃないよ」

 「これは失礼、はしゃぎ過ぎましたな……セルフィナ君、やりたい案が出来たらぜひ私に連絡してくれ、力になるよ」

 「はい、その時はよろしくお願いします」


 まだ他にも儲け話のネタは無いのかとジッと私を見つめながら尋ねてくる公爵に、お師匠様が欲張るんじゃないよと苦笑する。

 ホントだよ、それだけでどれくらいの儲けが出るか分かんないくらいの凄いネタなのに、でもこうしてバックアップが得られるコネが出来たのは嬉しい限りだ。

 

 ランドルフ公はただちにテンサイの栽培を開始して、私が詳細な栽培方法を教えていたから安定した収量を上げる事が出来、並行して準備していた加工場で砂糖の生産を開始。

 輸入頼りで高価だった砂糖を自国で生産できる事が知れ渡ると帝国内に衝撃が走り、ランドルフ公は皇帝陛下から褒賞として新たな領地を与えられた。

 陛下の命によりテンサイの種や栽培方法、砂糖への加工方法も各地に広まり、帝国内で新たな産業が創出されることになった。

 

 だがここで一つ問題が起きた。ランドルフ公がうっかり口を滑らせたらしく、テンサイの発見や栽培及び生産技術を彼に伝えたのが私だと発覚したのだ。


 教会内ではあれを教会で独占栽培すべきだったとか、正気を疑う様な発言まで飛び交った。金の亡者過ぎて呆れてしまう。

 この一件で教会内に私がお師匠様と同様に、神の啓示で新しい技術を生み出す才能があるという噂が広まった。

 お師匠様そうやって自分が次々発明のアイデア出すの誤魔化してたのか。


 私が研究に使っている建物や、栽培試験場に不審な輩が見え隠れするようになったので、お師匠様に相談したら容赦なくカウンターのいく結界を張れとアドバイスを受け、私は無理矢理結界を破り入ろうとしたものには、三日三晩トイレに籠らなきゃいけない程の腹痛が起きる呪法をかけた。


 数日もしない内に何人か被害が出たようで、お師匠様とお茶をしてる時にその話をすれば、それを盗み聞きしていたものによって教会中に広まり、スパイじみた事をしようとするものは目に見えて減っていった。人の技術を盗もうとする輩には相応の報いを与えないとね!

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