風鈴ゆれて水澄む音
りんごから出たらば元通りであった。
升壱の傍で、穴の開いたりんごひとつ転がっていた。
もううんともすんともない。
どうやら性格のなくなってしまったらしい。
「それじゃあ、エブの倒すぞ!」
メク張り切っていた。
張り切りながら滅んだりんごの拾って齧る。
大きく齧っていって、芯だけになると捨てた。
升壱は探すとして、人気なくいっそう広がったような店のどこにいるやら。
「というか店内にいるのか?」
「じゃあ、升壱さがしてきてな!」
率先な気風から軽やかに離脱だった。
「どこ行く気だよ」
「雑誌よんでくる」
たしかに行く先で、雑誌のごたついた色々で並んでいた。
「立ち読みなんてよくないぞ」
「ちゃんと寝転んで読む」
なおのことだろと思った。
しかし、まぁ頼まれたのだしと升壱はエブとやらを探すほうへ別れた。
つくづくメクへ甘かった。
さがし始めるとどんな人相なのか知れない。
といえ、あの店長だと話とならない。
「てか、出てきてなかったが、まだあのりんごのなかなのか?」
すこしだけ気がかりながら、散策。
成果類のあと、野菜類、魚、肉とつづいた。
どれもりんごに同じく口のついていた。
また跳ねたり、動いたり、繁華街ようなどよめきを演じている。
それからもうすこし行けば、緑の猫であった。
あまりにもあたりまえに棚のうえへ置いかれていた。
ゆえいったん見過ごしてしまう。
考え直して戻る。
「なにやってんだよ」
ドロンと猫から人のウットだった。
「いや、なんとなく魚を盗もうと思ってさ。でも逆に食われて、また逆に食い返したのさ」
「主人に似るんだな」
「そしたら面白いこと思いついてね」
あこぎな笑みだった。
「聞きたい?」
「別に、関わりたくない」
「関わらせよう。ずばり猫ワンコイン講という」
「なんかいろいろ動物いそうだな」
「まず私を一円で客に買ってもらう」
「だからいいよ、悪徳なんだろ」
「で、そのあと私は客の家から姿を消して、また棚に並ぶ」
「まさかそれで騙して一円もうけ続けるのか?」
ご名答らしい、うんうん頷いてくれる。
「せこい商売だな」
「けど、ここの商品なら一円だって大儲けだろ」
「じゃあ、せいぜいがんばれよ」
「売り込み手伝ってよ」
聞く耳もたずで升壱は去ろうとする。
すると背後で、
「へぇ、かわいい猫ね」
詐欺に引っかかった台詞だった。
善意から、さすがに聞き捨てならない。
振り返る。
長い三つ編みの黒髪を首へマフラーみたく巻いた、やや背の高い少女だった。
白く丸みのある肩の出した青いニットと、白い長スカート。
なにもかも落ち着いていて、涼やかな印象だった。
というか、かわいい猫としてみているのが、人型のウットである。
「それのどこが猫なんだ?」
升壱そう咎めた。
彼女はあどけなく小首かしげた。
「え? どこってほら、どう見たって」
「人だろ」
「猫に失礼ですよ。ほら猫さん、にゃあと鳴いてやりなさい」
要望うけて、棚の上でにゃあ。
棒読みならぬ、棒鳴きであった。
「なんで猫でもあるのに下手なんだよ」
「さっきからいちゃもんつけて、もしかしてこの猫ねらっていたんですか?」
「そんな猫の欠片もない猫はいらない」
「そう言いつつ、ちゃんと私のこと飼ってくれたじゃない」
こんど棒鳴きどころか、人語だった。
「この子って人のことば喋るんだ」
少女とてもはしゃいでいた。
ここまでぼろの出ていて、騙されるなら責は買い手にある。
升壱の善意は尽きた。
「一生だいじに飼ってやれよ。それじゃあ」
「升壱、ちゃんと騙し取ってくるからさ、期待しときなよ」
ウットそう大声でさようなら。
「ほんとう、かわいい猫ね」
盲目とは幸せかな。
猫ワンコイン講の餌食であった。
ところで、まえから走ってくるメクのあった。
子のかけてくる親の心に似て、ちょっと嬉しくなる。
「お、寂しくなって俺へ会いに来たとか?」
「いやぜんぜん」
来るなり、元気に落ち込ませてくる。
「ならなんだよ」
どうやら寝読みしていたゴシップの雑誌らしい。
「見ろ! 手がかりだぞ! 一円よこせ!」
開いて突き出してくる。
さっきの少女らしい白黒の全体写真であった。
その見出し、
『一円スーパーへ新店長襲名! その名もエブ!』
と大きくあった。
升壱ふたたび見返った。
もういなかった。
猫も、エブも。
天テラす理論 外レ籤あみだ @hazurekujiamida
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