超新星・スペーストロッコ問題
@mukotsu_tomiya
本文
待ちに待った、出発の日。
搭乗ベースで、五台の宇宙船を前にしながら。
「この中から一台、宇宙船を選んで搭乗してくれ。ただし、うち一台は十分な量の燃料が積まれていない」──百済先輩からそんなことを告げられた僕たちは、しばらくの間、ぽかんとしていた。
続く先輩の発言で、さらに脳みそは処理を停止する。
「──まぁ、黒ひげ危機一髪みたいなもんだな。間違ったものを選んだら、死ぬ」
とか、言っている。
もう僕たち惑星探査チームの五人は全員宇宙服に身を包んでいるので、会話は、カプセルの中の通話機を介して行われている。ザザ、というノイズが濃く混じっていて、お互いに声が聞き取りづらい。
「「「「「いや、いやいやいやいやいや」」」」」
五人、一斉に異議を申し立てた。そりゃそうだ。
なんでそんなことになってるんだ?
二〇六七年。せっかくここまで来て──がんばって宇宙飛行士になったというのに。
「冗談じゃないですよ、百済先輩。なんでそんな、マリオパーティのミニゲームみたいなノリで命を投げ打たないといけないんですか」
「そうですって」
「まあ、命とダブルアップは軽率に賭けろ、というからな」
「言いません」
「──真面目な話をするとだな」
百済先輩は、僕以外にも騒いでいるほかの宇宙飛行士たちも、同時に遮って。
突然、カプセル越しでもわかるほどに、神妙な顔つきになった。
「……諸君らがここに来た目的は、何だったかな?」
と、百済先輩は問うてくる。
一瞬で相応の気迫をまとうこの人の圧は、さすがは対侵略宇宙人作戦立案本部長である、といったところだが……もっとも、この質問に対する答えを、僕たちはあらかじめインプットされてきている。
それだけの訓練は、備えてきた。
僕たち五人は、いっせいに姿勢を正す。
「それはもちろん、地球と軍事的対立をなす侵略宇宙人の惑星に近づき、その地理や、彼らの生態について調査・報告することです」
「──田中、早かったね」
百済先輩は一番早くに答えた僕を、優しく指さしてくれた。
こういうのは、記憶にある。
田中悠界は、何度も百済先輩にこうされてきたのだ。
「そうだ、諸君らの任務は、基は単なる惑星探査とはいえ……、『地球に仇なす悪質宇宙人の全てを駆逐する』という大義のもとに接続するものとなる。つまり、君たちは常に、厄介な宇宙人との戦闘へ駆り出される危険と隣り合わせで生きている──それは、わかるね?」
「わかります」
僕の同期で班長、鈴木開弊が返事をした。
「鈴木、いい返事だ。さて、今回の件だが……、もちろん、諸君らには辛い任務を強いている。そのことは自覚している。だが、それでも聞いてほしい。私たちは、宇宙人にはめられたのだよ」
と、一変して。
最初の軽い様子が嘘のように、百済先輩は悔しそうな声を出した。もっともそれはノイズ越しで、ただ聞く分には、どんな気持ちになればいいかわからない。
百済先輩は、僕たち五人を見た。
「複雑な事情だが、それでも単刀直入に言おうか。現在われわれが敵対しているノーズ星人から、妙なメッセージが届いた。『貴様らが乗る宇宙船の燃料を、一台だけ大幅に減らした』と……。だが、そんな痕跡は何度確かめても発見できないのだ」
「しかし、ノーズ星人は、いわば魔術的な特殊能力を持っているのではなかったですか」メカニック、柳原が言う。
「その通りだ、柳原。つまり、だな。こういう可能性が考えられるんだよ。『ノーズ星人は君たちの搭乗する宇宙船のどれか一台に、細工をした』、『しかし、われわれにはそれを見つけることはできない』、とな──」
百済先輩は、やはり、また苦虫を噛み潰したような表情をした。
それを見ながら、僕の中で、最初の言葉に納得がついてくる。
そうか。
だから、誰かの一台が犠牲になるような搭乗の仕方を、百済先輩は僕たちに命令してきたんだ。
「……そんな」
エースパイロットの山岸が、うなだれたまま声を漏らす。
「すまない、山岸。だが、同時に、ここまでの過酷な訓練を乗り越え、防衛隊の採用メンバーに登りつめた諸君らなら、わかるはずだ。これは、ノーズ星人からわれわれへの挑戦──明らかな侮辱なのだと」
百済先輩は、姿勢を正して言う。
僕たちは、搭乗ベースの中、ずっと望んできた宇宙船を前にして、硬直してしまっていた。
「知っての通り、ノーズ星人は魔術的な力を使える一方で、軍事力では、われわれ地球人に圧倒的な遅れをとる。おまけに感情を持たない種族であるため、同胞間での連携もロクにとれていない……、だからこういう、せせこましい作戦が必要なのだ。
しかし、それにかどわかされる弱い私たちではない。
奴らは、誰か一人を犠牲にする作戦を立案させることで、こちらの信頼関係を揺るがそうとしてきている。自分たちの力で直接勝てないから、内乱を誘致しようとしているのだ。だが、自分が戦火に散る可能性なら、諸君らはすでに覚悟してきたはずだ」
「…………」
唯一の女性搭乗員、佐川が下を向く。
「怖いか、佐川。しかし、ここで負けるわけには、屈するわけにはいかないのだ──これは最初から戦争なのだ。生き残った者が、敵の本山を叩く。それ以外に方法はない」
百済先輩は、そう語る。
……知らない人が聞けば、冷酷に感じられる声かもしれない。百済先輩の声は鋭く、訓練だって、とても厳しかった記憶がある。茶目っ気がある割にスパルタで、自分の星を守るためなら何を犠牲にしても気にならない人なのだ、と。
そんなふうに受け取る人も、
もしかしたら、いるかもしれないが──。
「……やります」
僕は。
田中悠界は、挙手をした。
「田中」
百済先輩が、僕を見つめる。
「あの、燃料が全くないってわけじゃないんですよね。それに、たしかあの宇宙船、いざという時のための宇宙ミサイルも積んでありましたっけ」
「……ああ、その通りだ」
「だったら、やってやりますよ!」
僕は言った。
百済先輩は、そんな僕を──とてもこの非情な作戦を立案した人のものとは思えない、切なげな瞳で見つめてくる。
「もし僕がそのハズレ役だったら、ノーズ星にミサイルをぶち込んでやりますよ! 大丈夫、どんなに遠くても当ててやります。死に花、咲かせてやりますから!」
「……俺も!」
エースパイロットの山岸が、続いて挙手をする。
「無駄死にはしません、少ない燃料で誰より早く宇宙船を乗り回せるのは、俺です!」
「全く、しょうがないわね、手伝ってあげます!」
佐川も挙手をした。
「誰かの犠牲により、われわれの勝利は、より揺るぎないものになるでしょう!」柳原も挙手をする。
「みんなの言う通りだ!」鈴木も挙手をした。「それに、いざとなったらメモリーデータがクラウドに保存されているんだ。われわれが訓練で得た技術は、無駄にはならない。いまは駄目だとしても、いつか研究班のクローン技術が日の目を見れば──われわれは、同じ記憶を持って蘇ることが、できるのでしょう!」
その言葉を聞いて、百済先輩は、
僕たちに、背を向けて、
「……ああ、それも、間違いない」
と言った。
うん。
というより──間違いなくなった、んだよな。
僕たちから見れば。
憧れてきた記憶のある宇宙船の前で、挙手しっぱなしの僕たちに。
百済先輩は、とてもやさしい声で。
まるで全員に別れを告げるかのような調子で、切なげに、
しめやかにこう言った。
「ありがとう。じゃあ──みんな、行ってきてくれ」
管制室。
ここでは、無線通信技術により、各々の宇宙船と交信が可能になっている。
五人の惑星探査チームと対話したあと、百済愛佳は、その管制室に帰ったのだった。
「あ、百済先輩」
オペレーターの桃田洋子が、百済の帰還に振り向いた。
「あの五人、もう飛びましたか?」
「ああ……、そうだな。もうそろそろ、事前に取り決めた、この星に被害が出ない航空ラインを突破した頃だろう」
百済愛佳は、冷たい感じにそう言いながら。
管制室の対侵略宇宙人作戦立案本部長用の机に設置してある、赤いレバーに、手をかけて、下ろした。
「……これで、終わりだな」
「ええ、そうですね! 先輩! お疲れさまでした」
ぱあっと明るい調子で、オペレーターの桃田洋子が、百済に笑いかけてくる。
いま。
何をしたのか、というと──。
五人の乗っていた宇宙船が。
全て、爆発した。
「いやあ、それにしても驚きましたよね」
桃田洋子は、眼鏡を持ち上げながら呆れている。
「まさか、あの五人が全員、ノーズ星人に寄生されていただなんて。直前のヘルスチェックの小さな誤検知がなきゃ、可能性にすら気づけませんでしたよ」
「全くだ。本当、感情がない敵というのは、相手の模倣が得意なんだよな……。気を引き締めないと、あいつらをずっと見守ってきたこの私でさえ、気づくことができない」
百済も、呆れた調子で返す。
そう。
彼ら五人の搭乗員は、全員事前準備の際、地球に攻め込んできた五体のノーズ星人に寄生されていた。そして、この地球でクラウド管理されている、メモリーデータを盗み──それを自分の脳にインプットすることで、その記憶から各々の人物の人格を再現してみせたのだ。
百済はため息まじりに、対侵略宇宙人作戦立案本部長の特注椅子に腰かけた。
「こんなこともあろうかと、メモリーデータの名前を、五人全員バラバラにしておいてよかった。さっきそれぞれの名前を呼んで、確認したんだが──正しい名前で反応した者は、一人もいなかったよ」
「でしたねー。私も監視カメラで確認してましたけど、佐川さんなんか、女性なのに田中くんの名前で反応してましたしね。逆に柳原さんは、男なのに佐川さんの名前で『~わよ』とか言ってて」
ウケますね──と。
不謹慎にも、桃田洋子はそう言ってみせた。
「……いちおう、部下を五人亡くした直後なのだが」
「あ! えーっと、そっか、すみません。もうそんなの日常茶飯事だし、誤差みたいなもんかと。先輩、意外とそういうの、まだセンチメンタルなんですか?」
「いや」
管制室の特注椅子に、どかりと座ったまま。
百済愛佳は、脚を組んでみせた。
今ごろ宇宙では、砕け散った宇宙船の部品が輝いているだろう。
「気を引き締めるさ。地球は私たちで守るんだ」
その言葉に。
桃田洋子は笑って、こう返した。
「ですね」
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