メリーさんゴーランド

渡貫とゐち

明利さんが近づいてくる……


「リセットッ!!」


 それが合言葉だった。

 そして今日もまた、僕は朝、目が覚めた時まで巻き戻る。



 ……いったいどれだけの回数、巻き戻ったのだろうか。記録なんてしていない。

 覚えてもいない。数えたところで数え切れないほどだろう。一応、時を巻き戻す前の僕の体が、幽体ゴーストとなって動いている……まるでタイムアタックゴーストみたいに。


 目が覚めた僕は、眠気なんてまったくなく、正面、まるで僕から魂が抜けていくように、肉体から剥がれて進んでいく半透明の僕の背中を見つめる。

 全ての僕が部屋を出ていくわけではない。数人の僕は部屋に残っている。こうして、幽体を眺めていた僕の時間も再現されているのだ。


 窓を開けて外を見れば、町を埋めるように幽体の僕が存在している。

 たったひとりの人間で生み出された人混みだった。夏コミとかこんな感じだよなあ。つまり、数え切れないほどの「今日」を繰り返し、やり直している証拠がこれだ。


「ゴーストとは違うルートを辿って……は、前の僕にやり尽くされてるからなあ。どう足掻いても僕はリセットするしかなくて……そうするように、最初から決まってるみたいだ」


 なにをどうしたところで「あの子」は事故に遭ってしまう。

 あの子を匿っても意味がなかった。あの子のゴーストさえ見れるようになれば、解決への糸口を見つけられるかもしれないのに…………


「リセット」


 何度目か分からないリセットをすると、頭の中に浮かんだのはゴーストの追加に関する選択肢だった。


 YES/NO ?


 つまり事故から助けたいあの子の毎日の行動を、僕の過去の行動と同様、ゴーストを追加で出してくれる配慮のようだ。

 配慮? 誰がしてくれているのか分からないけど、きっとリセット能力を僕に与えてくれた誰かだろう。味方とは思えないけど、手を貸してくれるのであれば遠慮する理由はなかった。


 後々、重い代償を支払わされることになるかもしれないけど、あの子が事故で亡くなるのを見て見ぬフリをして明日を迎えるよりはマシだ。



「……おはよう」


 誰に言うでもなく。

 僕は起き上がり、制服に着替えて学校へ向かう。

 リセット能力を得る前の生活のように、いつも通りに、だ。



 数千人の僕の中に混ざって電車に乗り、学校へ向かって――――すると、いた。


 僕が事故から助けたい、クラスメイトの女の子だ。

 彼女もまた、自分のゴーストを引きつれている。


 彼女側は毎日同じ行動をしている、と思い込んでいたけれど、そうでもないのだ。僕が動けば世界の流れも変わるから、前回と同じ行動を取るわけではない。

 僕が同じ行動を取れば同じかもしれないけど、まったく同じでなければ些細な差が生まれてしまうことになる。完全一致は、だから難しい。


 彼女の行動も毎回変わってしまうことになる。つまり、千人以上いる彼女は重なっている数こそ多いけれど、重なっておらず、分散している彼女もそこそこいるわけで。

 そして、いらない配慮なのだが、僕のゴーストよりも少し濃いのだ。


 彼女のゴーストは本人よりは薄い。見分けがつかないレベルではないけれど、それでもぱっと見て分かる違いではなかった。


 ……多過ぎる僕、多過ぎて見分けがつかない彼女のゴースト。物体としての存在はないとは言え、視覚的に目の前にいられると走り抜けるには躊躇してしまう。ゴーストが突っ込んでくれば反射的に横へずれてしまうし……かなりやりづらくなっている……。


 ゴーストが邪魔過ぎる。

 だけど、ないとなると、それはそれで手がかりがなくなってしまうから……

 また、リセットの繰り返しに戻ってしまう。


 せっかくの能力を障害とするのはもったいない。利用して、使ってやるくらいの気概でいかなければ、救いたい人のひとりも救えないだろう。



「よし、今日もいっちょ、」

「あっ、おはよ、初原ういはらくん」


「り、リセットォ!!」


 ――今日の朝へ戻ってきた。


 うぁ、と真っ赤になった顔を両手で覆い……僕は起き上がれなかった。

 鮮明に目に焼き付いた彼女の笑顔があった。ま、眩しい……っ。

 目を瞑った上で手で覆っているのに、光は抑えられないのか……ッ。


 しばらくしてから起き上がれば、まだ枕の上でごろごろともがいている過去の僕がいる。

 ……同じように彼女の笑顔を不意打ちで見てしまった過去の僕だろう。分かる。


 ……慣れないなあ。

 たまにあるんだよな。彼女の方から声をかけてくれること。

 だけど心の準備ができていない内から声をかけられたら、びっくりしてリセットしてしまう。リセットの回数が多いのは、この情けない心のせいもあるのだ……。

 ほんと、彼女が僕に話しかけてくるタイミングやきっかけがまったく掴めない。直前の時間だって、彼女は遠くにいたし、僕に気づいている感じもなかったはずなのに……?


「あ……。半透明よりちょっと濃いから……ゴーストと勘違いして……? ……ぁあ、そっか……」


 厄介なゴーストだ。

 本人と見間違うなんて……。


 まあ、リセットがあるから良かったけど。

 ただ、このリセットもいつまでできるのか、という話でもある。


 一万回近く使っておきながら、今更それを心配するのもおかしな話ではあるのだけど。でも、一万回が大丈夫でも、一万一回目が使えない可能性もあるから、頭の片隅には置いておくべきことだろう。


「……よし、おはよう」


 起き上がり、今日もまた、彼女を救うために学校へ向かおうか――――



 家の扉を開けたら、インターホンを押す寸前の彼女がいた。…………は?


「あ、おはよう初原くn」


「リセットォッッ!!」



 ――戻ってきた。最速かもしれない。


 でも……え、なんでいるの!? どういうつもりでどういう理由で!?!?

 嬉しい恥ずかしいがあるけどそれ以上に正直なところゾッとしてしまった。好きな子を相手にゾッとし出してしまうと助けたいモチベーションが消えてしまうんだけど……?


「な、なにか、知らないところで恐ろしいことが進んでいる気がする――?」



 その時、こんこん、と部屋の扉がノックされた。

 家の、ではなく。


 僕の。自室の。扉がっ、だッッ!!


「……」

「初原くん、いる?」

「ッ!?」


 僕は叫んだ。

 反射的だった。


「リセットッッ!!!!」


 ――恐い怖いこわいコワい!!

 なにこれどういうこと、リセットの代償なの!?


 リセットをするたびに彼女が近づいてくる? 彼女は「私、メリーさん」なの!?

 り、リセットするのが怖くなってきた。


「あ、初原くん」

「ひっ!? ――ぃえ」


「もうっ、なんで怯えるのかな?」

「だ、だって……っ」


 隣。

 掛け布団を被る僕のすぐ傍に、いるのだ。

 彼女が。


 隣で添い寝をしている、彼女がいた……。



「り、りせ、」

「リセットしちゃうの……?」

「っ」


 耳元で呟かれた悲しそうな声に、僕は――でもやっぱりリセットした。


 深くは考えずに僕は問題を先送りにするように――――「リセット!!」



 でも、戻らなかった。

 いや、戻ってる? ……そう言えば、今はリセットしてすぐの時間だった。だから、結局リセットしたところで数秒前に戻るだけ……?


 彼女はすぐ横にいる。

 腕に、しがみつかれている……。


「ま、まってっ、どうして僕の家に――しかも添い寝までしてるの!?」

「うふふ……」


 不敵な笑みだった。


「私、メリーさん……今あなたの横にいるの」

「添い寝してるからね。分かってるから!」


 あとメリーさんじゃなくて明利めいりさんだし!


 ――彼女の名前は明利めいりらん

 繰り返すが僕のクラスメイトだ。


「ほんと、どうやって入ってきたの……。だって鍵とか全部……」

「メリーさんは別に嘘じゃないんだけどなー……ふふふ」


 彼女は楽しそうに、


「私、明利さん、たくさんのあなたを見てきて興味が湧きました。だから少しずつ近づくのはご迷惑ですか?」


 たくさんの僕? あぁ……ゴーストのこと?

 あれが見えてるの? あれを見て、僕のことが気になった?


 まあ確かに、明利さんを助けるためにがんばっていたのは、もちろんそうだけど……

 でも結局、僕はまだ、明利さんのことを助けられたわけじゃない。


 結果は、出ていないのだ――



「私、明利さん」

「分かってるって」

「結果が出ていなくとも、興味が引かれるのは不思議なことじゃないと思うの」

「……がんばってる姿を見てってこと?」

「うん」


「……そっか。でも、明利さんが事故に遭う運命は変わらないかもしれない。明日を迎えられないかも、」

「そしたらまたリセットしてほしいの。また、この布団に戻ってこれるんだよね」

「……それは、そうだけど……」



「私、明利メリーさん」


 彼女は繰り返す。


 僕も、きっと繰り返すのだ。



「ずっと今日でも、私は構わないわ」




 …了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メリーさんゴーランド 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ