午睡

白河夜船

午睡

 もぅし。

 もぅし。


 声がするので、表の方を覗いてみると玄関に人が立っていた。立っていたと言っても、外である。引き戸に嵌まった磨り硝子の向こう側──そこにぼやけた人影があるのだけれど、午後のやや傾いた陽射しのせいで逆光となり、中にいる私からはそれがどんな人物か、いまいち判然としなかった。

 滲んだ黒っぽい人影は、小さくもなければ大きくもなく、細くもなければ太くもない。女のようでありながら何だか男のようであり、子供のようでありながらどこか老人のようでもあった。声もまた、のっぺりとして特徴がない。

 ただ、人らしい、ということだけがはっきり分かる。


 もぅし。


 人影はまた、繰り返した。


 もぅし、もぅし。


 平坦な声で、淡々と。

 もぅし、もぅし、と繰り返す。


 鍵は、開いていますよ。


 廊下に佇んだまま、私は答えた。

 人影はぴたりと押し黙り、






 ─────こつ、





 不意に、音が聞こえた。

 硬質なものが硝子にぶつかるような音───と思う間に引き戸が、ばん!と大きく鳴った。ばんばんばんばんばんばんばんばんばんばんばんばんばんばんばんばん………誰かが戸を叩いているらしい。時折かつ、こつ、と小さな硬い音が混じるのは爪が硝子に触れているのだろう。

 人影はぼぅっとそこに立っていて、戸を叩いたりなどしていない。なのに音は次第強まり、そうしてたぶん、増えていた。大小無数の音が雨音のように重なり合い、重なり合い、家内の空気を震わせている。ばらばらだった音は段々絡まり、収斂し、





 ばん‼︎




 やがて落雷めいた轟音が響いた───と思った瞬間、目が覚めた。

 間延びした午後の陽射しが、居間をぼんやりと照らしている。書き物の途中で、どうやら私は眠り込んでいたらしい。卓上の原稿用紙には、鉛筆がふらふら紙面を彷徨った形跡が薄い線として刻まれていた。夢。口の中で呟く。全て、夢だったのか。

 何となしほっとした刹那、







 もぅし。







 表の方で声が聞こえた。



 

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午睡 白河夜船 @sirakawayohune

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