第20話 日曜のお召し(後編)

「大変申し上げにくいのですけれど――」


 そのひと言で、ジェラルドは力が抜けたように肩を落とした。


「駄目だったのか?」


「ほんの五体ほどは天に送れました。ただ、もともと数が多い上、何年も陛下にいていた魂たちですから、あれだけの短時間ですべてというわけにはいかず――」


「私はまだ呪われたままだと」


「はい」と、アメリーは頷いた。


「それで、陛下に伺おうと思っていたのです。またあの苦痛に耐えてまで、イザベル様のお声をお聞きになりたいでしょうか」


「その可能性はまだあるのか?」


「もちろんです。回数を重ねていけば、悪霊の数を徐々に減らせます。数が減ってくれば、陛下の苦痛も減るので、時間を少しずつ伸ばしていくことも可能です。竪琴を弾く時間が長くなるほど、天に送りやすくなりますので」


「そうか……」


 昨夜の一回でよほどりたのか、ジェラルドは黙ってしまった。


「もう一つ、陛下に負担をかけない方法もあるのですが――」


「それは?」


 ジェラルドが興味を引かれたように身を乗り出してきた。


「それにはまず、陛下を恨んでいると思われる者たちの名前とお墓がある場所のリストが必要になります」


「それはずいぶん多そうだな」と、ジェラルドは苦笑する。


「そなたが必要だというのなら、すぐにでも用意しよう。それから?」


「わたしがそれぞれの墓地に出向き、陛下に憑いている悪霊を呼び出して天に送ります。ただ、外出がしづらい身なので、あちこちに行くとなると、日程的にも先になってしまうかと」


「私が関わった処刑者たちの墓なら、大半がリュクス大聖堂にあるはずだが――」


「本当ですか!? それなら、一日でかなりまとめて天に送れます!」


 未来に光が見えたようで、アメリーの声は興奮に弾んだ。


「やってくれるのか?」


「もちろん、外出許可をいただければ、ですけれど」


「それはこちらで何とかしよう」


「ついでと言っては何ですけれど、早めに終わったら、街に寄ってくる時間がある程度の目的にしていただけるとありがたいのですけれど……」


 アメリーはちらっちらっとジェラルドの機嫌をうかがいながら聞いてみる。


「何かやりたいことでもあるのか?」


「いえ、ただお店をのぞいて歩きたいだけです」


「欲しい物があるなら、商人を呼べばいいだろう」


「そういう問題ではないのです! こう、街を歩きながら、いろいろなお店を覗くのが楽しいのです。特に欲しい物がなくても、欲しくなるような物を見つけたいのです!」


 アメリーは思わず熱弁をふるってしまい、ジェラルドに呆れ顔を返された。


「その気持ちはあまりよく分からないが、外出の日に街歩きもできるように手配はしておこう」


「ありがとうございます!」


 どちらが目的だと思われそうだったが、アメリーはニコニコと口元が緩むのを止められなかった。


(大変な思いをして外出許可を取るのだもの。それくらいのオマケはあってもいいでしょう?)


 先日、大聖堂からの帰り道で、「ちょっと寄り道してもいいですか?」と近衛騎士に聞いたところ――


「予定にございません」と、許可されなかったのだ。


 だいたい、後宮に出入りする商人たちの品物は高価なものばかりで、アメリーに買える物がほとんどない。買い物くらい気軽にさせてほしくもなる。


「アメリー、一つ聞きたいのだが」


 改まった様子でジェラルドが声をかけてくるので、アメリーも居住まいを正した。


「はい、何でございましょう?」


「私の母の頼みとはいえ、どうしてそなたがそこまで私のために尽くしてくれるのだ?」


「え……うーん……」


 答えづらい質問に、アメリーは束の間言葉を探した。


『竪琴の継承者の役目だから』などと答えれば、それはどういうものなのかと余計な詮索せんさくをされそうだ。今はまだ詳しい話をする段階ではない。


(となると、もっともらしい理由は――)


「陛下がお亡くなりになると、わたしも困るから……というのが一番の理由でしょうか」


「どう困る?」


「わたしが悪霊憑きだという話を、陛下はお聞きになったことがないのでしょうか?」


「そういえば、そなたを妃にする時、そのような話を聞いたな。それで反対した人間もいた」


「陛下は気にされなかったようで……」


「たまたま偶然が重なっただけの話だろう。くだらない噂話に耳を傾けるほど、私は暇ではない」


 アメリーは一瞬遠い目をしてしまう。


「ええと、実は悪霊の仕業だったのは間違いなくてですね……」


「は?」


 ジェラルドは愕然がくぜんとした顔で身を引いた。


「そ、そのように怖がらないでください! 別にわたしに憑いていたわけではありませんし、その悪霊もすでに天に送ったので、何の問題もありません。そもそも陛下の方が山ほど悪霊に取り巻かれているので、お亡くなりになるとしたら、そちらが原因です!」


「それもそうか。私はすでに呪われているのだった」


「そうです!」と、アメリーは力強く頷く。


「そういうわけで、この先陛下までお亡くなりになったとなると、わたしのせいにされて、再婚ができません。陛下との間に女の子を授かって、伴侶になっていただくしかないのです」


 ジェラルドの切れ長の目が真ん丸になるので、アメリーもまた固まってしまった。


(わたし、また勢いで変なことを言わなかったかしら?)


 ジェラルドが「ふーん」とつぶやいて、面白そうに目を光らせるので、アメリーは恥ずかしさに顔が真っ赤になっていた。


 また笑われると覚悟したが、ジェラルドの口元にはほんのりきれいな笑みが浮かんでいるだけだった。


「そういうつもりがあるようで、よかった」


「お、お話は以上でしょうか!?」


 アメリーは変にドキドキする胸の音をごまかしたくて、必要以上に大声を出してしまった。


「そうだな。私も仕事に戻らねば」


 アメリーが執務室を出た後、閉められた扉の向こうから、くっくと笑い声が聞こえたような気がした。


(やっぱり笑われているわ!)

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