第21話 明日でもいい報告(前編)

(さて、うっかり外出させる約束をしてしまったが……)


 アメリーが去った後、ジェラルドはデスクに戻って仕事の続きを始めたのだが、どうも集中できない。


(あれは、あのような顔もするのだな)


 ジェラルドは頬杖をついてふっと笑いを漏らした。


 初めて会った時から、アメリーは他の妃たちと明らかに態度が違っていた。どう好意的に見積もっても、王に召されてうれしいという顔ではなかった。


 他の五人の妃たちはほんのり頬を染めて、恥ずかしげな笑顔を見せてくれたものだが。


 それからも部屋を訪れるたびに――


「今夜もお召しいただけて、うれしいです」

「この一週間、陛下にお会いできなくて淋しい思いをしておりました」


 ――というように、興奮気味に想いを口にするのが普通だ。


 たった一時間の滞在とはいえ、妃たちがその日を待ち遠しく思っていることは、ジェラルドにも分かる。


 ところが、アメリーはこの半年、どちらかというと非常に迷惑そうな表情でジェラルドのもとに来ていた。


「今夜も竪琴をご所望ですか?」と、さっさと竪琴を弾く準備をする。お愛想程度にぎこちない笑みを見せてくれるだけ。


 もっともジェラルドも、これまで竪琴を弾いてもらうためにアメリーを呼んでいたので、別段気にすることもなかった。しかしこのところ、もしかしたら彼女に嫌われているのかもしれないと、頭の片隅にちらちらと浮かぶようになっていた。


(やはり、最初のアレがまずかったか)


 母の声が聞こえた真実を知りたい一心で、軽率にもアメリーの『伴侶』になろうとして、彼女を怒らせてしまった。


 あの時は、彼女も単なる売り言葉に買い言葉で『形だけの妃』でいいと言ったのではないか。その真意を知りたくて、試しにベッドに誘ってみたところ、猛烈な勢いで拒否されることとなった。


『冗談だ』とさらりと流すつもりだったのだが、思いのほか打撃を受けたのはジェラルドの方だった。


(あれはもう、触られるのも嫌だという反応だったな……)


 その一方でアメリーは、イザベルの声を聞きたいというジェラルドのために、献身的に尽くそうとしてくれている。問いただしてみれば、結局のところ彼女自身のためだった。


「陛下がお亡くなりになると、わたしも困るから」――と。


 その理由に続く説明は、正直ジェラルドの期待していたものではなかった。


(てっきり、愛する人には死んでほしくないといったような内容だと思ったのだが……)


 内心かなり落胆していた。


 けれど、話の流れで、アメリーが街歩きについて語った時に見せた生き生きとした表情は、ジェラルドが初めて目にするものだった。子どものように目をきらめかせて、自然な笑みすら浮かんでいた。


 率直に愛らしいと思った。


 おかげで、ついうっとり見とれてしまい、うっかり外出の約束をしてしまったのだ。


 もちろん大聖堂の方はジェラルドのためであるので、何とかするのは当たり前。それでも街歩きについては、こんな風に喜ぶ顔がまた見たいと思ってしまった。


(妃が街歩きをする理由となると、そう簡単な話ではないのだが……)


 大聖堂にしても、アメリーはついこの間行ったばかりなのだ。再び行かなくてはならない理由を作るのは難しい。


 ジェラルドが「うーん」とうなった時、突然の人の気配にはっと顔を上げた。入口の扉の前に、ディオンがニコニコ顔で立っている。


「お前はノックもなしに入ってくるのか?」


「何をおっしゃいます。先ほどノックしてもお返事がないので、何かあったのかと入らせていただきました」


「……そうか?」


 じろりと睨んでも、ディオンに慌てた様子はない。考え込んでいて気づかなかったのは、ジェラルドの方だったらしい。


『陛下も今夜はアメリー妃とゆっくり過ごされるようですので、私も早めに休ませていただきます』


 そう言って、ディオンは夕食の後に自分の部屋に戻っていったのだが――


「何かあったのか?」


「いえ、明日でもよい報告だったので、アメリー妃がいらっしゃるようでしたら、このように伺うこともありませんでした」


 ディオンの皮肉はジェラルドを充分苛立たせ、鉄面皮すらひくひくと動かしてくれる。


「だから、言っただろう。ただ話しに来るだけだと。話が終われば、いつまでも一緒にいるか」


「確かにそのように伺っておりましたが、ぶつぶつ文句を言いながらも、今夜のために精のつく食事を完食されていたので」


 反論する言葉が見つからず、ジェラルドはディオンをギッと睨みつけた。


 誰も呼ばないはずの日曜日にアメリーを呼んだ話は、あっという間に王宮中に広がっていた。というより、このディオンが吹聴ふいちょうして歩いたとしか思えない。


 おかげで気を遣った料理人が、しっかり一食分の食事を用意してくれた。こってりとしたクリームたっぷりのじゃがいものスープで始まり、肉汁たっぷりの分厚い牛肉のグリルがメイン。ジェラルドの食事は晩餐会ばんさんかいなどを除けば、いつも仕事をしながら片手で食べられるサンドイッチがほとんどなのだ。


 久しぶりにテーブルについての食事となり、仕事が進まないと文句を言いながらも、食後の茶を飲む頃には気持ちも変わっていた。


 アメリーとは昨日の話をして、それから竪琴を弾いてもらいながら眠りにつく。たまには仕事を休んで、そういう夜を過ごしてもいいか、と。


(……結局、アメリーの方こそ、そのようなつもりは全くなかったではないか)


 そんなことを思い出すと、むかっと腹が立ってくる。精のつく食事をして、現在身体は問題なく元気だ。それこそ朝まででも仕事ができる。おかげで、無駄に元気すぎるのが原因か、仕事そっちのけでアメリーのことばかり考えてしまう。仕事がちっとも進まない。


(別に部屋に帰らせなくてもよかったのに。『お話は以上でしょうか?』って、どうしてあっちが主導権を握っている!?)


 ディオンにそのまま八つ当たりしたいところだったが、『おかわいそうに』という目を向けられそうなので、ジェラルドは黙っておいた。


(余計に腹が立ちそうだしな……)




*後編に続きます≫≫≫

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