第22話 明日でもいい報告(後編)

「それで、明日でもよかった報告とは何だ? 今聞けるものなら、聞いておく」


 ジェラルドはコホンと咳払いをしてから、改めてディオンを見た。


 とはいえ、『明日でもよい報告』のせいか、ディオンのニコニコ顔に変化はない。


「マレナ妃が体調を崩されて、医師が呼ばれたそうです」


「また何か神経にさわることでも起こったのか?」


「いえ、今回はついにご懐妊かいにんかと、後宮が大騒ぎになっております」


「は……」と、乾いた笑いが漏れていた。


「何を騒いでいるかと思えば。バカバカしい」


「そのご様子ですと、陛下にお心当たりはないと……」


「まったくないな。もし懐妊が事実ならば、相手の男と一緒にマレナを国に帰す口実ができる。僥倖ぎょうこうとも言えるか」


 ディオンは困ったように眉を下げて、それから深いため息をついた。


「もしやとは思っていましたが、まさか……」


「何を言いたい?」


「陛下、この五年の間、どの妃とも関係を持っておられないのですか?」


「もともと国に帰すつもりで預かった王女たちだ。手を付けたりするものか」


「アメリー妃はともかく、ナディア妃とエリーズ妃もおられますが?」


「誰か一人とでも関係を持ってみろ。それこそ騒ぎの火種になるだけだろう。ならば、全員を平等に相手するのか? そのような体力があるのなら、仕事に費やす」


「そうですか」と、ディオンは落胆したように肩を落とした。


「陛下、立ち入ったことをお聞きしますが、お子が欲しいとは思われないのですか?」


「それは――」


 ディオンの期待するような返事は、口から出てこなかった。


 おそらく、欲しいと思ったことは一度もない。


 国王として国を存続させるためには、世継ぎは必要になる。しかし、それは自分の血を分けた子である必要はない。


 そもそもジェラルド自身、前国王の血を引いているとはいえ、もとより君主の座に就く資格はなかった。それを復讐の名のもとに親兄弟を手にかけ、無理やり奪い取ったのだ。


 子がいなければ、ただこの王朝が終わるだけのこと。国を導く器量のある誰かが、新しい王朝を作ればいい。


 国王の座に就いて五年、迷いなくそう思ってきた。


 なのに、アメリーに子どもが欲しいと言われた時に、図らずも『うれしい』と思ってしまったのは、矛盾しているような気がする。


(私はアメリーの子なら、欲しいと思っているのか……?)


「陛下、先ほどから気になっていたのですが、その崩れ切ったお顔をする時は、アメリー妃のことをお考えなのですか?」


「そのようなはずはない!」と、ジェラルドはとっさに言い返してしまった。


 ディオンがニヤリといつもより口角を上げるところを見ると、墓穴を掘ったのは間違いない。


「陛下、僭越せんえつながら、そろそろご自分の気持ちというものに向き合った方がよろしいかと思いますよ」


「どういう意味だ?」


「今まで妃たちを平等に扱えたのは、結局のところ、陛下のお心を引く女性がいなかったからでしょう。ここのところの陛下のアメリー妃に対する言動は、誰の目から見ても特別に映ります」


「皆が勝手に噂をしているだけで、事実は違う。私は父のような愚かな真似はしない」


「そうやって頭で割り切れなくなるのが、恋というものではないのですか?」


「お前がそのようなことを語れるほど、夢中になっている女がいたとは知らなかったな」


「私に経験はありませんが、他人事なので、客観的に判断できます」


 しれっと言ってのけるディオンに、ジェラルドの苛立ちは増すばかりだ。


「とにかく、今はそういう色恋にうつつを抜かしている余裕はない。まずはマレナの懐妊の真偽を確認しろ。結果次第で、今後の対応を考えなくてはならない」


「かしこまりました」


 話は以上だったのか、ディオンが「失礼します」と出ていこうとするのを慌てて止めた。


「ディオン、アメリーが外出したいと言っているのだが、何かいい目的はないか?」


 ディオンは扉口で振り返ると、怪訝けげんそうに眉をひそめた。


「何か目的が必要ということは、本当の理由が別にあるのですね?」


「ああ。だが、表には出したくない」


「私にも話せないことなのですか?」


「例のアメリーとの秘密に関することだ」


「行き先も分からないことには、理由も作れませんが」


「先週と同じくリュクス大聖堂になる。なるべく早い方がいい」


「でしたら、次は父親の月命日とでもしておきますかね」


 ディオンはやれやれといったように肩をすくめた。


「ついでに街歩きもしたいと言っているから、それも可能にしておいてくれ」


「街歩きとは、具体的に何をするのです?」


「店を見て歩きたいらしい」


 ディオンがあっけにとられたような顔をするのは、ジェラルドも充分理解できる。


 妃ともあろう立場で、その辺りの貴族の娘のようにフラフラ歩きたいとは。


 ところが、続けられた言葉に頭を抱えたのは、ジェラルドの方だった。


「そのようなことを容認する時点で、ご寵妃ちょうひのおねだりに逆らえない愚王と呼ばれても仕方ありませんよ」


(父もこのような感じだったのか……?)

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