第23話 エリーズ妃と昼食会(前編)
外出の手続きが済むのはいつ頃のことなのか。アメリーはその日を待ちながら、日々を過ごしていた。
水曜日になって、ロジーヌが部屋を訪ねてきたので、ついにその日が来たと、満面の笑顔で出迎えていた。
「何のご用かしら?」
期待に胸を膨らませながらも表に出さないように気をつけるアメリーに、ロジーヌは大きめの封書を差し出してきた。
「こちらを。陛下からアメリー様に直接お渡しするようにと
「あ……届け物でしたか」
ずいぶん仰々しいと思いながら、封書を受け取って開こうとすると、ロジーヌに止められた。
「アメリー様、陛下からの大切な親書を女官の前でなど開けるものではございません!」
鋭い眼光を浴びて、アメリーはしゅんと項垂れた。
「……はい、後ほど見させていただきます」
相変わらずロジーヌとは顔を合わせれば、最低一度はお小言が飛んできてしまうらしい。
用事は以上とのことで、ロジーヌが部屋を出て行った後、アメリーは王国の紋章付きの封蝋を外して封筒を開いた。
中に入っていたのは書類の束。何かと思えば、先日お願いしておいた悪霊候補の名前とお墓の場所が書いてあるリストだった。
パラパラめくってみると、ざっと三百は越えている。
「こ、こんなに……」
アメリーは予想以上の多さにくらりとめまいを覚えた。
(これ、全部しつこくへばりついていたら、一体一体呼び出して、天に送らなくてはならないっていうことでしょう……?)
確かにジェラルドの言っていた通り、半分以上――ほとんどと言っていいほど、処刑された者たちのお墓はリュクス大聖堂にある。しかし、『一日でかなりまとめて天に送れます』と言ったものの、いったい何回通うことになるのか。いったいいつまでかかるのか。ラウラの心配もあながち的外れではなかった。
(ここはもう、イザベル様にも頑張ってもらって、陛下を守っていただくしかないわね……)
その次にお墓が多いのは、王宮の北はずれにある王族専用の墓地。前国王やその王妃と側室、ジェラルドの母違いの兄弟にあたる王子たちが埋葬されている。
(あら? ここなら、外出許可はいらないのではないかしら)
王宮の敷地内なので、今日の午後にでも行ける。窓の外を
平日の昼日中、墓地に誰かいるとしても庭師くらいのものだろう。命日とも関係ないので、わざわざ訪れる人もいないはず。【交霊の調べ】をひそかに奏でるには悪くない。
(かなり大きな音を出さないと、呼び寄せるのが大変そうな魂ばかりだものね……)
そうと決まれば、お昼の後すぐに出かけられるように身支度を始めていたのだが――
ノックの音が聞こえて返事をすると、エリーズの侍女の一人が姿を見せた。アメリーと入れ替わりに雇われた男爵家の令嬢だ。
「エリーズ様が本日のお昼に、アメリー様をご招待したいと申しておられるのですけれど」
アメリーが妃になってからというもの、エリーズとは完全に絶交状態になっている。せいぜいすれ違い様によそよそしい挨拶をする程度。まともに話したこともなかった。
今更仲直りをしたいと言ってくるとは思えない。おそらく何か別の目的があるのだろう。
「喜んで伺わせていただくわ」と、返事をしておいた。
エリーズとの昼食会は、大きな池の真ん中に建てられた
ようやく春になってぽかぽかした陽光が差し込むこの時期、水に反射する光も相まって、白く塗られた東屋はきらきらと輝いている。
アメリーが橋を渡って東屋に着く頃には、エリーズはイスに腰かけ、二人の侍女がテーブルに食事を並べているところだった。
「本日はお招き、ありがとうございます」
アメリーがスカートをつまんで片膝を折ると、エリーズも形式的な挨拶を返してくる。
「こちらこそ、急な招待に応じてくださってありがとうございます」
春らしい淡いピンクのドレスを着たエリーズは、小さな口元に愛らしい笑みを浮かべている。しかしその表情は、アメリーからすると完全に他人行儀なものだった。
「かけて」と言われて、アメリーはエリーズの向かいのイスに腰を下ろした。
食事の用意を終えた侍女たちは、「失礼します」と、橋の渡り口まで下がっていく。
「あなたに聞きたいことがあったのよ」
食事が始まってから、エリーズが切り出した。
「はい、何でしょう?」
アメリーは聞きながら、サンドイッチにぱくりとかぶりついた。
中身は酸味の効いたソースをたっぷり絡めた
せっかくなのでじっくり味わいたいところだが、目的は『話』なので、そうはいかないのが残念だ。
エリーズは辺りをきょろきょろ見回した後、近くに耳をそばだてる人がいないというのに、ずいっとアメリーの方に身を乗り出してきた。
「単刀直入に聞くわ。陛下と
いきなり何を尋ねてくるのかと、アメリーは手にしていたサンドイッチを危うく落とすところだった。
「そ、そのようなこと、わたしに聞かれても……。そもそも陛下とはそういう関係ではないから、何もしていないとしか答えようがないのだけれど」
「隠さなくていいわ。最近はあまり竪琴の音が聞こえてこないと、誰でも知っていることよ」
「それは間違いないけれど、ただ話をしているだけよ」
「話をしているだけ?」
「そう、その通り」と、アメリーははっきりと頷いた。
変な誤解は早めに解いておきたいところだ。
「だいだい、どうしてそのようなことを今更聞こうと思ったの? エリーズの方がよほど詳しいでしょう?」
アメリーの問いに、エリーズは眉根を寄せて、ふんっと鼻息を吐きながらイスに座り直した。
「この七か月、あらゆる情報を手に入れて、陛下の好む装い、振る舞いに努めてきたわ。それでも、駄目だったのよ」
「駄目だったって……まさか、エリーズもまだ『形だけの妃』なの?」
エリーズは無言でこくりと頷いた。
「ええー……」と、アメリーもすぐに言葉が出てこなかった。
「アメリー、改めて聞くけれど、本当に陛下とまだ男女の関係になっていないの?」
「神に誓って、それはありません」
エリーズは束の間疑り深い目を向けていたが、小さく息をついて目元を緩めた。
「考えてみれば、妃ともあろう立場で、陛下と何もないと豪語する方がおかしな話よね。そこは嘘でも関係があることにして、
「分かってくれたのなら、よかったわ。ちなみに他のお妃様たちも……なんて、ありえないわよね? 後宮に入って五年も経つわけだし」
エリーズは「分からないわ」と、肩をすくめた。
「侍女たちに探らせたけれど、王宮付きの女官は口が堅いみたいで、寝室の中のことまでは教えてもらえなかったの。お妃様たちが騒ぐことといったら、誰がどれくらい陛下と一緒に過ごしたか。もっとも、王女様や元聖女様たちが寝室の中で何をしたかなど、侍女たちが相手でも
(エリーズ、わたしにはそれこそ赤裸々な話をさせようとしていなかった?)
絶交した相手でさえもこうして情報を聞き出そうとしていたところを見ると、よほどジェラルドとの関係を深めたいと思っているのだろう。
(それほど難しいことなのかしら……?)
二度ベッドに誘われた時のことを思い出しても、ジェラルドは『妃なら当然の役目だろう』といわんばかりの態度だった。アメリーが拒否しなければ、行きつくところまで行っていたはずだ。
そもそも滞在時間が一時間しかないので、余計な話をしている間もないだろう。他の妃たちもあの調子でベッドに連れ込んでいるのかと思っていたのだが――。
アメリーはいまいち納得がいかず、腕を組んで
「結局のところ、他のお妃様たちと陛下の関係がどういうものかは分からずじまいと」
「そういうことよ。あなたではあるまいし、本当に形だけの妃だったら、恥ずかしくて口に出せないわ。他の妃たちから
(ライバル宣言はどこに行ったのかしら?)
そんなことを思うものの、以前のような幼なじみの関係に戻れたようで、アメリーとしてはうれしくもあった。
*後編に続きます≫≫≫
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