第24話 エリーズ妃と昼食会(後編)
「単にエリーズが陛下の好みではない、ということはない?」
アメリーがふと思いついたことを口にすると、エリーズの目が吊り上がった。
「それはどういう意味かしら? わたしが他のお妃様たちよりブスだとでも?」
(これはまずいことを聞いてしまったわ……!!)
アメリーはひやりと汗をかきながら、ごまかすように笑って言い
「一般的な
「そんなの、美しい女性が好みに決まっているわ」
「どうしてそう言い切れるの?」
「理由はあなたよ」
エリーズにぴしっと人差し指を突き付けられて、アメリーは反射的に身を引いた。
「ど、どうして?」
「それは嫌味? あなた以外の妃は皆、政略結婚。陛下にお会いする前に妃になることが決まっていたのよ。姿を見て追い返す
「侍女としてウロウロしていたからと……」
エリーズは怖い顔で頷く。
「そんなあなたが、半年以上も陛下と何もなかったというのは驚きだけれど、ここへきて陛下があなたを特別扱いし始めているのは明白だわ」
「特別扱い?」
「今まで一分、二分の超過はあったとしても、一時間も長く陛下のお部屋に留まることを許された妃はいなかったのよ。決まった曜日以外に呼ばれた妃もいない。寝顔を拝見した人もいない。あなたにはよほど心を許しているということではないの?」
「で、でも、それは用事があったり、事情があっただけのことで、特別扱いを受けているのとは違うわ」
「その用事とは何? 陛下が次の土曜日まで待てず、あなたを呼ぶのに、どのような理由があって?」
「それは……陛下の個人的なことだから、エリーズにも話すことはできないわ」
エリーズは不満げに黙りこくったが、アメリーがこれ以上何も話す気がないのが分かったのか、あきらめたようにため息をついた。
「わたしはそれで納得しておくけれど、アメリー、他のお妃様たちはそうはいかないと思った方がいいわ」
「どういうこと?」
「ここ最近、あなたの動向で後宮がピリピリしているのは知っているでしょう?」
「……そうなの?」
エリーズはあきれたようにわずかに口を開け、それから気を取り直したように話を続けた。
「要はわたし以外のお妃様たちも、あなたと陛下の関係に嫉妬している状態だと言いたかったのよ。その中でも要注意なのが、マレナ様。あなたもすでに言いがかりをつけられたでしょう?」
「言いがかり? 単に竪琴の音がうるさいという苦情よ」
「大げさだわ」と笑ったが、エリーズは頭が痛いといったようにこめかみを揉んだ。
「あなたがそういう人だから、マレナ様もそれ以上騒げなかったのね。でも、あの方は今までもあることないことで、他のお妃様たちと争い事を起こしてきたの」
「そうだったの? わたし、エリーズの侍女を辞めてから、他のお妃様たちの話はあまり聞いていないのだけれど。もしかして、エリーズもマレナ様と何かあったの?」
サラは実に優秀な女官なので、無駄口を一切叩かない。つまり、アメリーの方から聞かない限り、何も話をしないのだ。
「マレナ様のブローチがなくなって、わたしの侍女が盗んだと疑われたわ」
「そのような手癖の悪い侍女を雇っていた、なんてことは――?」
「あるはずないでしょう。マレナ様に理由を問い
エリーズはその時のことを思い出すのか、苛立たし気にドンッと拳をテーブルに叩きつけた。
エリーズの侍女は二人とも男爵家の令嬢で、バリエ公爵家とのつながりはもちろんあるものの、もともと裕福な家柄の少女たちだ。服装にしてみても、妃たちほどの派手さはないが、いつも仕立ての良い良質なドレスを身にまとっている。
「わたしの方がよほどみすぼらしかったと思うけれど……」
「あなたの場合は地味なくらいでちょうどよかったのよ」
「え、どうして?」
アメリーがキョトンとして聞くと、エリーズはキッと目を吊り上げた。
「妃より目立つ侍女なんて、そばに置くはずがないでしょう! 陛下のお手が付く方がよほど困るわ。……結果としてそうなってしまったけれど」
「ああ、なるほど……。それで、盗まれたというブローチはどうなったの?」
これ以上エリーズの怒りを増幅させないように、やんわりと声をかけた。
「ええ、見つかったわよ。わたしがマレナ様の部屋に乗り込んで、しらみつぶしに探したら、チェストの下に落ちていたわ。それこそマレナ様の侍女が持ち物をきちんと管理していない不手際よ。掃除の時に見つけられなかった女官の落ち度もあるでしょう」
「ともあれ、一件落着――」
「――にはならないわ。マレナ様は今でも、わたしが犯人からブローチを預かって、チェストの下で見つけたように偽装したと思っているわ。盗みを働くような侍女をクビにしないのは、彼女をかばっているからだと」
「ええー……」と、アメリーも開いた口がふさがらなかった。
「とにかく、そのマレナ様がここ数日、体調が悪いと伏せがちなのよ」
「ご病気?」
「いつもの
「本当だったら、おめでたい話ね。陛下にとっては第一子になるのだから、きっと喜ばれていることでしょう」
新しい命の芽生えと聞けば、自然とうれしい気持ちが込み上げてくる。アメリーは声を弾ませたが、エリーズは
「アメリー、あなたの頭の方こそおめでたいわ。あのマレナ様が懐妊したとなったら、他のお妃様たちより厄介なのよ」
「そう?」
「さっきまでの話を聞いていて分からない? 王子でも王女でも無事に生まれてくれればいいわ。でも、そうでなかった場合、全部あなたのせいにされるのよ」
「どうして、わたしなの?」
「今、まさにターゲットになっているのは、あなただもの。理由をでっち上げてでも、あなたを後宮から追い出しにかかるに決まっているわ」
(追い出されるのなら、それはそれでかまわないような気もするけれど。後継者を作ってくれる人と再婚すればいいだけのことだし)
――などと、アメリーはちらりと思ってしまったが、今はもう状況が変わってしまった。竪琴の継承者として、ジェラルドを呪う悪霊たちを放置して逃げるわけにはいかない。
「ええと、うん、分かったわ。忠告ありがとう。気をつけるわ」
アメリーが笑顔を向けると、エリーズはほんのり赤くなって、ぷいっと顔をそむけた。
「べ、別にあなたのために言ったわけではないわ。あなたへのとばっちりで、同じバリエ家のわたしまで追い出されたらたまらないからよ」
「エリーズは本当に陛下のことが好きなのね」
「あなたは違うの?」と、エリーズは意外そうに眉を上げた。
「え、わたし?」
「陛下を魅力的だと思わない?」
まるで魅力的だと思って当然だとばかりに聞かれて、アメリーはジェラルドを思い出しながら首を傾げた。
「お顔はきれいだと思うけれど、いつも機嫌が悪そうだから、普通に怖いわ」
「そうなの……?」
「もしかして、他のお妃様たちも陛下に恋をしているのかしら?」
「もしかしなくても、それ以外の何物でもないわ。好きな相手には自分だけを見てほしくなるからこそ、他の妃たちには嫉妬するし、陛下に気に入られようと努力しているのではないの」
一目ぼれしたエリーズはともかく、他の妃たちは王太子を産んで、女性としての最高位――王妃になるのが目的かと思っていた。
(そういえばわたし、恋する感覚というものがよく分からないわ……)
伴侶になってくれる人がいるなら誰でもいいと思っていたので、そこに何かしら特別な感情が生まれることなど頭から抜け落ちていた。
「そういう目で陛下を見たことがなかったから、考えてもみなかったわ……」
(それでも、最近は少し変わってきたかしら? 寝顔がかわいいのは確かね)
そんなことを考えていたところ、エリーズの侍女の一人が慌てたように東屋に駆け込んできた。
「どうしたの?」
侍女はアメリーの存在が気になるのか、ちらりと見やってから、エリーズの耳元に何かを囁いた。
エリーズの眉根がきゅっと寄り、表情が険しくなる。
「言っているそばから、これだわ! アメリー、行くわよ」
エリーズが即座に立ち上がるのを見て、アメリーは訳も分からずつられてイスを蹴っていた。
何かが起こったのは確かだった。
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