第19話 日曜のお召し(前編)

「おはようございます」というディオンの声で、ジェラルドはまた寝過ぎたことを知った。


 ため息をつきながら身体を起こし、ディオンが渡してくる服に着替え始める。


「昨夜は何かおありでしたか?」


「またどこかから変な話を拾ってきたのか?」


「この部屋からいつもと違うおかしな音が聞こえてきたとか、アメリー妃が零時を回る前に部屋を出て来たとか。近衛騎士たちから聞きまして」


 言われて、ジェラルドの頭も覚めた。


 昨夜はアメリーに悪霊をはらってもらっていたのだ。


 五分などわずかな時間だと思っていたが、耳をつんざく叫びが永遠に続くような気がした。耳をふさいでも直接頭に響いてくる。脳を握りつぶされ、かき回されるような不快感に、狂ったように喚き声を上げたくて仕方がなかった。拷問ごうもんと言っても過言ではない。


(あれは……きつかったな)


 どれだけの醜態しゅうたいをさらしたのかと思うと、次にアメリーと顔を合わせるのが恥ずかしくなるくらいだ。とはいえ、結果は気になるので、会わずにはいられない。


「別にケンカをしたとか、そういう話ではないからな」


「違うのですか?」


 ディオンは意外そうに眉を上げて、ニコニコ顔を消した。


「それほど驚くことか。早めに寝ただけだ。それより、今夜もう一度アメリーを呼んでくれ」


「おや」


 ディオンの顔がさらに驚いたものに変わる。


「そこに変な意味はない。夕食後の一時間、空けておいてくれ」


 変な勘違いをされないように、ジェラルドはしっかり言い足しておいた。


「それくらいでしたら、ご一緒に夕食を召し上がればよろしいのに」


「また後宮が騒ぎになるのは、ご免だからな」


「もう遅いと思いますが」というディオンの言葉は、聞こえないフリをしておいた。


 目下の優先事項は、悪霊を祓うこと。自分の命に関わると思えば、後宮の騒ぎなど些細ささいなことのような気がした。




 ***




 アメリーはまさか昨日の今日でジェラルドに呼ばれるとは思わず、昼食を運びながら伝えに来たサラに聞き返していた。


「え、今夜? しかも、八時に執務室?」


「わたしも十一時の間違いではないかと何度も確認したのですが、八時だそうです」


(話をするだけで、そのまま寝るつもりはないということかしらね)


 アメリーはそんなことを考えながら、食事の準備が終わるのを待っていたのだが、サラはニコニコと機嫌よさそうに笑みを浮かべていた。


「どうしたの?」


「あ、いえ、陛下のアメリー様へのご寵愛もいよいよ本物になってきたと思いましたら、なんだかうれしくて」


 サラは慌てたように言って、キリッと表情を整える。


「それは……まったくの勘違いだと思うわ」


「そのようなことはございません!」と、サラは怖いくらいに真剣な顔で見つめてきた。


「初めてなのですよ、陛下が日曜日にお妃様をお召しになるのは。しかも八時です。日曜日ですし、陛下も早めにお休みになられるのでしょう。アメリー様とごゆっくり過ごされたいということではございませんか」


 それが本当ならば、ラウラも喜んだことだろうが、あいにくそんな甘い話ではない。


 アメリーは『違う』と言いたいところだったが、事情が事情だけに話すわけにもいかない。


「そうだといいわね」と、アメリーは曖昧に笑って適当な返事をしておいた。






 呼ばれた時間が八時というのは間違いなく、アメリーが支度をして後宮の入口まで下りていくと、いつもの近衛騎士二人が待っていた。


 連れられて行った先は王の寝室の隣。ジェラルドの執務室に入るのは初めてだった。


 ノックの返事があってから、扉が開かれるのは変わらない。


「ごきげんよう、陛下」と、アメリーが中に入って挨拶をしている間に、扉は静かに閉められた。


 そこは寝室の倍はある広い部屋だった。左手には寝室につながる扉が一つ、壁には書棚がぎっしりと並べられ、大きなデスクは山のような書類と本で覆われていた。


「急に呼び出してすまない」


 ジェラルドはその積まれた本の向こうから顔を覗かせた。


「いえ、わたしはいくらでも時間がありますから、どうかお気になさらずに」


 ソファを勧められてアメリーが腰を下ろすと、ジェラルドもデスクの向こうから出て来て、その向かいに座った。


「今夜は……竪琴を持ってきていないのだな」


「持ってきた方がよろしかったでしょうか?」


「あ、いや……仕事があるから、あまりゆっくりはしていられないのだ」


 ジェラルドがわざとらしい咳払いをするので、アメリーは内心『しまった』と頭を抱えた。


(サラが言っていた通り、今夜は早めにお休みになろうとしていたんだわ!)


 特に昨夜はジェラルドもいつになく疲れたはずだ。その疲労がまだ残っていてもおかしくはなかった。


 アメリーと一緒にベッドで過ごすという内容とは違うものの、有能な女官の言葉はきちんと聞いておいた方がよかったと悔やまれる。


「よろしければ、取りに戻りますが……?」


 アメリーは恐る恐る聞いてみたが、「必要ない」と断られた。


「そう、昨夜の話だ。あのまま寝てしまったので、どうなったのか気になっていた」


 ジェラルドに期待を込めた目で見つめられ、アメリーは『良ろしくない結果』を言い出しづらくなってしまった。




*後編に続きます≫≫≫

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