第34話 悪霊の目的(前編)
毎週金曜に開かれる王国議会は、荒れに荒れた。
前々から何かと騒ぎを起こすマレナに対して業を煮やした貴族たちが、処刑もしくは国外追放を訴える。
一方で、悪霊憑きと噂のあるアメリーを妃として迎えることに反対した貴族たちは、彼女こそが諸悪の根源だと処刑を求める。アメリーがガルーディアでは処刑対象になっているイーシャ族の末裔だったという話も、今や公然の事実となっていた。彼らを勢いづかせるには、充分な理由になる。
そして、この二人以外の妃たちを後見している貴族たちは、それこそ両方の処罰を望む。
ジェラルドの即位以来、対抗する勢力はすべて粛清してきた。今の議会を構成する貴族たちは、よほどのことがない限り、異を唱えることはない。ジェラルドの目指す国づくりに賛同し、平和で豊かな世の中を共に目指す同志のような存在だ。
それが、アメリーというたった一人の妃の存在によって、完全に崩壊した。
親が親なら、子も子だ。
ジェラルドがそういう目で見られているのをひしひしと感じる。平民上がりの妾妃に入れ込んだ前国王と、結局同じではないか。貴族たちの目にそういう失望が見える。
「陛下のご意見をまだ伺っておりませんが?」
そう聞いてきたのは、クレマン・バリエ公爵だった。
彼は異母妹のアメリーよりも、自分の娘のエリーズを王妃とするべく推している。アメリーを妃にすると提案した時に、一番反対していた人物だ。悪霊憑きの噂も、彼が率先して広めていたと思われる。
「
「しかし、マレナ妃はアメリー妃を殺そうとしたのですよ! 目撃者も複数います。このままお咎めなしというのは、この国の法に反します!」
「そもそも出自の怪しいアメリー妃が後宮にいるからこそ、こういう事件が起こったのだ! アメリー妃さえいなければ、マレナ妃もこのようなことは起こさなかっただろう!」
同じ話が繰り返されることにジェラルドは
「すべては後宮の中で起こった事だ。それは
ジェラルドの言葉に、議会場はしんと静まり返った。しばらくの間、貴族たちの間で気まずそうな視線が交わされたが、意見を述べる者はいない。
その場に漂う重苦しい空気を払うように、隣に控えていたディオンが一歩進み出た。
「マレナ妃はまだ話をできる状態ではありません。アメリー妃からも話を聞かなくてはなりません。当事者たちからの詳細な情報がない今、ここで結論を出すことはできないと思われます。次回の議会での議題にしておくのが良いのではないでしょうか」
ディオンの提案に、そこに
(そう、論じたところで結論が出ない時は、先延ばしに限る)
ジェラルドもまた全身の緊張を緩めながら、議会の終了とともに席を立った。
ジェラルドがディオンとともに王宮の二階に上ると、寝室の前に女官が立っていた。
ジェラルドの姿を認めて、軽く頭を下げる。
「只今、アメリー様が竪琴を弾きにいらっしゃっております」
ジェラルドは邪魔をしないようにそのまま隣の執務室に入ろうとしたが、異様に静かなことに気づいた。竪琴を弾きに来ているはずなのに、その音が全く聞こえない。
「竪琴を弾いているのか?」
「先ほどまでは奇妙な音がかすかに聞こえておりましたけれど、今は止まっているようです。そろそろお帰りになる頃なのかもしれません」
竪琴を弾いて気が済んだのなら、ちょうどいい。
「ディオン、お前は仕事に戻れ。私はアメリーと話をする」
「かしこまりました」
そう言って去っていくディオンを見送りながら、ジェラルドは寝室の扉を開けた。
アメリーは窓際に置かれたイスに座っていた。竪琴を抱きしめ、どこか放心したような顔をしている。ジェラルドが入ってきたことにも気づかないらしい。
「アメリー」
ジェラルドの方から声をかけると、アメリーははっと我に返ったように顔を上げた。
「へ、陛下、お邪魔しております」
アメリーはアタフタしたそぶりを見せるが、その目元がかすかに赤く、空色の瞳は泣いたばかりのように潤んでいた。
「どうした? 何かあったのか?」
ジェラルドはアメリーの頬に手を伸ばそうとして、一瞬ためらった。しかし、先日は嫌がられなかったことを思い出して、そっと頬に手を当てた。
白い肌がほんのり色づいている。頬もまた熱を帯びていた。
ジェラルドの手にアメリーの手が重なったが、振り払おうとする力はそこになかった。
「陛下、マレナ様に罪はありません。マレナ様がわたしを殺そうとしたことも、怪我をすることになったのも……すべてはわたしの浅はかな行為が原因です」
坦々と言葉を紡ぐアメリーは、ジェラルドから目をそらすように、どこか遠くを見つめている。
「どういうことか説明しろ。そなたから話を聞くのを待っていたのだ」
アメリーがこくりと頷くので、ジェラルドは手を離し、ベッドに腰かけた。
「わたしを殺そうとしたのは、マレナ様に憑依した悪霊でした」
「サラという女官もそのようなことを言っていた。いつものマレナとは話し方も声も違っていたと」
「間違いございません」
「悪霊というのは、人間の身体を乗っ取って、他の誰かを傷つけるようなことが可能なのか?」
「そのようです。わたしもあのように死者の魂が人間の身体を動かすのは、初めて見ましたけれど」
「しかし、なぜそなたが狙われる? そなたを恨む者に心当たりでもあるのか?」
「邪魔だったのは、竪琴の継承者です。悪霊が望む本来の目的を果たすために、わたしに
「その本来の目的とは?」
「何者か分からない以上、断定はできませんけれど、陛下を恨む者の一人かと。わたしの外出許可が下り次第、皆天に昇ることになります。心残りのある悪霊たちにとって、わたしは脅威にもなるでしょう。わたしの手に竪琴がない間に、命を奪おうと動き出す者がいてもおかしくありません」
アメリーは
(死者と言葉を交わせる者は、死に対する感覚も違うのか……?)
*後編に続きます≫≫≫
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