第29話 アメリー妃の処遇

 ジェラルドが後宮を出ると、そこにはディオンが待っていた。そのまま渡り廊下を通って王宮に向かうジェラルドの後に続く。


「その竪琴は――」


 ディオンはジェラルドが脇に抱えている竪琴が真っ先に気になるようだった。


「今回の騒ぎのもとになっていたから、私が預かった」


「それで事は済んだのですか?」


「どうだかな」


 王宮の執務室に戻りながら、アメリーから聞いた話をしてやった。




「イーシャ族の呪いの竪琴ですか」


 ディオンは顎に手を当てて、考え込むように遠くを見つめる。


「これまた面倒なことになりましたね。もともとアメリー妃には、婚約者を二人呪い殺したという噂がありましたし。これでさらに信憑性のある話になってしまいました」


「死んだのは事実でも、呪い殺したというのは単なる噂だ」


「陛下はそう言って一笑に付されましたが、彼女を妃とすることに、最後まで反対していた貴族たちがいたことをお忘れなく」


「それはそうだが。私はアメリーがそのようなことをする人間ではないと信じている」


「――と、陛下がおっしゃるのも、周りの人間からすれば、すでにアメリー妃に操られているから、と思われても仕方のない状況ですよ」


「確かに『操られていない』と証明するのも難しい話だが……。お前もアメリーを疑っているのか?」


「いいえ」と、ディオンはさらっと否定してから続けた。


「誰の目から見ても明らかに、陛下がアメリー妃を特別に扱っておられるのは分かります。しかし、肝心のアメリー妃の方に、他の妃たちとちょうを争う姿勢が全く見えませんので」


 ジェラルドがぐっと言葉に詰まるようなことを、ディオンは平気な顔で言ってくれる。


「いわゆる陛下の片思いですからね。他の妃の誰かがアメリー妃を呪い殺すという話であれば、本腰を入れて調査をするところですが」


「それは『誰の目から見ても明らか』なのか……?」


 ジェラルドは肩を落としながらも平静を装って聞いた。


「ええ」と、ディオンにあっさり頷かれて、ジェラルドは恥ずかしい言い訳を叫んでいた。


「そのようなことはない! 最初はともかく、徐々にいい関係になってきているのは間違いない!」


「それはこの際、置いておくとして――」と、ディオンは空気を変えるように落ち着いた声をかけてきた。


「このままアメリー妃を後宮に置いておくのは、得策ではないかもしれませんね」


 アメリーの竪琴の音が特異なものだと、すでに知れ渡ってしまった。ディオンがそう言い出すことは、ジェラルドも予想していた。


「お前まで同じことを言うのだな」


 隣を歩くディオンをちらりと見たが、ニコニコ顔は崩れていなかった。


「私まで、とは?」


「マレナを始め、他の妃たちも口をそろえて同じことを言っていた」


『陛下、もしもマレナ妃のおっしゃっていたことが本当でしたら、そのような危険な者をおそばに置くべきではありません』


『アメリーはここに来る前、二人も婚約者を亡くしているのです。望まない結婚相手を呪い殺したに違いありませんわ』


『以前、テレーサ妃が太る呪いをかけたという話がありましたけれど、今度は人の命に関わることです。この先、わたくしも命を狙われたらと思うと、怖くて……』


 三人の妃たちはマレナの言葉を信じたというよりは便乗して、アメリーを後宮から追放することを進言してきた。


 同じバリエ家でアメリーとともに育ったエリーズだけは、少し違った。


『わたしは幼い頃からアメリーの竪琴を聞いていましたけれど、何の問題もありませんでした。けれど、万が一にもマレナ様の身に何かあったら、すべてアメリーの責任にされてしまいます。ひいてはバリエ家の名にも傷がつきます。アメリーを退出させる方向で考えていただけませんか?』――と。


 ジェラルドは彼女たちの言葉を思い出しながら、手にしていたアメリーの竪琴を見下ろした。


 それは王宮の楽師たちが持っている竪琴と違いがあるようには見えない。長い年月使い込まれてきたのか、支柱部分が黒く光り、触れると温もりを感じる。どれだけ大切にしてきたものなのかがうかがえた。


 いつでも弾きに来てよいと言ったものの、彼女から取り上げるのは間違っていたのではないか。ディオンや妃たちの言う通り、アメリー自身のためにも、彼女を後宮から退出させた方が賢明なのかもしれない。


 アメリーも後宮を出れば、竪琴を自由に弾ける環境に戻れる。妃にしてしまったせいで、彼女は自由に外にも行けない。街歩きもできない。


 彼女が妃でいることに甘んじているのは、単に後継者とする女児が欲しいだけのこと。婚約者を二人失い、悪霊憑きと噂される彼女と結婚しようと思う男がいないからだ。ジェラルドの身に何も起こらないうちに離縁となれば、そんな噂もいつしか消えて、新たな縁談くらいくるだろう。アメリーはそちらの方を望むに違いない。


「あれを手放さないのは、私の我がままなのか?」


 今となってはこの竪琴と引き換えに、アメリーを無理やりここに縛りつけているような気がしてきた。


「私はなにも手放せと言っているのではありませんよ」


 気づけば、ディオンは呆れたようにジェラルドを見ていた。


「しかし、アメリーをここに置いておくのは得策ではないと言ったではないか」


「ええ、言いましたが、追放しろという意味ではありません。後宮が落ち着くまで、アメリー妃にはしばらく里帰りをしていてもらえばよいだけのことですよ」


「里帰りか……」


 完全に手の届かないところに行ってしまうことを考えれば、極めて妥当な措置だ。しかし、会おうと思えばいつでも会えるところにアメリーがいなくなると思うと、胸がすかすかとして落ち着かない気分になる。


「アメリー妃はもともと外出許可を求めていたでしょう。ちょうど良い機会ではありませんか」


「……そうだな。次の土曜日にでも話をしてみよう。彼女がそうしたいと言うのであれば――」


(私はその希望を叶えるのだろうか)

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