第28話 イーシャ族の末裔(後編)
「そなたは死者の声を聞くだけでなく、悪霊も
「大きな枠組みの中では、それも一つの効用でしかありません。わたしの弾く竪琴の音は、人の心の痛みや悲しみ、苦しさを癒やします。それは生者も死者も『ひと』である以上、何も変わりません。悪霊となってしまった魂もまた、音色で心を慰め、天に昇ってもらうのです」
「私が眠りにつく時に奏でる音にも、特別な力が入っているのか?」
「よく眠れるように念は込めています。陛下は見るからに寝不足のご様子でしたから」
「道理で」と、ジェラルドはかすかに笑みを浮かべたように見えた。
「確かにその力は恐れられても仕方がないだろう。人の心に直接作用するとなれば、それこそ何をされるのか分からない恐ろしさがある。迫害を受けたのも頷ける話だ。そなたが話そうとしなかったのも理解できる」
「では、陛下もガルーディアのように、わたしを処刑しますか?」
目の前にいるのは、国事の決定権を持つこの国の君主。イーシャ族を、アメリーを危険な存在と判断すれば、ガルーディアのように排除命令を下すことができる。
母親のための復讐とはいえ、多くの人を処刑に追いやってきたジェラルドであれば、ためらうことはないだろう。『国の平和のため』となれば、貴族や官僚たちも進んで賛同するに違いない。
(妃になった以上、このような日が来てもおかしくないとは思っていたけれど……)
「そのような顔をするな」
うつむくアメリーの頬がジェラルドの手で包まれた。
「え……?」
目を上げると、ジェラルドはベッドに横たわったまま、澄んだ灰色の瞳をアメリーに向けていた。
頬を撫でるジェラルドの大きな温かい手の感触は、幼い頃、病床の父がこうしてくれたことを思い出させる。そこにはやさしい、労わりを感じる心地よさがあった。
「最初に言っただろう。筋が通らない話にいちいち耳を傾けることはないと。そなたがマレナに何かをしたとは思っていない」
「信じてくださるのですか?」
アメリーは半信半疑で問い返した。
「そもそもそなたがマレナを呪い殺そうとする理由がない。彼女に嫉妬するほど、そなたは私に興味がないだろう?」
「そ、そのようなことは……!!」
慌てるアメリーの前でジェラルドの眉根が寄り、一瞬にして不機嫌そうな顔に変わった。
「あからさまに図星を突かれた顔をされると、腹立たしいな」
「そ、そういう陛下こそ、わたしの前ではしかめっ面ばかりではございませんか。どうやって興味を持てとおっしゃるのですか?」
「私はもともと表情が顔に出にくいから、仕方がない」
「他のお妃様たちには笑顔を向けていらっしゃるようですけれど?」
「ほう」
ジェラルドが感心したように声を漏らし、アメリーをまじまじと見つめてくるので、妙に居心地が悪い。
「な、何でしょうか……?」
「嫉妬深い女は面倒なだけだが、そなたのものは愛らしいと思っただけだ」
「し、嫉妬などしておりません! 陛下は勘違いをしていらっしゃいます!」
アメリーはムキになって言い返したが、ジェラルドは枕に顔をうずめて、くっくと肩を揺らして笑っていた。
(わたしが欲しいのは、こういうバカにしたような笑いではないのよ!)
「ああ、いい気分転換になった。仕事に戻ることにしよう」
ジェラルドはむくりと起き上がると、さっさとベッドを下りていく。
「お話は以上なのですか?」
もっとひどいことも言われる覚悟をしていたので、アメリーとしては拍子抜けしてしまう。
「ああ、そうだ」と、思いついたようにジェラルドは足を止めた。
「竪琴は私が預かっておく」
ジェラルドはアメリーの脇に置いてあった竪琴を手に取った。
「え……」
(それを取り上げられてしまったら……!!)
アメリーが反射的に伸ばした手は、竪琴には届かなかった。
「マレナをこれ以上刺激させるものは、置いておかない方がいい。他の妃たちも気にしている」
「それは分かりますけれど……」
問題になるようなことは避けたいが、竪琴が身近にないというのは、自分の一部を失ったようで心もとない。
アメリーは空を切った手を握りしめてうつむいた。
「私の寝室に置いておく。弾きたくなったら、いつでも来ればいい。一日の大半は誰もいない」
「本当ですか……?」
アメリーは信じられない思いでジェラルドを見上げた。彼は無言で小さく頷いた後、ひと言付け加えた。
「もっとも、夜の十一時から零時までは遠慮してもらうことになるが」
その一時間は妃たちと過ごす時間。そのことを平然と口にするジェラルドをどこか憎らしく思うのは気のせいか。
「それは……わたしも心得ております」
「では、女官長には伝えておこう」
そう言って、ジェラルドは身を
(やさしい人……ではあるのよね?)
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