第13話 リュクス大聖堂へ(後編)

「誰にも屈しない、あなたのような女官が陛下は理想的だと思われたのですね。女官のための学校を作った話は聞いています」


「息子を死なせた罪滅ぼしと、陛下はおっしゃっていました」


 ハンカチで目元をぬぐいながら、ロジーヌはつぶやいた。


「そして、そういう女官たちがそろうまで、あなたが女官長としてここを守るようにと?」


「そう理解しております」


 涙ぐみながら頷くロジーヌに、アメリーは微笑みかけた。


「こうしてイザベル様のお話を聞いて、このままというわけにはいきませんね。大聖堂にお墓があると聞きましたので、ちょっと行ってこようかと思います」


 つい今の今までしんみりと涙を浮かべていたはずのロジーヌが、キッと目を吊り上げた。そのあまりの急な変貌に、アメリーはあっけにとられてしまう。


「アメリー様、お妃様ともあろう方が、『ちょっと』出かけられるわけがございませんでしょう!」


「え、それこそ、ちょこっと近衛騎士を借りて出かけるだけのことでは……?」


 エリーズは後宮に入ってから一度も外出をしなかったので、アメリーもその辺りの手続きを知らなかった。侍女の時は、エリーズのお使いついでに、リュクス大聖堂の墓地にも何度か足を運んだことがあったのだが。


「近衛騎士は当番表をもとに仕事をしています。突然の仕事に対応できるほど、余裕はございません。そもそもお妃様というのは、特別な行事以外で外出はなさらないものです」


「ええー……」と、アメリーは絶句したが、気を取り直して聞いてみた。


「たとえば、母の命日にお墓参りもできないのですか?」


「あなた様のお母様の命日は、まだ三か月も先ではございませんか?」


 ロジーヌに涼しげな顔で言われてしまい、アメリーはぐうの音も出なかった。


(どうして、わたしのお母様の命日まで知っているの!?)


「そ、そこは命日の前倒しをしても怒るようなお母様ではないので! そういうことにして、出かけられるようにしてもらえませんか?」


 ロジーヌは無言のまま、刺すような目を向けてくる。何を言い出すのか、アメリーは恐ろしさに顔から血の気が引くような気がした。


「アメリー様、そこまでして大聖堂に行かれたい理由をお聞かせ願えますか? そのご様子ですと、お墓参りが目的ではございませんでしょう」


「それは……内緒ということで。妃の質問には理由がなくても答えるのですよね? お願いも黙って聞いてもらえませんか?」


「無理でございます。お妃様の命令は絶対ですが、陛下のものがそれを上回ります。陛下が同意しない命令を、わたしたちが聞く必要はございません」


「その陛下に知られたくないのですよ!」


「でしたら、せめてわたしにはお話しください。内容によっては、陛下にも本当の理由を伏せておきましょう」


「でも、陛下の優先度が高いと言いませんでした?」


「内容によっては、と申しました。その内容が分からないのでは、判断のしようがございません」


 どうやっても譲りそうにない姿勢のロジーヌを見て、アメリーはしぶしぶながらも本当の目的を話すことにした。もちろん伴侶でないロジーヌにすべてを明かすことはできないので、ほんの一部でしかないが――。


「わたし、お墓に行くと、亡くなった方の『心残り』が聞こえる特異体質なのです」


 ロジーヌは胡散臭そうな顔をしたが、アメリーはかまわず続けた。


「陛下はお母様のことを大変気にされていました。無実の罪を着せられて、亡くなったお母様です。心残りがあってもおかしくありません。もしもあったとしたら、陛下はそれをお知りになりたいと思うのではないでしょうか。これまでお母様の無念を晴らすように生きてこられた方ですから」


「そこで、なぜ陛下に隠しておかなければならないのですか? その心残りというものがどういうものか分かったら、どの道、陛下にお話しするのでしょう?」


「内容によっては、話すかどうかも分かりませんから」


「というのは?」


「亡くなった方というのは、時に生きている者には酷なことや理不尽なことを望んだりします。陛下の負担になったり、不幸な結末が予想される場合は、亡くなった方の願いなど叶えない方が良いこともあるのです。この世は所詮しょせん、生きている者のものですから」


(おおよそ、魂が悪霊化していた場合に限るけれど――)


 まんざら嘘でもなかった。イザベルが亡くなった顛末てんまつを考えれば、自分を死に追いやった者を恨んでいる可能性はある。もしも彼女が悪霊と化していたら、アメリーは【鎮魂の調べ】で強制的にでも天に送るつもりだ。ジェラルドには『心残りなく、天に昇られたようです』と告げる。


「わたしは陛下と知り合って、まだ間もないです。わたしの言葉を信じてもらえるかどうかも分かりませんし――」


「そうですね」


 ロジーヌが頷くので、アメリーは少し不安そうな顔を作って、さらに言葉を重ねた。


「それに、この特異体質のことを陛下に知られたら、気味悪がられてしまうかと……。女官長もわたしが頭のおかしいことを言っているという目をしていましたよね。陛下にそのような目で見られたら、わたし、耐えられません……!!」


(ここは思いっきり嘘が混じっているけれど……)


 それらしく聞こえてほしいと思いながら、アメリーはロジーヌをちらちらと覗き見た。


 やがて、彼女が『それは分かるわ』といったように表情を和らげたので、ほっと胸を撫で下ろす。


「分かりました。あなた様が外出できるように、手配いたしましょう」


「本当ですか!? なるべく早めでお願いします!」


 ロジーヌがこの話を本当に信じてくれたのかは分からなかったが、アメリーが部屋を出る前にひと言告げられた。


「アメリー様、わたしの息子も大聖堂の墓地に眠っています。もしも心残りがあったら、わたしも知りたいです」


 そう言っていた。






 その後、アメリーのもとには山ほど書類が運ばれてきて、片っ端からサインしなければならなかった。その書類は王宮の各所に回され、不備があると戻されながらも、最後は国王ジェラルドのサインまでもらうものだった。


 そして土曜日の今日、ようやくアメリーはリュクス大聖堂に出かけられることになった。


 外出理由は、『母の月命日』――


 妃になる前までは月に一回、必ず墓前でお祈りをしていたのだが、外出が難しくなって遠慮していた。そろそろ一度くらい行きたいと外出を願い出ていたのだが、ロジーヌがうっかり忘れて、その月命日は五日後になってしまった。


 ――という、アメリーがとても謙虚で、逆にロジーヌに非があるような経緯となっている。


 実際、ロジーヌは各所に頭を下げて回ったらしい。


「なるべく早くとおっしゃるから、緊急案件にいたしました。これでも早い方なのですよ。通常、ひと月はかかるとお思い下さい」


 ここまで協力してくれたロジーヌには感謝こそすれ、文句も付けられなかったが――


(すぐそこに行くのに、五日もかかるのよ! 普通だったら、一か月も前からお願いしなくてはならないのよ!)


 侍女から妃にしてくれたジェラルドに対しては、恨みたい気分だ。とはいえ、妃にならなかったら、彼のためにこんな面倒なことまでして出かけようと思うこともなかった。


(ニワトリが先か、タマゴが先かという話で……)


 アメリーはため息をつきながら馬車に揺られていた。

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