36分の1
「前にも伝えた通り、今日は席替えをするからなー」
と、ホームルームの時間に担任の篠沢が言う。
その手には例のボックスがあり、パッと見た感じ細工された形跡もなければ、実行したという話も聞いちゃいない。
っていうかだ――
「のうまくさんまんだばざらだんせんだまかろしゃだそわたやうんたらたかんまん……のうまくさんまんだばざらだんせんだまかろしゃだそわたやうんたらたかんまん……!」
当の本人、美鈴はじゃらじゃらと数珠を握りしめ、血走った目で呪文を呟いている。
結局は神頼み――何の神に頼ってんのかしんないけど――しか思いつかなかったらしい。朝からずっとこの様子で、完全にヤベー奴状態だった。
「おい教祖」
いい加減見かねて、あたしはそんな彼女の肩を叩く。
「のうまくさんまんだばざらだんせんだまかろしゃだそわたやうんたらたかんまん……」
よし、聞いちゃいねえや。
あたしは右拳を握りしめ、目を覚まさせてやることにする。
「のうまくさん、あだっ!? え……ここは? あなたは……不動明王様?」
「誰だよ」
それでもまだ寝ぼけてるらしかったから、呆けた顔にデコピンを喰らわせる。
「席替え。お前の番だからとっととクジを引いて来い」
「あ……」
席替えは放課後前のホームルームで行われ、だからこそクジの動きも早い。
とっとと終わらせて帰りたいのはあたしも同じで、先ほど引いて来た紙を彼女に見せつける。
「…………」
「どうせ運任せなんだし、こうなったら引くだけだろ?」
「…………はい」
そうまで言ってやると、彼女はとぼとぼと教壇に向かって歩き出した。
まだ引く前だってのに、どうせと言わんばかりの背中を蹴りたくなってくる。
「8番……ですわ」
「ん」
そんな具合に帰ってきた彼女に、あたしは自分が引いた番号を見せつける。
慰めになるか分かんねえけど、そこには『7』の文字が記されている。つまりは今の隣同士から前後へと変更で、またしてもご近所さんってわけだ。
「ふふっ……やはり彩奈さんとは運命で繋がっていらっしゃるのですね……? 一年の時も、二年になった時も、そして今でさえも……神様が大親友の間柄を応援してくれているようで、わたくしは嬉しいですわ……」
「だったらもう少し嬉しそうに言えや」
たった一年ちょっとの付き合いで大親友かどうかはさておいて。
「ですが神様は藤木さんとわたくしの間柄を……うう……」
「はぁ……」
おまけにこの始末だ。しくしくと嗚咽を零しやがる。
声を押し殺しているものの、後ろの方の席じゃなかったら『あの西雀寺さんが!?』って騒がれてたかもしれない。
「ほら、今から藤木が引くぞ」
それに鬱陶しいから、あたしは言ってやる。
「ここであいつが隣の番号を引けばいい」
「そんなの……あり得ませんわ……もう、クジの数は少ないのに……」
確かに窓際席の藤木から見て、残ったクジは残り僅かだ。
でもそれは腑抜けた発言だと思う。少なくとも勉強面ではずっと、あたしより頭の良いコイツがそんなことを抜かすのは。
「36分の1だ」
あたしは言う。
「このクラスの人数。先に引こうと後に引こうと関係ない。要はそういうことだろ?」
「…………」
ずずっと美鈴が鼻を啜り、情けない顔を上げる。
それと同時に席に戻った藤木が引いた紙を開く。
遠目に覗いたから確かとは言えないけど……そこには『2』らしき番号があった。
このクラスは総員で36人。
一列6人づつの、計6列で構成されている。
だから計算は簡単だった。
藤木は窓際の後ろから2番目で、窓際の最前列が6番。
入口最前列が1になる為には、次の列も同じように後ろから計算されるから、要するに美鈴の引いた8って番号は――
「え……うそ……?」
「良かったな。神様とやらに願った甲斐があって」
あたしは美鈴の肩を、今度は称えるように叩いた。
これが恋が手繰り寄せた奇跡というのか、単なる確率上の偶然なのかは知んないけど。
「いつまでも驚いてないで動かすぞ。ほらほら」
「わ、分かってますわよ」
それからあたし達はガタガタと机を移動させる。
なんだかんだで高校生活が始まって一年とちょっとだけど、最後列に配置されるのは初めてだった。
教壇が遠くに感じられて……うん。これなら楽に居眠り出来そうだって思って、
「あっ、あっ、あっ」
無理だなと、すぐに思い直した。
ただ席を移動させただけなのに、秒で過呼吸を起こしてる奴が前にいた。
原因は言うまでもなく、元々が窓際だったから大した移動距離もなく、先に待ち構えていた
まったく。
あれだけ隣になりたい隣になりたいって喧しく言ってたのに、実際になるとこの始末かっての。
「西雀寺さん」
「ぴっ!?」
挙句だ。
藤木はその人畜無害なツラをニコリと微笑ませ、声を掛けてくるじゃあないか。
「これからよろしくね?」
「――――」
「えぇと、西雀寺さん?」
「――――――――」
「ああ気にすんな藤木。ちょっと死んでるだけだから」
「死んでる!?!?」
酷く驚く藤木を尻目に、あたしは何てこともなく、すっかりフリーズした美鈴を座らせる。
白目を剥いてて完全に意識が飛んでるから、復活まで十分ってところか?
「まぁこんな具合だけど、これからよろしくな」
「う、うん……宮下さんも」
と、あたしは美鈴の代わりに挨拶を交わす。
「それから……」
次にその後ろ。
藤木から一つ後ろで、あたしから見て隣の席に声を掛けようとして……やめた。
目を合わせようとした瞬間に逸らされたからだ。
……確か前川だか、横川だか。そんな感じだったと記憶している女子が、あからさまに怯えた様子を見せていたから。
「…………」
あたしはさりげなさを装って、そのまま目線を窓の外へとスライドさせた。
初めて味わう陽の当たる席は、想像よりも西日が眩しく感じられた。
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