【九月十六日】


「来月の学際のことだが、何か案がある生徒はその用紙に書き込んでくれ」


 と、ホームルームの時間にプリントが回される。

 用紙のレイアウトはシンプルで、『学園祭の出し物』という表題に、たった一つの大きな空欄があるだけだった。


「仮に白票だらけだったり、被ってる案が二票だけしかなかったとしても、基本的には一番多かったものを採用する。ぶっちゃけめんど……民主主義的に正しいからな」


 めんどうくさいと言いたかったのだろう。

 篠沢先生らしいとコータは思う。この十秒くらいで作れそうなプリントも含めて。


『ねぇ彩奈ちゃん、何を書けばいいかな?』


『知らねーよ。お前の好きに書けばいいだろ』


『だって私や芹香ちゃんが本能のままに書いちゃったら、悪魔城RTA大会とか、本格派コスプレ喫茶とか、16分の1手作りフィギュア展示場とかになっちゃうし』


『本能のままに書くな。常識的な範囲で書け』


 などなど、早速クラスメイトがざわつき始める。


『彩奈さん彩奈さん! わたくし、執事喫茶というものに興味がありますの!!』


『……なんで?』


『だって見れますのよ!! 執事が!!』


『てめーは何時も見てるだろうが』


『そういうことではなくって…………の執事姿が拝めるではありませんか!! きっとお似合いになる筈ですから、どうか、この案に清き一票をば!!』


『いや清くねーだろ。既にお前の欲望塗れだよ』


 などなど――ちょっぴり聞こえない部分もあったけど――わいわいと盛り上がっているようだ。

 もっともコータの耳に届いているのは近くの席で、その全員が知り合いによるものなのだが。

 

(執事喫茶は勘弁してほしいなぁ)


 なんて、コータは苦笑しながら思っていた。



「よぉ藤木、奇遇やなぁ!」


 それから昼休みのこと。

 何時も静かな図書室に似合わない、賑やかな声で出迎えられる。


「こんにちわ峰原さん。ここであんまり大きな声は――」


「こほんっ」


 と、指摘する前に係の子がわざとらしい咳払いをした。


「――みたいだから」


「す、すまんなぁ。堪忍な?」


 言って、峰原はさっきよりも声を潜め、申し訳なさそうに眉をへたれさせる。


「それより峰原さんはどうして?」


 コータはちょこちょこ本を借りに来たり、自習に来たりと図書室にはなじみ深いものだが、この峰原というクラスメイトにとっては無縁である。

 それは普段『ゲーム部』という非公認の部活で遊び惚けているからではない。そもそもが彼女にとって必要ないことをコータは知っているのだ。


「いやな? 藤木がここに入り浸ってるって聞いて――」


「コータ先輩」


「わっ」


 と、峰原が説明し終える前にだった。

 にゅっと彼女の背後から、無頓着なくらいに長い黒髪の少女が飛び出した。


「ヤ、ヤチヨちゃん?」


「うん。コータ先輩、おはよーさん」


 驚くコータに、ヤチヨは相変わらずの調子で言った。


「おいヤチヨ! んな挨拶があるかい!」


「問題あらへん。うちとコータ先輩の仲やから」


 すかさず指摘する峰原に、ヤチヨは彼女と同様の関西訛りで返す。

 しかし抑揚のない棒読みである。表情もほとんど変わっておらず、上がり下がりがハッキリとしている峰原と比べると、まるで台本を朗読しているかのようだ。


 が、それがヤチヨという少女だった。

 言葉自体は馴れ馴れしいのに、そもそもの口数が少なく、常に能面一色の無口キャラ。

 コータにとっても知り合って間もなく、何を考えているのが掴みづらい子だった。

 

「先輩、また勉強教えて」


 ヤチヨは現国のテキストを片手に言う。

 このように彼女に懐かれた切っ掛けは、一学期に行っていたバイトだった。商品札が読めなくてまごついていたところ、店員であったコータが声をかけたのだ。


 あまりに長い頭髪が顔を覆っている所為で気づき辛いが、彼女はハーフの帰国子女である。

 だから棒読みっぽい言い回しも、聞いてそのまま覚えたような関西弁も、単に言葉を知らないからそうしているらしい。

 

「え、でもわざわざ僕が教えなくても」


「まだ分からない言葉が、あるねん」


 そうして勉強という名目に、ぐいぐいと押し掛けるようになったヤチヨだが、地頭そのものは悪くないことをコータは知っている。

 というかむしろ秀才クラスだ。隣にいる峰原がそうであるように、授業を聞いているだけであらかた理解出来てしまうタイプである。


「コータ先輩に、教えてほしいから」


「えぇ、どうして僕に? 僕もそんなに賢いわけじゃないし、峰原さんに教えてもらった方が」


「むぅ……レーコ。こういうの、なんっていうんだっけ?」


 だからコータは善意百パーセントのつもりで言ったが、彼女の頬をぷくりを膨らませてしまう。


「えぇと、その、鈍感やな」


 聞かれた峰原が答える。


「鈍感。コータ先輩は、鈍感」


 それをすぐにヤチヨも繰り返した。

 コータからすると何が何やらだった。視界の隅でこっそりと『すまん……ミレイ……』と呟いていた峰原のことも。

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