席替え


「何が何でも隣の席になる必要がありますわ」


 ティーカップを傾け合いつつ、あたし達は話を続ける。

 特に茶葉に詳しいわけじゃないけれど、流石はお嬢様の家というか、毎度のことながら上品な香りだと思う。


「だからってどうしろってんだ? お前もクジ引きってことは知ってんだろ?」


 以前にも言った通り、うちの学校の席替えは完全なクジ引きだ。

 そこに人の意志が入り込む余地なんてないし、ましてや愛の力とかいう謎パワーでどうにかなるわけがない。


「ご心配なく――わたくしにいい考えがありますわ」


 だというのに、こいつは盛大なドヤ顔を見せつける。

 聞く前から胡散臭さでプンプンしてきた。


「まず席替えクジのことですが、これは一年の時も同じでしたので、彩奈さんは覚えておいでですよね?」


「箱の中に番号が書かれた紙が入ってて、それを順番に引いてくんだろ」


「その通りですわ。そして振り分けられる席番号は共通。窓際最後列を1と見なして、入口側最前列が最後の番号となります」


 どういう理屈で決まったのかは知んないけど、これは全ての学年、全てのクラスにおいて共通らしい。

 たぶんだけど、居眠りのバレにくい窓際後方を好む生徒が多いってのと、先にクジを引いた方が選択の余地がある分、次への公平感・・・・・・・があるからだと思う。


「それがどうしたんだよ? あらかじめ席番号が分かってんのが、望むクジを引けることと何の関係がある?」


「ふふっ、簡単な話ですわ」


 あたしの疑問に、美鈴はえへんと胸を張ってみせると――



「まずは事前にクジのボックスを職員室から強奪します」


「おい」


 早速犯罪染みたことを抜かし始めた。



「そして強奪した後はクジを中から取り出し、それぞれに目印を付けます」


「待てや」


「実際に引くときは目視できませんから、手触りで分かるものが望ましいでしょう。紙を半分に折ったり、端をねじったり、ハサミで切れ目を入れるのもいいかもしれません」


「いやだから」


「そして細工が終わった後、バレぬようにボックスを先生の下に返せば――あら不思議。望む番号が引けるようになってるではありませんか♪」


「なってるではありませんか、じゃねーよ」


 不思議なのはお前の頭だ馬鹿。


「突っ込みどころは山ほどあるけどな……まずどうやって職員室からボックスの保管場所を見つけて、それをバレずに盗めると?」


「なんやかんやですわ」


「なんやかんやて」


「そこはどうとでもなりますわ。だって何処かにボックスは存在しますし、それに見られてしまったところで、こう……シュバっと眠らせて」


「シュバっと」


 手刀を振り下ろすジェスチャーだった。

 窃盗だけでなく暴力も辞さないらしい。


「オーケー、分かった」


「彩奈さんも分かっていただけましたか」


「おう」


 お前がとんでもない馬鹿だってことにな。


「まず千歩譲ってそのなんやかんやが上手くいったとしよう。そんでもって一万歩譲って細工もどうにかなったと仮定してやる」


「どうしてそんなに譲る必要が? 彩奈さんのお姿がミジンコレベルに縮小してしまうじゃありませんの」


 ミジンコはお前の脳味噌じゃい。

 それを伝える為に、あたしは深く息を吸って言ってやる。


「でもそうしたところで――お前は絶対に藤木の隣にはなれない」


「なっ!? どうしてですか!? わたくしは望む番号を引けるようになったのですよ!?」


「だから? どうやって藤木の隣の番号を狙う?」


「そ、そんなの決まってるではありませんか! 藤木さんが先にクジを引いて、その番号を確かめれば、あとはわたくしが狙ってその隣の番号を――」


「あのな。席替えのクジを引く順番も決まってんだぞ」


「もちろん分かってますわよ! クジを引く順番は席番号とは逆から始まって……始まって……」


 と、そこで威勢よく返していた美鈴の声がしぼんでいく。

 ようやく根本的な見落としに気付いたらしい。


「クジを引く順番は教室入口側の最前列からだ」


「…………」


「要するに今の時点で窓際席の藤木は最後の方に引く。そんでもってあたし達の席は何処にある?」


「……………………中央、後列側ですわ」


 以上だ。

 クジにどの番号が書いているか分かったところで、藤木が後に引くことが確定しているなら何の意味もない。


「……次のプランに参りましょう」


 と、凹んでいたのは束の間で、しれっと美鈴は切り替える。

 てか次て。まだ次があるのか。


「これをご覧ください」


 そうして彼女が自室の棚からゴソゴソと取りだし、広げて見せたものは――


「こちらを実践してみようと思うのです」


 手あたり次第に投函されているような、安っぽい紙で出来たチラシだった。

 そこにはこう記されている。『運気向上間違いなし! 息子が志望校に合格しました! 難病が治りました! 宝くじが当たりました! 実績十分、貴方もメメポポス教に入りませんか!?』と。


「却下」


 ビリビリとあたしは秒で破り捨てた。


「ああっ! なんて罰当たりなことを!! そんなことをしたら彩奈さん、シャイニングメトロポポス神に祟られますわよ!?」


「完全にカルト宗教の誘いじゃねーか。っつーか誰だよなんちゃらポポス神て」


「シャイニングメトロポポス神ですわ!! 第八メトロポポス星から舞い降りたメシアであり、その指先から生み出された霊験あらたかなマジックポットを購入すると、それはもうウッハウハでフィーバーな生活が約束されていると評判でして!!」


「よし聞いたあたしが悪かった。とりあえずお前はそのカスほども役に立たない情報を頭から消し去れ。んなことしなくってもテメーの頭は――とっくにフィーバー状態なんだからなあああああ!!」


「あだっ!! あだだだだだ!! 頭が割れてしまいますううううううううう!?!?」


 ヘッドロックで締め付け、再び美鈴の悲鳴が上がる。

 案の定というか、やっぱり今日も無駄足だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る