そんなこと、思ってねーから
「ほ、ほーらっ……!! ほーら……見たことでしょう……!!」
と、美鈴はドヤ顔とヒソヒソ声を両立させた、見るも珍妙な様子であたしに言ってのけた。
福笑いのようなその頬っぺたを抓ってやりたくなるが――確かにその通りだ。藤木が今しがた来店したのだ。
「っておい、こっちに来るぞ……!」
「ぴっ!?」
そして何故か小説のコーナーではなく、週刊誌の並ぶこちらへと一直線だった。
え、えぇとどうしよう? あらためて段取りを話し合う余裕もなさそうなんだが?
「あっ……」
程なくして、藤木があたし達に気付く。
短く声をあげ、目を丸くしたかと思いきや、
「宮下さん?」
なんてことを言った。
宮下っつーのはあたしの苗字だ。美鈴に対してもそうだったけど……まさかあたしの名前も覚えてるなんてね。
「よ、よお」
「こんなところで奇遇だね」
あたしがぎこちなく返すと、藤木はニコリと微笑み返す。
そのツラは何処までも人畜無害と来たもんで、無防備っぷりすら感じさせる。
いくらクラスメイトとは言え、一度も話したこともなければ、それも
「藤木は、どうしてここに?」
「うん、僕はちょっとそれを探してて」
「それって……求人情報誌?」
藤木が頷き、ラックから抜き取ったそれをペラペラと捲る。
「夏前に短期でいいのはないかなって」
「……ネットで探せばいいんじゃねーの?」
「ははっ、だよね。僕もそうした方がいいとは分かってるんだけど、どうしても文字を真剣に読むときは、直接紙に触れた方が頭に入るような気がして」
「頭に入る?」
「うん。電子書籍の出力先がスマホだったり、それに似た媒体ってことも関係してるのかも。本を読む以外にも色々と出来ることがあって、一度でもそんな風に意識しちゃうと、どうしても文字にのめり込めなくなっちゃうっていうか」
「へえ」
普段本ばっかり読んでる人間らしい言葉だった。
個人の感覚的な話でも、さっき彩奈で宣っていたことよりずっと説得力がある。
「宮下さんはバイクに興味があるの?」
「あ、あぁいや」
あたしは手にしていた雑誌を戻し、曖昧に首を振る。
まさかあんたを待つまでの間、暇つぶしに取っていたとは言えない。
「美鈴の付き添いでここに来たんだよ。だからあたしは本が買いたくて来たわけじゃないってか、巻き込まれただけっつーか」
「美鈴って……西雀寺さんのこと?」
「え”」
こ、こいつ下の名前まで覚えてんのか? 関わりのないクラスメイトの女子のを?
ぎょっとするあたしから何かを察したのか、すぐさま藤木はいやいやと首を横に振った。
「いつも宮下さんと一緒にいるから、たぶん西雀寺さんのことじゃないかなって」
「あ、あぁ」
それならしっくりと来る。
実際にその通りだからだ。学校であたしの周りにいる奴なんてって話になると。
「だ、だからその、別に他意があるわけじゃなくてね?」
別にもう勘繰りなんてしてないのに、不快に思ってないかどうかって、あせあせとし続ける藤木がちょっぴりおかしかった。
遠目から見た姿と同様、何処までも人の良さそうな奴だと思った。
「そ、それより西雀寺さんだけど」
と、藤木が話を逸らすように続ける。
「一緒に来てるの?」
それもきょろきょろと周りを見ながらだ。
よほど頭がテンパってんのか、妙なことを言い出すもんだ。
「そこにいんだろ」
あたしは藤木の方を向いたまま後ろを指差す。
またチキってんのか知んないけど、絶好のチャンスだと思いながら。
「え――何処に?」
「え?」
「え?」
「え?」
短い疑問を疑問で返し合い、あたしはゆっくりと振り返った。
するとそこには――なんということでしょう?
誰もいないのである!
「あ、あんにゃろう……!!」
逃げた! 逃げやがった!! お前は何時もそうだ!!!!
この絶好の機会を!! ネギを背負ってきたカモを!! 妙ちくりんな作戦が成功しかけてたのに、またしても臆病風に吹かれやがった!!
「藤木、ちょっと待ってろ」
あたしは再度、握りしめた握り拳を鳴らしながら言う。
「すぐにあの馬鹿を連れ戻してくる。今日こそはぜってーテメエに挨拶させてやる。毎度毎度、人のツラ見て逃げることがどんだけ舐めてんのかって、幼稚園児でも分かることだかんな」
「ちょ、ちょっと宮下さん!? 乱暴は駄目だよ!!」
「止めるな藤木。いい加減にケジメってもんを、アイツにも分からせてやらねえと」
「ほ、ほんとに大丈夫だから!! それに今日はたまたま宮下さん達がここに来てたところを、たまたま僕が来ちゃっただけなんだし!!」
「っ……!」
そう言われて、そう言えばそういう体だったことを思い出す。
「別に気にしてないから。それに西雀寺さんってその、なんだか僕のことが苦手みたいだしさ」
「――――」
「西雀寺さんって凄いお嬢様って聞いてて……だから僕がその、知らない間に失礼なこととか、したかもだし」
「――――――――」
あたしは絶句して、思う。
おい聞いてるか美鈴? これが恥ずかしいとか宣って、散々逃げてきたツケだぞ?
自分に対して苦手意識があるって思われるどころか、気ィまで遣われてんぞ?
「――別に苦手って思ってねーから」
「え?」
「美鈴はその、藤木のことを、そんな風に思ってねーから」
だからあたしが言ってやる。
このまま放っておいたら、このふざけた恋愛劇が何時までも終わらねえって。
「あたしが保証してやるよ。少なくとも美鈴は、お前のことを悪い奴だって絶対に思ってない」
でも散々振り回されて腹が立つから、それくらいに留めておいた。
なんだってあたしが告白の代行までしてやらなきゃならない。そんな大事なことは自分の口で伝えろって思う。
「…………そっか」
ちょっとばかしの沈黙を置いて、藤木が言った。
ほっと肩を落として、なんとなくだけど、憑物が落ちたかのような態度で。
「だったら次はもうちょっと物怖じしないようにするよ。ありがとう、宮下さん」
「……ん」
そんなやり取りを最後に、藤木は求人誌を片手にレジへと向かう。
そうして会計を済ませて外に出ていくまでを見守った。振り返ることはなかったから、今日はこれまでなんだと思う。
「おい美鈴」
「ぴっ……!」
だからあたしは店内を探し回り、端っこで縮こまっている彼女を見つけた。
普段のやかましい態度は何処へやら。ぷるぷると小刻みに震えて、顔を真っ赤にしながらだ。
「ふ、ふ、藤木さん、は?」
「もう行った。それより美鈴、てめえ分かってんだろうな?」
「ぴぃっ……!!」
「ぴぃじゃねーよ馬鹿」
らしくないけど、焚きつけてはやった。
明日から覚悟しろよって意味も込めて、あたしは盛大にゲンコツを振り下ろしてやった。
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