偶然を装いましょう


「ふむ……前評判ではイマイチでしたが、これもやってみると中々ですわね」


 と、見た目だけならイイトコのお嬢様が。

 ぴんと伸びた座り方で、編み上げリボンのワンピースに、長くてクルクルとしたブロンド(地毛らしい)を揺らすお嬢様が、電車の中でスマホゲームに興じている。


 先日大失敗に終わった作戦だったが、怪我の功名というか、ゲームを嗜むようになったらしい(お嬢様としては覚えるべきじゃなかったかもだけど)。


「あ、それハメ技ですわよ! 無効ですわ無効!」


「仕様だっつーの」


 そして今では、あたしもこうして付き合わされるようになった。

 あたしも嗜む程度ってやつだけど、ゲームは嫌いじゃない。一人でも遊べるし、時間を潰せるし、ヤなことだってこの世界では忘れられる。


 今まではコイツがド下手だったから、あんまり誘うこともなかったんだが……そういう意味ではまぁ、クソみたいな恋愛に付き合わされたご褒美ってやつなのかな?


「はい。これでまたあたしの勝ち」


「うう……彩奈さんは鬼畜野郎ですわ……」


「誰が鬼畜野郎だ。お前が下手なだけだろ」


 と、あたしは十連勝目を飾ってから言う。


「っつーか、何処に行くつもりなんだよ?」


 それから程なくして、ぷしゅーっと音を立てて開くドア。

 アナウンスに腰を上げる美鈴に続いて、あたしもホームに出る。

 ここまで遊びながら付き合ってやったが、わざわざ休日に呼び出してまで、彼女が向かっている先をあたしは知らない。


「それはもちろん、藤木さんと距離を縮める為ですわっ!!」


「藤木?」


 あたしはホームから外を眺めつつ答える。


「ええ! ここには大きな書店があるとのことです!!」


「…………要するに?」


「よく休日に訪れていらっしゃるそうなのですよ!! 藤木さんが!!」


 ふんすふんすと鼻息を荒げつつ、美鈴は言った。

 遠くを見れば確かに……このご時世、今となっては珍しい大型書店の看板が見える。


「わざわざ遠出してまでかよ。アプリで買えばいいのに」


「ちっちっちっ、分かってませんわね彩奈さんは。確かに電子書籍は利便性に優れていますが、紙で読むのは一味違うのですよ?」


「へぇ。それって具体的には?」


「そりゃあもう! その、脳に何かこの、刺激する感じといいますか。あれですよあれ。紙の手触りとか、インクの文字とか、そこはかとなく……良い!」


「お前も分かってねえじゃねーか」


 なんだよそこはかとなく良いって。

 どうせ意中の男子藤木がそうしてるから、肯定してるだけなんだろうけど。


「と、とにかく! これより『休日にクラスメイトとばったり!』作戦を開始しますわ!」


 その後、書店に向かいながら美鈴は作戦とやらを説明した。

 店内に藤木がいれば真っ先に、そうでなければ藤木が来店するまで待ち、偶然を装って顔を合わせる。

 クラスメイトも教室であれば見慣れたものだが、外で会えば物珍しい。そうして驚いた藤木が挨拶がてらに声をかけてくれて、後は流れに身を任せる……とのことだが、


「うーん……」


「なんですのそのお顔は? わたくしの完璧な作戦に何か言いたいことでもありますの?」


 言いたいことや突っ込みどころは無数にある。

 その中でもとりあえずは――


「てめえ藤木に話しかけられて、ちゃんと受け答え出来んの?」


「うっ」


「自分から話しかけられないから、相手からってハラなんだろうけどさ。じゃあそんだけ消極的な感じでいって、まともなお喋りになるとでも?」


「や、やってみせますわよ! 藤木さんにお声がけまでしていただいて、恥をかかせるわけにはいきませんから!」


 と、美鈴は足早に横断歩道を突き進む。

 これまた難儀な一日になりそうだと、あたしはそんな彼女の後に続いて、その先にある建物の自動ドアをくぐった。


 ここ一番の猛暑――なんて毎年のように言われる謳い文句だけど――だって言われている六月の外気は、空調の利いた室内に入った途端にほっとするくらい、ひんやりとしていた。

 普段はビジネス街の中でサラリーマンを相手にしているからか、大手書店でありながらも閑古鳥が鳴いていた。何ならあそこの店員とか、あからさまに欠伸してるし。


「藤木さんは……………………まだ来ていないようですね」


 美鈴は凄まじい早歩きで店内を見て回って、そう言った。


「まぁ休みだし、藤木だってゆっくり来るんじゃない?」


 あたしはそう返し、難しい活字関係は素通りして、週刊誌が並んでいるコーナーに足を運ぶ。

 漫画の立ち読みが出来ないことはタマにキズだけど、せめてビニール包装のかかっていない雑誌を手に取って、時間を潰そうと思った。


「…………」


「…………」


「……………………」


「……………………」


「…………………………………………」


「…………………………………………」


 ところがどっこい。

 一時間が経っても、二時間が経っても、まったく変化が見られない。

 多少なりとも興味のある週刊誌は読み尽くしてしまったし、なんなら店員の目もちょっぴり痛くなってきたような気がする。


「おい美鈴」


 あたしは欠片くらいしか興味のないバイク雑誌を広げつつ、彼女に声を掛けた。


「お、おかしいですわね」


 そう返す彼女も読むものがなくなってしまったのか、『激写!! モザイク無し!! モロ映りの心霊百科!!』という胡散臭さ極まりないオカルト系雑誌を広げていた。


「ほんとに、ほんとに来る筈ですのに……藤井さんはお休みの日に、少なくとも月に二回はここに来られていると、月山も確かにそう言っていて」


 月山こと月山ヒカリさんは、美鈴の家で働いている使用人のことだ。

 あたしの知る限り燕尾服が最も似合う、仕事に愚直な感じの人で――まさかコイツは人を使ってまで調べたんじゃなかろうかって、より一層ストーカーみを感じつつ、


「おい美鈴。最低月に二回っつったか?」


「ええ。だって月山が言うには、先週も確かに来ていたと」


「今日は六月の二週目だぞ。先週来てたなら、次に来るのはホントに今日か?」


「…………」


「よし、こっち向け。『おっぴろげ! 素人十代の地縛霊!!』で顔を隠すな。そんなあからさまな合成写真で、折角の休日を台無しにされたあたしの怒りが収まるとでも?」


「い、いやいや!! こんな筈は!! こんな筈はありませんのよおおおお!!」


 悲鳴を上げる美鈴に、あたしはゴキゴキと拳を鳴らしつつ言う。

 上手くいくだなんてことは欠片も思ってなかったが、無駄足を踏まされた恨みだ。せめてゲンコツだけはかまさせろと、あたしは硬く握りしめた拳を振り下ろそうとして――


「っ!?」


 すぐに手を引いて、さっと隠れる。

 ふと視界の端に見えたのだ。見た目同様に没個性な私服だけど、確かに待ち望んでいたクラスメイトのツラだった。

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