シンプルなアプローチが出来ない


 次の休み時間、美鈴は早速行動に出た。


「…………」


 無言であたしの隣の席を立って、てくてくと歩き出す。

 窓際の席では藤木が文庫本を取りだし、木目の栞を抜いていた。


「…………」


 が、あと三歩ほどまで迫ったところで、美鈴の足はぴたりと止まってしまい、動かなくなってしまう。

 一体どうしたのやら。あたしも反対側に移動して、その顔を遠くから眺めてみると、


「っ…………っ………」


 藤木をじっと見つめたまま、口を開いては閉じてを繰り返していた。

 ぱくぱくぱくぱくと、まるで水槽の魚のように、一言も声を発しないまま。


「…………」


 そんな動作を繰り返すこと約五分。

 やがて彼女は回れ右をして、教室の外へと去ってしまった。



 次の休み時間、またしても美鈴は席を立つ。


「…………」


 相変わらずの無言の行進だけど、今度は手ぶらじゃなかった。

 手に一冊の文庫本を持っている。最近流行りのシリーズものの探偵小説だ。


「…………」


 それを踏まえた上で藤木の方を見ると――ブックカバーはしてるものの――端から似たような背表紙が見え隠れしていた。

 ……要するにアレか? さっきガン見していた時間は様子見だったってことか? 話題作りの為にわざわざ同じ本を用意するための。


「…………」


 若干ストーカーっぽいムーブであることは、まぁ否めないけどさ。

 でもこれで心理的なハードルはかなり下がっただろうし、美鈴もちゃんと考えてやってんだなって、あたしは感心しそうになって――


「っ…………っ…………」


 ああ違うわ、とすぐに前言撤回する。

 だってまたパクパク状態だもん。同じくらいの距離間で魚と化してんもん。


 それから回れ右をするのも同じで、今度は自分の席に帰る。

 机に突っ伏せる彼女の耳は真っ赤になっていた。



 さらに次の休み時間――というか昼休み。


 通学鞄の中から弁当箱と水筒を取りだす藤木に、またしても美鈴は行った。

 その手に持っているのは惣菜パンの入った袋で、一緒に食べようとしていることは見て取れる。


 けどね?

 それ普通に世間話するよりハードル上がってるくない?

 話したこともないクラスメイト(それも異性)をいきなり昼に誘うって、あたしでもキツいんだけど?


「っお…………っお、っお………」


 そして案の定、美鈴は溺れていた。

 緊張のあまりに息の仕方を忘れて、 陸の上で酸欠状態になっている。

 ぼうっと突っ立ったまま魚のように顔を青白くしている様は、端から見ると不気味極まりなかった。


「えぇと……西雀寺さん?」


「ぴっ!?」


 と、そんな時だった。

 藤木が気付いて、美鈴が鳥のような悲鳴を上げたのは。


「どうしたの? なんだか顔色が悪そうだけど」


「あ……あ……!」


 心配そうに藤木が席を立って、一歩近づく。

 美鈴はぷるぷると小刻みに震え出し、目を白黒とさせる。


「もし具合が悪いなら保健室に――」


 そして伸ばされた手が、彼女の身体に触れようとした瞬間、


「お、お、おかまいなくうううううううう!?!?」


「え?」


「ちょっ! えっ!? ちょっと美鈴――」


 だっと走り出した美鈴に、あたしは腕を掴まれる。

 そのまま引きずられるような形で教室から連れ出され、ぽかんとしている藤木が遠ざかって行く。


「はぁ……はぁ……」


 やがて吹き抜けの渡り廊下まで至ったところで、美鈴は止まってくれた。

 とことん走らされた所為で息が追いつかない。汗がだらだらと流れて、あたしは夏服に変えていなかったことを後悔する。


「おいコラ美鈴、一体どういうつもりだよ?」


 あとなによりも、この馬鹿だ。

 一体全体こんなところまで連れてきて、なんのつもりだと問い質したところ、


「えへ……えへへへへっ……」


 何故か彼女は汗だくのまま、ニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべていた。

 なんだコイツ? あまりにも上手くいかないもんだから、とうとう本格的にイカれちまったのか?


「マジで保健室行っとくか?」


 あたしは言う。

 頭の病気まで守備範囲なのかは知らんけど。


「えへへ……大丈夫ですわ♪ わたくしは何にも、うふふっ……うふふふふふっ♪」


 と、美鈴は答える。

 身体をくねくねとさせて、不審者極まりない態度で。


「じゃあ何なんだよ?」


「だって、だってですよぉ?」


 美鈴は心底幸せそうに頬をゆるゆるにしながら、



「藤木さんが、『西雀寺さん』って♪」


「――――」


「わたくしを呼んでくれて、わたくしの名前を覚えてくれてて……えへへ♪」


 なんてことを宣った。


 ……ああ、そういえばそうだったね。

 真面目そうな奴だって思ってたけど、話したこともないクラスメイトの名前を覚えてるだなんて。


「ふふっ、ふふふふふふっ♪」


 とは言え、それだけで熱を上げられるのがおめでたいというか、コスパがいいというか。

 とどのつまりは何も進展してないし、さっきまでやろうとしてたことだって、何一つ実を結んでないんだけど。


「わたくしが藤木さんの名前を呼んで、藤木さんもわたくしの名前を呼んでいただけれる……これってもう、実質セッ〇スなのでは?」


 何言ってだコイツ?

 寝言は寝てから言えと、あたしは昼食に取っておいたコーヒー牛乳のパック開けて、頭からちょろちょろと流してやる。


「ああっ、駄目ですわ藤木さん……♪ まだわたくし達は学生なのですから、そういう行為は大人になってから……♪」


 が、茶色塗れになった美鈴はそれでも目を覚まさない。

 結局昼休みが終わるまで、恋愛ポンコツお嬢様は妄想ゆめの中だった。

 




 


 

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