話題作りは大切です
「昨日は充実した一日でしたが、反省すべき点もございましたわ」
と、美鈴が言う。
あたしから見ると反省点しかなかったが、こいつにとってはあんなでも成功の内に入るらしい。
「これまでわたくしはお近づきになることばかりを考えていて、あまりに準備が不足していることを失念しておりました」
足りてないのは準備じゃなくて度胸だろ、というツッコミは置いといてやる。
どうせ同じようにやったところで、またフリーズするのが目に見えてるし。
「準備だぁ?」
「はい。恥ずかしながらわたくし、『藤木さんのことを知らなさすぎでは?』と思ったのです」
「藤木のこと、ねえ……」
あたしは頬杖を突きつつ、横目で窓際席を見る。
クラスで目立つタイプじゃなくて、 休み時間はよく一人で本を読んでる。
かと言って別に無口ってわけでもないし、たまに他の男子と喋っていることもある。
「文学しょーねんってやつ?」
「ちっちっちっ……甘いですわ彩奈さん。その程度のことで藤木さんを知った気になるなんて、トールキャラメルフラペチーノエクストラコーヒーウィズチョコレートソースチョコレートチップより甘いです」
すると小馬鹿にするように言われた。
その長いまつ毛抜くぞコラ。
「じゃあ何なんだよ? あいつに他の趣味でもあるっての?」
「ふふふっ……それがこちらです」
「あ?」
ドヤ顔で差し出されたのはスマホだった。
そこにはドット絵のキャラクターと、『PUSH START』って点滅する文字が見える。
「ゲーム?」
「はい。実は藤木さん、時折このアプリを嗜んでいらっしゃるようで」
「何時知ったんだよ?」
「先日、他の男子生徒とお話されているのをお聞きしました。藤木さんは真面目な御方ですから、飽くまでプレイされるのは帰宅後で、学校にいる間はされてないそうですが」
要は盗み聞きとのことらしい。
若干ストーカー染みてきたなコイツ。
「聞けばこのアプリ、対戦がメインではあるのですが、他のユーザーと協力する遊び方もあるそうなのです。だからわたくしも、その共同作業に加わらせていただければ――」
距離が縮まって、話題作りになると言いたいんだろう。
だけどあたしは知っている。その企みには致命的な欠点があることを。
「でもさ美鈴、お前ゲームめっちゃ下手じゃん」
「…………」
ひゅっと息を呑んで、彼女は静まり返った。
「あたしもちょくちょく遊ぶくらいだからエラそうに言えな……いやお前にはエラそうに言えるわ。お前みたいなゲーム音痴、現代っ子じゃありえねえだろ」
こいつも一応はお嬢様だから、習い事とかお堅い行事だとか、あたしなんかよりもプライベートが忙しいことは知ってる。
けれどそれを差し引いてもだ。前に進めと言えば後ろに進み、ジャンプをしろと言えばしゃがんで、終いにはパンチをしろと言えば盛大に台パンをかます女を、あたしはコイツ以外に知らない。
「……どんな優れた画家でも、生まれたての頃は落書きです」
と、しばし黙った末に美鈴は言う。
「しかし男子三日会わざれば刮目して見よ、という言葉もございます。三日お待ちください。目ん玉引ん剥くような成果をお見せしてあげますわ」
お前は男子じゃねえだろと突っ込みつつ、また妙な事をしでかすんだろうなぁと、あたしは思った。
そんな予感は――残念なことに――物の見事に的中した。
その翌日のことだ。彼女は翌朝から早速、
「ふおおおおおおおお……!!」
物凄い形相でスマホをポチポチとしていた。
例のアプリだろう。血走った眼は徹夜をしたからだろうか?_
まるでスマホ中毒の子供のように、一心不乱に打ち込んでいた。
「ぬううううううううん……!!」
しかも休み時間、授業中も問わずにだ。
一応は机の下に隠してやっていたが、教師も気づいている。
気づいていながら、その顔つきがあまりに鬼気迫ったものだから、ツッコミどころを見失っていた。
「はああああああああ……!!」
そうして昼休みになってもこの通りだ。
学食で注文したカレーうどん(大盛り)に目もくれず、スマホと格闘し続けていた。
「おい美鈴」
「ちょっと良い所なので黙ってて……あっ! コイツ今煽りましたよ!? このわたくしを煽りやがりましたよ!? やろう、ぶっころしてやらあああああああ!!」
見かねてあたしが言うと、彼女はより一層興奮してタップを速くした。
対人がメインコンテンツと聞いてたし、なんらか不愉快なことでもされたんだろう。
「いいから落ち着いて飯くらい食え」
――ベチャ。
「あいったあああああああああ!? 目が!? 目がアアアアアアアアアアア!?!?」
だからあたしは強制的に止めようと、伸びきったカレーうどんの汁を顔面に擦り付けてやった。
そんなこんなでアホくさい日々が三日ほど続いて――
「よ、ようやく、完成しましたわよ……!!」
と、美鈴は自らのスマホをあたしに突き付けた。
表示されている画面はランキング一位。執念の証拠であった。
「まぁ……うん。努力は認めるけどさ」
あたしは言葉に困りつつも、一応は健闘を褒めてやった。
あのゲーム音痴だった美鈴がここまでやれたことは凄い……凄いのかな……?
「これで藤木さんとも急接近です……! 早速彼のアカウントに接近して、仲良くなってみせますわ……!!」
と、そこで当初の目的が何だったのかを、あたしは思い出す。
そう言えばコイツはその為に熱中してたんだろうけど、よくよく考えなくても藤木本人はどんな感じなんだろう?
趣味なのはいいとして、学校でもやってないくらいのハマり具合って考えたら――
「お、おい美鈴!」
「おーっほっほっほっほ!! やってみせますわーー!!」
なんてこと思ったところで、もう遅い。
美鈴は高笑いを上げながら、遠くへと走り去っていた。
そして――
「…………」
「おい藤木、昨日はログインしてなかったみたいだけど?」
「あ、ああ、うん……実はその、もう辞めようと思ってね」
「え? 辞める? なんでだよ?」
「その、これからちょっと忙しくなるしね? それに実力の差を思い知らされたっていうかさ……」
と、それは翌日の藤木と、そのゲーム仲間と思しき男子生徒の会話だった。
何でも異様に強いプレイヤーと出くわして、しつこく粘着されまくったらしい。
更にはチャット欄で好きな物とか好きなタイプとか、ゲームとは関係のないことを聞かれまくったもんだから、怖くなってアプリごとアンインストールしましたとさ。
「おい美鈴」
それを聞いたあたしは、登校するや否や机に突っ伏したままの美鈴に言う。
「ぐすっ……なにもっ、なにも聞かないでください……」
「アホ」
あたしはそう言って、彼女の後頭部を軽く小突いてやった。
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