反省点しかない


「い、いきなり何をしやがりますの!!」


 ゲホゲホと咳込み、立ち上がった美鈴が言う。


「何しやがってんのはテメーの方だよ。なんだよモールス信号って。馬鹿なの? ふざけてんのか?」


「ふざけてなんかいません!! マジも大マジに決まってるでしょうが!!」


 いっそのことふざけてやってんならマシだけど、こいつの目はガチだった。

 クソ大真面目に、あんな作戦を取ってたんだから救われない。


「お前さ、普通の一般男子生徒がモールス信号なんか知ってると思ってんのか? 説明されなきゃ分かんねーし、説明されても理解を拒みたかったわ」


「藤木さんほど聡明な御方ならば、ご存じであっても不思議ではありませんが!?」


「お前は藤木の何処を買ってるんだよ。っつーか教室でいきなりそんなメッセージ送られたら気持ち悪いし、なんなら理解出来る方も若干キモイわ」


「あぁん!? 藤木さんがキモイですって!? グーで殴りますわよ!?!?」


「き も い の は お ま え だ !」


「お、おぎょおおおおおおおお!? かおが!! かおが!!」


 あたしはアイアンクローで締め付けてやる。

 おカエルみたいなお悲鳴がお下品であられた。


「ったく……そもそもだけどさ? それで藤木から連絡はあったのかよ?」


「そ、それは」


「ないんだろ? 要はそういうことじゃねーか」


「そんな……! わたくしは、またしても……!」


 と、美鈴は崩れ落ちる。

 心底ガックリとした様子だった。あんな大前提からイカれてる作戦なのに。


「ま、まだ……まだですわ!!」


 が、彼女は立ち直りも早い。


「これで駄目なら次の手ですわ!! 次こそは、必ずしや成功させましょう!!」


 その諦めの悪さというか、切り替えっぷりだけは見習いたくなる。

 それ以外は反面教師の何物でもない、ってことは置いといて。


「ってか、そんなだったら普通に聞けばいいのに」


 だからこそあたしは言いたくなる。


「同じクラスメイトなんだからさ。番号教えてってな感じに」


「そ、それは、その」


「その?」


「は、恥ずかしいじゃ……ありませんか……」


 と、美鈴はさっきまでとは一転。

 今にも煙が出そうなくらいに顔を真っ赤にして、もじもじと指を組み、蚊の鳴くような声で言った。

 

「いきなり連絡先を教えろだなんて、そんな下心が見え透いたような発言は……も、もしも藤木さんに、はしたない女だと思われてしまったら……」


 なんて、そこだけを切り取って見るなら、いじらしくて慎ましい乙女だ。

 客観的に見れば、さっきまでのアホ丸出しの作戦の方が恥ずかしいだろうに。


「そうは言うけどさ、もう同じクラスになって二ヶ月だぞ?」


 あたしは言う。


「恥ずかしいとかはしたないとか知んないけど、このまま行ったらあっという間に夏休みだっつーの」


「うっ!」


「それが終わったらもう半分。文化祭があって、修学旅行があって、あっという間に進路相談の話にもなってくるな」


「うぐっ!!」


 グサッと鋭い刃物で突き刺されたかのような美鈴に、なおもあたしは続ける。

 一応は友達として言っておかなきゃだからだ。別にコイツのノロケ話(一人相撲)が鬱陶しくて言ってるわけじゃない。いやほんとに。


「学年末テストが終わって春休みに入れば、はいおしまい。クラス替えもあるし、あの感じだと受験組だろうし、美鈴のことなんて『二年の時のクラスメイト』になっちまう」


「うう……」


「いやクラスメイトって認知されてるだけマシか。現実はもっと酷いかもな。なんか視界の端でチラチラしてた、覚えてないけどなになにさんって感じに、名前から忘れて、顔もおぼろげになっていって」


「ぐぎぎぎぎぎぎ…………!」


「そんでもって卒業。美鈴は実家の関係で海外の大学だっけ? じゃあ藤木とは完全に別の学校だね。今後も関わることはないだろうし、あんな地味メンでも何時かは彼女の一人や二人くらい――」


「…………ですわ」


「あ?」


「そんなの……寝取られですわ……!!」


 と、血涙を流さんばかりの目で美鈴は言った。

 寝てから言えって思う。


「じゃあどうすんだ?」


「決まってるでしょう!! 西雀寺の名に懸けて、直接的なアタックというものを見せてやろうじゃありませんの!!」


「女は度胸ですわ!」と言いながら、彼女は勇ましく走り去って行く。

 まったく……これでちったぁマシな行動に出てくれればいいんだけど。

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