秘密のメッセージ作戦ですわ!
西雀寺美鈴は――その仰々しそうな名前の通りに――正真正銘のお嬢様だ。
西雀寺グループの名はあたしでも知ってるくらいで、たまにテレビで目にすることがある。
ここ一年で何度も招かれた家も相応であり、とんでもなく広い敷地の中を、使用人とか家政婦とか、映画や漫画でしか見たことのない人種が行き交う有り様だ。
「わ、わたくしだって、いつまでも手をこまねているわけではありませんわっ!」
が、今のこの姿を見ていると、アレは何かの間違いだったんじゃないかと思えてくる。
何カ月も意中の男子に話しかけることをビビり散らかして、そのことを指摘してやれば、ぷくーっと頬を膨らませているお嬢様に。
「へぇ。たとえばどんな風に?」
あたしが言うと、美鈴は「良くぞ聞いてくれました!」と顔を明るくさせた。
「実はわたくし、藤木さんに連絡先をお伝えしましたの」
「え……マジで?」
そこから飛び出して来た言葉は――普通に考えれば今更でありつつも――これまでのことを思えば凄まじい一歩だった。
そもそも話すことすらロクに出来てないのに。それがいきなり携帯番号交換ともなれば、一体何があったのかと思わざるを得ない。
「マジも大マジですわ!!」
と、彼女はえへんと胸を張る。
「先日、このようなことがございましたの――」
~~以下、回想~~
ガヤガヤガヤガヤ。
「…………」
ペラ、ペラ。
「…………」
カキカキ、スーッ、カキカキ、スーッ。
「…………」
ペラ、ペラ。
「…………」
スーッ、スーッ、スーッ、スーッ、スーッ……スーッ、スーッ、スーッ、スーッ、カッ……スーッ、スーッ、スーッ、スーッ、スーッ。
「…………」
ペラ、ペラ。
「…………」
スーッ、スーッ、スーッ、カッカッ……カッ、カッ、カッ、カッ、スーッ……スーッ、カッ、カッ、カッ、カッ……スーッ、カッ、カッ、カッ、カッ
「…………」
ペラ、ペラ。
「…………」
スーッ、カッ、カッ、スーッ……スーッ、カッ、カッ、スーッ……スーッ、カッ、カッ、スーッ……スーッ、カッ、カッ、スーッ。
「…………」
「…………」
~~以上、回想終わり~~
「いや何が?」
そこまで聞いて、あたしは言った。
休み時間に本を読んでる藤木と、黙々とノートを清書している美鈴だった。
わざわざ身振り手振りで当時の状況を再現していたが、何一つ会話なんてなかったし、何処に連絡先を教える余地があったというのか?
「おや? 彩奈さんはまだお分かりになりませんか?」
と、美鈴から若干小馬鹿にされた感じに言われる。
「分かんねー。全然分かんねーよ」
「モールス信号ですわ」
「は?」
「つまりですわね――」
スーッ、スーッ、スーッ、スーッ、スーッ(0)……スーッ、スーッ、スーッ、スーッ、カッ(9)……スーッ、スーッ、スーッ、スーッ、スーッ(0)。
スーッ、スーッ、スーッ、カッカッ(8)……カッ、カッ、カッ、カッ、スーッ(4)……スーッ、カッ、カッ、カッ、カッ(6)……スーッ、カッ、カッ、カッ、カッ(6)
スーッ、カッ、カッ、スーッ……以下略。
「このようにして! さりげなく慎ましくも、わたくしは藤木さんにスマホの番号をお伝えすることに――」
「美鈴、ちょっとツラかせや」
「え?」
あたしは美鈴を立たせて、教室の外に連れ出す。
「ちょ、ちょっと彩奈さん? いったい何処まで?」
あたしは手を掴んだまま廊下を進み、階段を降り、昇降口を抜け、校舎の外側を周る。
よし……この辺りでいいか。あたしら以外に誰もいなさそうだし。
「こんな人気のないところに連れて……ま、まさか彩奈さん? そういうことですの!?」
「…………」
「困りますわ彩奈さん! そ、それは確かに、わたくしも彩奈さんのことは好いておりますが、飽くまで大切なお友達としてです! それにわたくしには藤木さんという心に決めた方がおりましてですね!?」
と、何を勘違いしてんのか、美鈴はわたわたしていた。
「美鈴、ちょっとそこに立ってろ」
「は、はい?」
「両手は下ろして、気をつけの姿勢で」
「え、えぇと?」
「よしそれでいい」
言われた通りにした美鈴に対し、あたしはぐるぐると肩を回す。
そしてピタリと右腕を真横で止め、彼女に向かって助走をつけると、
「伝わるわけ――――ねえだろうがアアアアアアアアア!!!!」
「あばぁーーっ!?!?」
盛大にラリアットをぶちかましてやった。
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