長い長いプロローグの始まり


 あたしと美鈴の付き合いは高校に入ってからだ。

 絹のように綺麗で長い髪も、華奢なようでいてピンと伸びた背筋も、よく通る丁寧な言葉遣いも、まさしくお嬢様そのものだった。


 そんな別世界の住人と、どうしてあたしみたいなのがお知り合いに遊ばされたのかは……まぁ割愛させてもらう。

 とにかく美鈴とつるんで一年が過ぎて、またしても同じクラスになって――


「はぁ……」


 そして今は五月を終えて間もない頃・・・・・・・・・・・

 美鈴は今日もあたしの隣で溜息を吐いていた。

 白い頬に手を添え、形の良い眉を曲げ、水晶みたいな目に憂いを浮かべる様が一枚の絵のようだ。

 

「はぁ……」


 もし何も事情を知らなければ、そんな姿を見かねて声をかけていたかもしれない。

 何も事情を知らなければ、だけど。


「はぁ……」


「…………」


「はぁー……」


「…………」


「はぁああああーー……」


 溜息は段々長くなっていて、あからさまにこちらをチラチラと見ていた。

 でも目を合わせちゃいけない。絶対にくだらないことだ。


「はああああああああああ……」


 シカトを続けるあたしに、ついに美鈴は席を立つ。


「はああああああああああああああ……」


 そしてあたしの席に、あたしの正面に陣取って、クソ長い溜息を吹きかけてくる。

 いい加減――我慢の限界だった。


「はあ――いだだだだだだだっ!?」


 あたしはその瞼を掴み、思いっきり抓ってやった。

 

「い、いきなり何をしますの!!」


 すかさず美鈴はあたしの手を払い、抗議の声を上げる。

 それはこっちのセリフだと言いたい。 


「何してんだはお前の方だろーが。さっきからハァハァ耳元でやかましくしやがって。下着の色を聞きにくる変質者かっての」


「なっ、誰が変質者ですの誰が!! 酷いですわ彩奈さんは!! 大親友がこんなに憂鬱そうにしてるというのに、情けの一言くらいありませんの!?」


 と――すっかり初めて会った時のイメージが崩壊しきっている――美鈴がぷんすかと言った。


「聞かなくても分かるから聞かねーんだよ」


 あたしは元々悪いって言われてる目つきを、更にキツくしながら言い返す。


「どーせ、藤木のことだろ?」


 あたしは窓際の席で、読書をしているクラスメイトに視線をやった。

 垂れ目気味で、なで肩で、細身で、いかにも人畜無害って感じの男子だ。間違っても目立つタイプじゃないし、清潔感はあるけどイケメンって呼べるほどでもない。


「はぁ……藤木さん……。今日も麗しいですわ……」


 けれど――美鈴はそんな男子生徒にお熱だった。

 うっとりと目を潤ませ、頬を赤らめて、物憂げな息を零す。

 半年くらい前からずっとこの有り様で、二年になって一緒のクラスになったと知った時には、スマホ越しに朝まで歓喜の声を聞かされたくらいだ。


「そうは言うけどよ」


 と、あたしは低い声色で口を挟む。

 すっかり美鈴とは腐れ縁みたいなもんだし、応援してやろうって気持ちがないわけでもない。


「お前――未だに認知すらされてねえじゃん」


 が、それは普通の、一般レベルの恋愛であればだ。

 少なくとも半年。あたしが美鈴の恋を知ってから半年は経つってのに、


「好き好きって口ではほざいてるクセして、未だに連絡先も知らねえのはどうなのよ?」


「そ、それは言わない約束でしょう?」


 なんて、美鈴はひーんとあたしに泣きついて来た。

 イマイチ協力しきれないのも、それが原因である。

 

 少なくとも一年前に出会ったあの日、西雀寺美鈴は完全無欠のお嬢様に見えた。

 文武両道、才色兼備ってやつを地で行ってて、それでいてあたしみたいな奴にも合せられる(ぶっちゃけしつこかったけど)もんだから、本当に非の打ちどころがないヤツがいるんだなって感心したくらいだ。


 でも偉い人が言うには、天は二物を与えずってことらしい。

 今ではその言葉に深く頷き返せる。

 だって美鈴はその完璧具合っぷりの代償というか……いやむしろお釣りが貰えるくらいに……。


「わ、わたくしだって! わたしくだって進展させたいんですのよぉおおおおおおお……!」


 この通り、恋愛クソ雑魚女であったのだから。

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