お嬢様は恋愛が下手 0

弱男三世

【九月十五日】


「おにぃ! いい加減に起きてってば!!」


 と、再三にも渡る揺さぶりによって、コータは目を覚ます。

 目を開いた先は見慣れた天井だ。何処もかしこもが人の顔に見える染みだらけで、ところどころが罅割れている。


 寝返りを打って横を向くと仕切り――と呼べるほどでもない、安っぽいカーテンによって何となくの境界を作っている。

 思春期に必要なプライバシーもへったくれもない、そんな空間で寝起きすることが彼の日常であった。


「おはよ……」


 しかしそれは今更のことだ。

 コータは呑気に欠伸をしつつ、自分を起こしてくれた妹に向かって言う。


「もうっ! また遅くまでゲームとか、本を読んでたりしてたんでしょ?」


 と、ぷんすかと怒ってますアピールをしては、


 「朝ご飯出来てるから。早く食べないと間に合わないよ?」


 そんなことを続ける妹に、コータは必死で笑みを堪える。

 素直にニコニコとして、彼女の機嫌を損ねるわけにはいかないからだ。


「はい! 簡単にしか出来なかったけど」


 そう言って食卓に並べられていたのは、トーストに、ちょっぴり焦げた目玉焼きに、サイズが不揃いなミックスサラダである。

 朝食の当番制を自ら買って出てくれて、まだ何週間と経ってない。だから十分なくらいだとコータは思う。


「うん、美味しいね」


「もうっ、思ってもないクセして……」


 しかし妹は自らの不出来を自覚しているのか、ジト目で睨みつけてくる。

 コータからすれば本当に胸が一杯なのにだ。こうして家のことをしてくれるだけでなく、昔のように気軽に話をすることが出来て――たとえそれが罪悪感から来たものだとしても。


「じゃあそろそろ行こっか?」


 それから洗い物を済ませ、洗濯物を干して、ギギッと立てつけの悪い扉を開く。 

 すぐ向かいの建物が見える立地は、どれだけ晴れていても陽射しが乏しい。それでも妹の明るい声が、そんな薄暗さを帳消しにしてくれる。


「うん。じゃあまた」


「今日は寄り道しないでよね? ミズキねぇねも来てくれるんだから」


「あはは、分かってるって」


 言って、コータは妹と別の方角へと歩き出す。各々が通う学校への道のりだ。

 コータはかれこれ一年半となる、すっかり慣れた通学路を歩く最中――


「コータ!」


 道中で声をかけられる。昔馴染みのユカリだった。

 コータが微笑み返すと、てくてくと早足で歩み寄って来る。


「随分と景気が悪そうな顔をしてんじゃない? この私を前にして、ちょっと失礼じゃない?」


 と、ユカリは不満そうに言うので、コータは軽く頭を下げる。


「ごめんねユカリさん。ちょっと昨日は、その」


「え、なによそれ? またトラブルとかじゃないでしょうね?」


「違う違う! 昨日借りた本が面白くって、その、つい」


 否定するコータだったが、ユカリは「どうだか」と腕を組んで不満げだった。

 彼女との付き合いは六年以上になる。そのつんけんとした態度は彼女の素のようなものであって、他者に対する悪意の証明ではない。むしろ仕事のガス抜き・・・・・・・に近いんだとコータは思っている。


「それにバイトの反動もあって、中々生活習慣が戻らなくてね」


 それと妹にも言われたことだが、コータが最近朝に弱くなってしまったのは、一学期の時の寝不足によるものだった。

 もう朝早くに起きなくてもいい、という意識が夜更かしを誘発して、『あと五分』の誘惑にも抗えなくなっている。元通りになるまで、もうちょっと時間を要するとコータは踏んでいた。


「ふんっ。ならいいけど? 大体あんたは昔から――」


 ユカリからの小言を受けつつ、やがてコータは校舎の中へと入る。

 がらりと教室を開けると、先に来ていたクラスメイト達の視線が集まる。

 

 とは言っても注目の的はコータではなく、隣にいるユカリである。

 二学期になって転校してきたばかりで、芸能人と比較できるくらいに顔が整っていて――なにより本当に芸能人みたいな存在となれば、熱が冷めない気持ちも理解出来た。


「――さん!」


 そんな中でただ一人、コータ自身に目を輝かせている人物がいた。

 くるくると螺旋を描くブロンドの髪に、高い鼻とシャープな輪郭に、お腹はきゅっと締まっているのに胸部はぷくりと強調している。そんな物語のお姫様のような少女が、その宝石のような瞳をコータに注いでいる。

 隣のユカリがあからさまに不機嫌になっていることに、コータは気付かぬまま、

 

「おはよう、西雀寺さん」


 と、同じように笑い返した。

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