3 禍夢

湿った土の臭いがする森を冬樹は歩いていた。


薄暗い獣道を登ってゆく。


どうやら山の中にいるようだ。しかし、どこにいるか、いつから歩いているかは分からない。自分は、自分のいる場所を探して歩いているのだ。


やがて、開けた場所に出た。


森に覆われた巨石の群れがある。一つの塊だった物が破壊されたように、とがり、重なっていた。


似たものを冬樹は見たことがある。


――三輪山の奥津磐座おくついわくら


伊吹山の山頂にいることに気づいた。三輪山と同じように、伊吹山のいただきには磐座いわくらが――何かの遺跡がある気がしてならなかったのだ。


磐座には、小さな生き物が群がっていた。人の形をしているが、腹は膨れ、手足は細長い。体毛はない。こけむした岩肌を、蜘蛛のように這っている。近づくと、アーモンド型の目を持っていると判った。


お前らは何だ――と冬樹は訊ねる。


――我々は喰われた者だ。


日本語ではない言葉で、それらは口々に答えた。


――我々は、元は人間だった。しかし神に喰われ、生けるしかばねとしてこの姿に変えられた。今はどこにも行けぬまま、ここで苦しんでいるしかない。


そして、冬樹は目を覚ました。


いや――実際は、目を覚ました夢を見ていたのだ。


ベッドに横寝したまま動けない。


暗視カメラのように闇が透けていた。視界の端には、真っ黒に塗り潰された窓がある。その中から何かが来た。姿も形もない。ただ、かすかに跫音あしおとが聞こえる。サッシをまたぎ、部屋へ侵入してきた。


冬樹は直感する。


――ついに来た。


思わず目を閉じた。父を奪った存在が、自分の部屋へも侵入してきたのだ。


生暖かい視線が肌を撫でる。身体の中へと何かが浸透してきた。


ベッドから逃げ出したい。しかし身体が動かない。


遠くから潮騒が聞こえた。初めは小さかったが、次第に大きくなってゆく。一つのイメージが頭の中に浮かんだ。漆黒の闇をはらんだ波が、力強く、荒々しく、浜辺に打ち寄せている。


本当の意味で冬樹は目を覚ました。


しっとりと布団は冷たい。意識が、徐々にはっきりとした。窓の外には、薄紫に棚引く東雲しののめがある。


――夢。


全身を安堵が駆け巡る。


――目を覚ました夢を見ていた。


目が冴えてゆく。夜に怯えていたことは事実でも、その不安が夢を見させただけだろう。


目覚まし時計に目を遣る。まだ六時の手前だった。起きるにはまだ早い。


眠たい目を擦りつ、身体を起こした。


そして枕元に目を遣る。


握りこぶし大の髪の毛の塊があった。


身体が凍る。


自分の頭に手を遣った。ぱらぱらと、何本かの髪が落ちてくる。指先の感覚から察するに、どうやら禿はげが出来ているわけではないらしい。


だが、この抜け毛の量はどう考えても可怪おかしい。


――抜き取られた?


あり得ない――と思う。


窓は施錠されている。何者かが部屋へ這入ってくる余地などない。しかし、もしそうでないのならば、


――なぜ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る