2 やって来る

「お姉さん――神社のことについて何か分かった?」


夕食のとき、千秋がふと尋ねた。


背中の半ばまで届く髪と、褐色の両眼――自分とよく似た顔。刹那、美邦は何かを思い出しかけた。


――⬛︎⬛︎ちゃん。


すぐに我に戻り、ごまかすように言う。


「いや――よくわかんなくて。けれども――潰れたんじゃないかなって言う人はいるけど。」


「潰れた?」千秋は目をまるくする。「神社って潰れるの?」


作ったような顔で詠歌が言う。


「まあ、神社だってボランティアでやっとるわけでないだし、お賽銭とか、祈祷料とかがないと潰れるわいな。それに、ずっとこの町に住んどるに、知らん神社なら、潰れたって仕方ないでな。」


「それかあ――。なんか残念。」


啓は、黙ったまま麦酒ビールをすすっていた。


自分と千秋が似ているのは、男系の血だろうか。


潮臭い荒汁へ美邦は口をつける。港町だけあり、海の匂いが夕食からもよくする。ふと、啓が言っていた言葉を思い出した。


顔を上げ、尋ねる。


「私が町にいたとき――左眼って見えてました?」


啓はきょとんとし、少し考えた。


「見えとった――と思うけどなあ。――それが?」


いえ――と言い、木椀を置く。


「すごい昔に、目が痛くなった記憶があるんです。叔父さん前――私の家が火事になったとき、私に付き添ってお父さんは病院にいた――って言いましたけど、その時に見えなくなったのかなと思って。」


「ああ、お母さんが亡くなった時?」


「はい。」


啓は首をかしげる。


「僕は、美邦ちゃんが熱を出して、それでお父さんが付き添ったとしか聞いとらんに。お父さんが町を出たのその後すぐだけん、ちょっと分からんな。」


「火事の原因って、ストーヴの事故でしたっけ?」


「うん――。冬の日だったけん、それは覚えとる。」


ふと、詠歌と目が合った。


美邦は視線を落とす。


「そう――ですか。」


     *


食事後、食器をそのままにして部屋へ戻った。


そして、スマートフォンのホーム画面に表示された着信に気づく。由香からのメッセージが「放課後探偵団」に入っていたのだ。


「それで、美邦ちゃん訊いてみたん?」


LIИEを開き、美邦は返信する。


「ううん。ちょっと訊きそびれた」


ポンと音がして、幸子のメッセージが表示される。


「そがに簡単に訊けるわけないが。」

「叔父さんらも、何か隠しとんなるかもしれんに。」


共感のあと、不安が増す。


――町中の人が同じかもしれない。


存在を消すように郷土誌は切り取られていた。


――この町の人は夜を恐れる。


死亡事故が何件も起き、北朝鮮から船が来て人を攫うという。その詳細を美邦はまだ知らない。だが、何かが夜に潜んでいるのは分かる。


――「あれ」は由香にも見えていた。


平坂神社ではなく、平坂町に何かの『異変』が起きている。それは十年前――母が死に、父が町を出たことと関連がある気がしていた。だが、


――この家は自分の家でないだけん。


その『異変』は、この家に自分がいることに影響しない『異変』なのだろうか。


ポンと音がした。見れば、芳賀からのメッセージが入ってきたところだった。


「知らん知らん言う時は、何か不都合なことがある時だわな」


続けて芳賀は返信する。


「ところで、大原さんのお父さんと叔父さんが再会した時の様子ってどんな感じ?」


白い吹き出しの中の文字を見つめ、言わんとすることを理解する。硝子ガラス板を静かに打ち始めた。


「仲は、悪くなかったみたい」

「けれども、お父さん、平坂町に私が帰ることには反対し続けてた。あんなところに行くべきじゃないってずっと言い続けてたの」


やがて芳賀が返信する。


「お父さん、町のことずっと隠とったんだっけ?」

「悪いけど、やっぱり後ろめたい感じがする」

「しかも、町を出たのは火事の後だら?」

「じゃあ、後ろめたい何かっていうのは、火事に関することでないかな、やっぱり」


ポンと音がして、幸子のメッセージが表示された。


「まさか――何かの事件だって言いたいん?」


すぐさま芳賀は返信する。


「分からんに。十年前も神社が知られとったかどうか分からん限りは。」


それが、芳賀の気がかりなのだ。恐らく、不思議なことを信じない性格なのだろう。神社が「消えた」という意見には芳賀は冷淡だ。


――けれども。


美邦は、郷土誌の誌面を思い出す。


――神の姿を見たら目が潰れる、気が触れる。


自分の左眼は――いつ潰れたのだろう。


いつも通りと言うべきか、しばらく既読は「3」だった。当然、読んでいないのは冬樹であろう。


課題に取り掛かる。だが、英単語をノートに書き写しつつも、別のことを美邦は考え続けていた。


――常世の国から来た神様が神社にはいた。


しかし、神社は今はない。


消えた神社の神は――どこに行ったのか?


スマートフォンが再び鳴ったのは、課題を済ませた後だった。画面を見ると、冬樹からだった。


「帰りしな、知り合いの司書さんから電話が来た。」


立て続けにメッセージは入る。


「この町には郷土史家がおんなるだって。その電話番号も教えてもらった。」

「だけん、郷土史家さんに電話してみた。そしたら、家に来てくれたら詳しい話をするって。」

「神社について分かりそう。」

「土日に行こうと思うんだけど、お前らも来る?」


その文面に少し驚く。


――郷土史家なんていたんだ。


ポンッと音を立て、由香のメッセージが出た。


「あ、わたし行きたいたーい!」


続いて、幸子のメッセージが出る。


「私も、土日はどっちも大丈夫だよ」


美邦は少し躊躇する。町の誰もが答えられないのに、郷土史家には答えられるのだろうか。しかし、行かなければそれさえ分からない。


「私も行く」

「土曜日も日曜日もどっちも暇だし」


冬樹が返信した。


「じゃあ、芳賀がよければ土曜日かなあ。」


少しして、芳賀が返信する。


「土曜日は僕も大丈夫だよ」


そして、何かのリンクが送られてきた。


「あとこれ。」

「ついさっき見つけただけど。」


ポンッと、幸子のメッセージが出る。


「何これ? 誤チャン?」


立て続けに芳賀が返信する。


「うん。十年前のオカ板のスレ」

「一年神主や御忌で検索しまくったら出てきた」

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