6 藤村君

冬樹は教室で五竝べをしていた。


相手はクラスメイトの芳賀だ。線が細く、中性的な顔立ちの少年である。静かなアルトの声を持つが、人によっては冷たい印象を与えるという。


騒がしいことが冬樹は苦手だ。ゆえに、芳賀が持って来たほうじ茶を啜りながら昼休憩を過ごすのが日課となっている。


黒い碁石を置き、アルトの声が問う。


「藤村君――今朝、転校してきた彼女、どう思う?」


冬樹は詰まる。何と答えたらいいか分からない。


「どう――っていうと?」


「いや、こんな時期に転校してくるとか珍しいが? 片目に障碍があるっぽいけど。右眼と左眼が別々のほう向いとったにぃ。」


「ああ。」


先日、なぜ神社を探していたのだろう――ないはずの神社を。あれ以来、ずっと引っかかっている。


釈然としない気持ちを冬樹は転嫁した。


「何だ、お前、気になるだか?」


「いや、別に。――藤村君は?」


「いや。」白い碁石を手に取る。「特に。」


「だでな。若くして爺さん臭ぁなった藤村君が――女の子に興味を持つとか想像できんに。」


「言いすぎだが。」


白い碁石を置く。


ううんと芳賀は唸り始めた。


碁盤の片隅には、あと一つ白い碁石を置けば勝てる箇所が存在する。しかし芳賀は気づいていない。


そうして少し経ったときだ――白い手がにゅうと伸びてきて、ぱちんと、黒い碁石を置いた。その一手で、五つの黒い碁石が竝んだ。


「今日も若さ爆発だな、藤村君。」


コケシ頭の少女は微笑む。隣には、幸子と、長い三つ編みの転校生もいる。須臾すこしの間、その鉛色の瞳から冬樹は目を逸らさなかった。


困ったように芳賀の顔が歪む。


「実相寺さん、いきなり何するの?」


「だって、このままじゃ勝敗が決まらんだらぁ?」


悪びれた様子を全く見せていない。


「それでな、ちょっと藤村君に訊きたいことあるにぃ――」


「おう、何だ? コケシのことはお前のほうが詳しいと思うで?」


「もうっ、コケシって何ぃーっ。」由香は頬を膨らませる。「確かに、私がコケシに似とることは否定せんけどいな――。でも、いくらコケシに似とっても、コケシついて詳しいとは限らせんで?」


「それでな藤村君、訊きたいことってのは――」


抗議の声を遮り、幸子が事情を説明する。


この時、美邦の父親について冬樹は知った。


――この子も。


左右で違う色の瞳が、不安げな眼差しを送る。


冬樹は申し訳なく思った。一昨日、スマートフォンで調べても何も出なかったのだ。良子も早苗も「知らない」と言っていた。


――だが。


奇妙な感覚が続いているのはなぜか――まるで、何かを忘れていることを思い出した時のように。


「山の中にある――神社。」


冬樹は考え込む。


様々な光景が思い浮かんだ――紅い布・夜の闇・防災無線・救急車・サイレン・不審船の噂。町で起きている不審死と失踪の記憶だ。


そこで冬樹は引っかかる。戦前からこの町に住んでいる良子まで「知らない」と言ったのだ。


「分からない。」


「え、分からない?」間の抜けた声を由香は上げた。「あの藤村君が?」


「ああ。たぶん、ないと思うだけど――自信なぁなってきた。」


幸子は頭を傾ける。


「よっぽどマイナーな神社とか? 山奥にある――秘湯ならぬ秘社?」


でも――とアルトが漏れた。


「藤村君が知らんなら、よっぽどだがぁ。僕も、藤村君に連れられて、古代遺跡や神社を巡ることあるけど、どこに何の神社があるとか、何の遺跡があるとか、何が出てきたとか、ほんによう知っとるにぃ。」


芳賀は、ふっと女子三人を見つめる。


きょとんとして由香は問うた。


「ん? どうしたん?」


「ぱっつんコンビが、ぱっつんトリオになった。」


「もうっ、他に言うことないの?」


芳賀は顔をそむけ、でも、と言う。


「神社があるって話は僕も聞いたことあらせんな――荒神さんを除いて。どっか、別の処でないの?」


視線が美邦へと向かう。


申し訳なさそうに美邦は顔を伏せた。


「この町――のような気がするのだけど。覚えているのは、港町にある神社ということだけ。私が三歳の頃まで住んでいた町――だと思っていたから、てっきり平坂町なんだと思っていたのだけど。」


その姿が不憫に感じられ、冬樹は考え込む。


――平坂町にそのような神社はない。


これ以外に、まともな回答はない。


代わりにあるのは不気味な夜だ。真っ暗な闇に連れ去られるかのように、去年は二人も死んだ。


一方で、神社がないかという問いは、自分に欠けている何かの在処ありかを感じさせていた。


「ひとまず、調べるしかないな。」


由香は目をまたたかせる。


「調べる?」


「ああ、ひょっとしたら上里の山奥になとあるかもしらんが? とりあえず、もう昼休憩も終わるし――」


放課後に――と冬樹は言う。


予鈴が鳴った。

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