7 放課後探偵団

放課後、図書室へ向かった。


前を進む冬樹や芳賀と美邦は距離を取る。彼らとの間に幸子が、隣には由香が歩む。男子に不慣れな美邦にとって、幸子の存在は緩衝材のようだ。


「とりあえず郷土誌を調べてみやぁか。」


先頭を進む冬樹がつぶやく。


「ネットだって何でも書いてあるわけでないだけん――けど、郷土誌なら何か書いてあると思う。」


一階へ降り、図書室に這入った。


奥へと進み、迷うことなく書架から郷土誌を冬樹は引き抜く。テーブルに置き、目次を開いた。冬樹と距離を取りつつも、左隣から目次を眺める。歴史、経済、自然と地理――。やがて目が釘づけとなる。


 民俗と信仰

  町内の神社

   平坂神社…………………………二〇五

   入江神社…………………………二〇九

  町内の寺院


無意識のうちに文字を読み上げる。


「ひらさか神社?」


「えっ?」


冬樹は振り返った。なぜか酷く怪訝な顔だ。ページへと再び目をやる。しかし、先ほど読み上げた文字は真っ黒な線に変わっていた。


 民俗と信仰

  町内の神社

   ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎…………………………二〇五

   入江神社…………………………二〇九

  町内の寺院


目をすがめても黒塗りは消えない。こちらのほうが現実のようだ。美邦は目を逸らし、声を震わせる。


「ごめん――見間違いだったみたい。」


郷土誌を幸子が覗き込んだ。


「でも、何ぃ、これ? いたずら?」


由香もまた覗き込む。


「黒く塗られとるねぇ。」


そして、冬樹に顔を向けた。


「でも、『町内の神社』の次、『入江神社』の前ってことは、何かの神社があるってことでないん?」


「かもしらん。」


ページを捲り始める。


期待と不安が入り混じった。「町内の神社」の項目には何かがあったのだ。しかし、まるで存在を消すように黒く塗られていた。


やがて、冬樹の手が止まる。


「ページがない。」


郷土誌を覗き込んだ。右ページの右上には204とあり、左ページの左上には209とある。


戸惑いつつも美邦は尋ねた。


「落丁?」


冬樹は、郷土誌のあちこちを眺める。


やがて、何かに気づいたように、いや、と答える。そして、ページの根元へと指を這わせた。そこにあったらしいページの痕跡が浮き出る。


「切り取られとるな、これ。」


切り口は綺麗だった。カッターか何かで丁寧に切り取ったのだろう。だが、新しいものではない。


「――何で?」


「さあ。」


冬樹は振り返り、もう一冊の郷土誌を書架から抜き出す。目次を開くと、こちらにも黒塗りがあった。


――郷土誌からも消えている?


冬樹がページを捲り始める。


やがて、当然と言わんばかりに欠落が現れた。


町へ来てから覚えていた違和感が可視化されたようだった。何かが町に欠けていると感じても説明はできない。だが、誰がどう見てもこれは欠落だ。


芳賀が口を開く。


「藤村君――郷土誌は何度も見てきたでない? こがにぃなっとるって気づいとらなんだ?」


「――ああ。」


「市立図書館のは?」


冬樹は眉を寄せた。やや苦しそうな顔だ。頼りにされていたのに、期待に応えられなかったためだろう。


「ちょっと分からん。」


「それかぁ。」


芳賀は、少し得意げな顔となった。


「じゃ、ネット検索だでな。」


「おう、任せた。」


郷土誌を冬樹が片づけ始めた。


不安を覚えて由香にささやく。


「郷土誌にもなかったのにネットで出てくるの?」


「まあ、芳賀君、こういうの得意なだけぇ。」


図書室の片隅にあるパソコンに移動する。


席には芳賀が坐った。


ネットを開き、「■■市」「平坂町」「神社」と素早く打ち込む。当然ながら、入江神社しかヒットしない。


「うーん、これじゃ出てこんか。」芳賀は振り返る。「大原さん、さっき『平坂神社』とか言わなんだ?」


唐突に話しかけられてたじろいだ。


「えっ。うん。そう書いてあるように見えたの。」


「まあ、ありさーな名前だでな。」


そして、次は「■■市」「平坂神社」で検索する。しかし、結果は変わりなかった。芳賀は再び振り返る。


「大原さんが平坂町に住んどったのって、西暦何年ごろえ?」


「えっと――。二千■年から■年だと思うけど。」


「ふん、ふん。」


先ほどの検索欄に、「before:200*-1-1」と芳賀は書き加えた。十年前の一月の検索結果が現れる。だが、今までの検索結果とあまり変わりがない。


年や月日をずらして何度か検索し直す。やがて、次のサイトが現れた。


「平坂神社 □□県■■市」


出た――と芳賀は言った。


画面へと冬樹は喰い入る。


「あったんか!? 本当ほんに?」


芳賀がサイトを開く。


随分と古いサイトのようだ。原色に近い緑色を背景にして、神社の簡単な説明が載っている。


【平坂神社】■■市平坂町大字おおあざ伊吹■■‐■


【主祭神】

三輪大物主命みわのおおものぬしのみこと


【配神】

八重事代主命やえのことしろぬしのみこと

少彦名命すくなひこなのみこと

武御名方命たけみなかたのみこと

天稚彦命あめのわかひこのみこと

下照姫命したてるひめのみこと

味耜高彦根命あじすきたかひこねのみこと


【例大祭】

神嘗祭かんなめさい(秋分)


サイトに画像はない。これが記憶の神社だろうかと迷っていると、幸子が由香に問いかけた。


「ここの住所って伊吹山でない?」


「だでなあ」と由香は答える。「っていうことは、山の中にある神社ってここ?」


気になって美邦は問う。


「伊吹山の中にあるの?」


「うん。」由香はうなづく。「しかもけっこう近い。」


ならば、あの何かが感じられていた山は伊吹山だったのか。しかし、なぜ誰も知らないのだろう。加えて言えば、郷土誌からも抹消されていた。


――まるで消されてしまったみたい。


愕然とした表情で冬樹は画面を眺めている。しかし、やがて誰にも聞こえる声でつぶやいた。


「海をてらしてり来る神り――」


「え?」


冬樹は何も答えず、画面を凝視する。


「祭神と配神がずりょーる。」


「それって――?」


同時に、時報のサイレンが外から聞こえてきた。


ウゥウゥゥゥ――――ゥゥゥ―――――――――。


薄紅の空に、警報に似た単調な音が吹鳴すいめいする。


ゥゥゥゥ――――ゥゥ―――ゥ。――――。――。


十数秒で止まり、やけに長い残響のみが続いた。


「暗くなるがぁ。」芳賀はネットを閉じた。「暗くなる前に帰らないけん。」


冬樹は軽く息をつき、だな、と言った。


冷えたように図書室が静かになる。


美邦は何かを言いかけた。だが言葉がまとまらない。


――サイレンが鳴ったら、


詠歌と千秋の言葉が混ざる。


――人さらいが来るって。


「だけどその前に――」


由香は言い、スマートフォンを取り出す。


「LIИE交換せん?」


芳賀は首を傾げる。


「何で?」


「放課後探偵団だぁが! 大原さんの言うやに、神社はあっただら? でも――消えてなぁなったみたい。郷土誌だって黒塗りされて切り取られとる――神社を抹消するやに。私、すごい気になるにぃ。」


幸子は目を瞬かせる。


「確かに気になるけど――」


「じゃ、LIИEグループ作って情報交換した方がよくない?」


「ええけど――」芳賀は冬樹を一瞥する。「藤村君、LIИE持っとらん。」


「ええっ?」


冬樹はスマートフォンを取り出す。


「スマホは持っとるけど?」


「ああ――よかったあ。」


操作を芳賀に丸投げしてLIИEに冬樹は登録した。


それから、由香の設定したLIИEグループに四人は加わる。名前は「放課後探偵団」だった。

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