勧誘

「参りましたね……」


現在私は森の中を走っていました。


何故か?


理由は至って単純。

追われてているからです。


誰に?


グルービに所属している。

もしくは、雇われた魔法使いにです。


――この世界には魔法がありました。


ただそれは、誰でも手に入れられる力ではありません。

何故なら、魔法はスキルだからです。

まあ正確には、魔法を覚える事が出来るスキルがあると言った方が正解でしょうか。


まあ何にせよ、運良くレベルアップでそのスキルを引き当てた者だけが魔法を扱える様になる訳です。


魔法は利便性が高く。

またスキルを取得できる者が少ないため、それを扱える者はこの世界ではかなり重宝されます。

そのため、その殆どが首都や大都市圏で裕福な暮らしを約束されていました。


それは逆に言えば、辺境の治安の悪い様な場所にはほぼ魔法使いがいないという事。


ですので私は、魔法使いという存在を考えから完全に外していました。

なにせ今の活動拠点は、首都からかなり離れた辺境に近い場所でしたからね。


まあ世の中に絶対なんて物はありませんので、田舎だから居ないという保証は勿論ありません。

ですがそんな人物が辺境にいたなら、相当目立つはず。

そしてそう言った情報が耳に入らない以上、拠点となる街にはいない。


そう判断していたのですが……


まさか降って湧いたように現れた魔法使いによって、犯行を暴かれてしまうとはね。

自らの甘い判断を痛感させられてしまいます。


「参りましたねぇ……」


街で殺気に囲まれそうになった私は、迷う事なく街から逃げ出しました。

殺意を感知するスキルが無ければ、もう今頃あの世行きだった事でしょう。


ですが殺気は街の外まで私をしつこく追いかけてきました。


その大半は走って逃げるだけで巻く事が出来たのですが、残念ながら約一名は今の私にくらいついて来ます。

そしてそれはただのチンピラなどではなく、魔法使いでした。


何故それが分かったのか?


簡単な事ですよ。

振り返って背後を見ると、街道ではなくその頭上を行く、要は飛んで私を追いかけてくる人影――ローブを身に着けた壮年の男性――が見えたからです。


単に空を飛ぶスキルの可能性も否定できませんが、此処は魔法使いであると警戒するのが正解でしょう。

油断してもいい事などないと、直前に痛感させられたばかりですからね。


で、そんな相手を巻こうと、魔物との遭遇というリスクを承知で森の中に逃げ込んだ訳ですが……


相手は私の姿が見えているかの様に、その殺気がピッタリくっ付いて来ます。


まあ魔法なのでしょう。

どうやら森に入ったのは完全に無駄な様でした。


「どうやら、逃げ切るのは無理そうですね」


となると殺すしかありません。

しかし、相手は空に浮かんでいる状態です。

此方の攻撃は届かないでしょう。


それに対して相手は魔法使いなので、恐らく上空から此方を攻撃する術を持ち合わせている事でしょう。


「こんな事なら、弓の練習でもしておけばよかったですかね」


弓で遠くから撃ち殺してしまっては、楽しみが激減してしまいます。

相手のこと切れる瞬間をよく見れない訳ですからね。

なので武器としての選択肢にはありませんでした。


ですが自衛の為を考えるのなら、ちゃんと用意すべきでしたね。

後悔先に立たずとは、正にこの事でしょう。


「ま、しょうがありません……」


私は街道の方向に向かって、森を駆け抜けます。

戦うには、ここは不利すぎますから。


戦闘で大きな音を立てれば魔物が寄って来る可能性が高く、そして寄って着た魔物は地上にいる私だけを狙うでしょうからね。


まあ空を飛ぶ魔物なら話は変わってきますが、都合よく物事が運ぶ事を期待するのは余りにも愚かです。


「さて、石が当たってくれればいいんですが……」


森から戻る途中、目についた石を片っ端からインベントリに回収しておきました。

攻撃手段はこの石を使っての投的となります。

これが駄目だった場合、始末するのは諦めてひたすら逃げ回る事になるでしょう。


そうなると持久力の勝負になってしまいますが、魔力行使による消耗――ゲームで言う所のMPの様な物がよく分かっていないので完全に未知数。

なので、出来れば投的で落とせるのが理想なのですが。


「逃げ回るのは止めたのかね?」


街道に出た所で待っていると、魔法使いが上空から声をかけてきます。

結構な距離があるのですが。声は普通に聞こえました。

魔法、もしくはスキルでしょう。


「……」


相手との距離は100メートル程。

これ以上寄って来そうにはありません。

おそらくこれが相手の魔法の距離なのでしょう。


……もっと近づいて貰えないときついですね。


レベルが上がって肉体が相当強化されていますので、石をそこまで投げるのは容易い事です。

しかし問題はコントロールでしょう。

私の位置からだとかなり的が小さく見え、石を投げても当てられる気がしません。


走り寄ろうとしても、まず逃げられるだけでしょうし。

ここまで私の速度について来れてる訳ですから、速さで詰めるのはまず無理です。


「出来れば見逃して頂けると有難いのですが?」


相手が話かけてくれたので、私は取り敢えず交渉を試みます。


相手とは距離があるので、普通に話しても私の声は聞こえないでしょう。

ですが、あの魔法使いは『逃げ回るのは止めたのかね?』と尋ねてきました。

それが答えを求めた物なら、此方の声も魔法によって相手に届くのではないかと思いまして。


ま、一方通行なら戦うだけです。


「それは無理な話だな。お前さんを見逃せば私の評価が下がるのでな。魔法使いが追尾対象に逃げられたなど、良い笑い種だ」


声は聞こえた様ですが、交渉は初手でほぼ打ち切られてしまいました。

まあ最初からあまり期待していませんでしたが。


「そうですか」


私は此方からは仕掛けず、相手の出方を伺います。

魔法による攻撃という物を知りませんので、まずは相手に攻撃させて見極めようと思ったからです。


「……」


「……」


が、相手は動きません。

相手も此方の出方を伺っているのでしょうか?

まあスキルのある世界ですので、何らかの特殊な攻撃を警戒しているのかもしれませんね。


「……」


「……」


そこから更に10分ほど、魔法使いの男と私は無言で睨み合います。

相手も相当慎重……


いや――男は先程、私を『追尾対象』と言いました。

ひょっとしたら、彼の仕事は私を追うだけなのかもしれません。

だとしたら、此処での睨めっこは余り宜しくありませんね。


追尾専門なら、必ず何らかの方法で戦闘担当に連絡を取っている筈ですから。

このままここに留まれば、増員が駆け付けて来る事でしょう。


「やれやれ」


石を取り出し、私は相手に全力で投げつけます。

ステータス補正のお陰か、石は真っすぐ狙いの男へと飛んでいきました。


ですがやはり距離がありすぎます。


私の投的はかなり高速ではありすが、流石に100メートルを一瞬でとはいきません。

そして遠くから飛んでくる物体をそのまま喰らってくれる程、相手もマヌケではありませんでした。

石は軽くよけられてしまいす。


「こうなるとやはり持久戦ですか」


倒すのは無理。

そう判断した私は逃げを選択しようとしましたが――


「!?」


――空に浮いていた魔法使いの男に棒状の物が刺さり、そのまま地面に落下してしまいます。


当然、それは私が放った物ではありません。

完全に男の背後からの攻撃です。


私が少し唖然としていると、男の落ちた場所よりさらに後方から女性が近づいて来るのが見えました。

恐らく彼女が魔法使いを殺した犯人でしょう。


その女性は男の遺体には目もくれず、真っすぐ此方へと歩いてきます。

まだ遠くでハッキリと細部までは見えませんが、その目は私を真っすぐ見ている様に感じました。


私に用があると考えるべきでしょうかね……


得体のしれない相手。

普通に考えれば逃げるのが正解です。

が、私は動きませんでした。


理由は二つ。


まず第一に、彼女から殺気が感じられなかった事です。

敵意があるのなら、私のスキルが反応していた事でしょう。


そして二つ目が――


逃げても直ぐに追いつかれる。

そう私の直感が告げているからです。

そして戦う事になれば私は死ぬ、とも直感が告げています。


なので、下手に逃げようとして刺激するのは得策ではありませんでした。


「助けて頂いてありがとうございます」


女性が目の前にまでやって来たので、私はお礼の言葉を口にします。

得体のしれない相手とは言え、救って貰ったのは事実ですから。


女性は20代ほどの方でした。

ただその容貌には、少々通常とは違った特徴がありました。


赤いジャケットを着ているのですが、その左袖には腕が通されておらず、どうやら片腕がない――隻腕の様です。

それと左目に眼帯が付けてあるので、左目も欠損しているのではないかと思われます。


「気にしなくていい。あたしの名はセライナ。反帝国組織スティグマの人間さ」


「反帝国組織ですか……」


反帝国組織スティグマの名は、何度か耳にしました。

腐りきったパンデリオス帝国を打倒し、新しく理想の国を築く事を目指す無謀な集団。

それが反帝国組織スティグマです。


「悪いけど、ここしばらくアンタの事を観察させて貰ってた」


「そうなんですか?」


全く気付きませんでした。

まあ殺気がない相手を見抜く術はないので、仕方ない事ではありますが。


「何故私に目をつけたかお伺いしても?」


「理由かい?簡単な事さ。あたし達は評判の悪いグルービを壊滅させようと動いていた。そしたら、あんたがその構成員を殺してる所を目撃してね。だから観察してたのさ……」


「偶然という訳ですか」


何か致命的なミスをしたわけではない様です。

いやまあ、見られた時点で致命的と言えば言えなくも無いのですが……


「まあ始まりはそうだね。だがあたしは見届けたよ。悪に挫く正義を愛するアンタの魂を。だから――」


セライナが笑顔で左手を差し出して来ます。


一瞬何がしたいのか分かりませんでしたが――


「スティグマはアンタを歓迎する」


――どうやら彼女は握手を求めている様でした。


正義ですか。

確かに、傍から見れば悪人を倒す正義の味方に見えてもおかしくはありませんね。


まあそんな気はサッパリありませんでしたが……


私はあくまで良心に従って殺人を楽しんでいただけですから。


「お誘いは嬉しいのですが、遠慮しておきます」


当然ですが、私はスティグマへの勧誘を断ります。

国を変えようなどという、たいそうな志などありませんし。


何より――


私はしょせん殺人鬼でしかないので、その本質が見抜かれたら私自身の首を絞める事になってしまいますから。

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キル・ユー~殺人鬼、異世界に転生する~ まんじ @11922960

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