痕跡を消す

街を移ってから既に二月程経ちますが、私に対する手配書などは出ていません。

何故なら、衛士が一人死んだ程度、この国にとっては大きな事件ではないからです。


下っ端を誘拐するなり殺すなりした犯人を必死に探すなど時間の無駄。

死んだら代わりを補充すればいい。

その程度です。


――いま私の居る国は腐敗していました。


現在、私が居るのはパンデリオス帝国と呼ばれる、古い歴史を持つ大国です。

そして国というのは、長く続けば腐敗するのが自然の理。

ましてや、絶対帝制を引く帝国なら猶更でしょう。


そのため、この国では日本の様な治安は望めません。


まあですが、それも悪い事ばかりではありませんが……


例えば、私には身分証がありません。

本来街の出入りにはその手の物が不可欠なのですが、こうして私が他の街に逃げ出せている事からも分る通り、そんな物は賄賂一つでどうにでもなってしまいます。

これがもし腐敗のない治安のしっかりしている場所なら、私はあの街から逃げ出す事は出来なかったでしょう。


それに治安が悪いという事は、人を殺してもそう簡単に捕まらなって事ですからね……


首都から離れれば離れる程、治安は悪くなっていきます。

そして治安が悪くなればなるほど、私は趣味を気軽に堪能出来る様になる。

何せ、人の死など日常茶飯事になっていく訳ですからね。


という訳で、私は今4つ目に移り住んだ街で自分の趣味を堪能していました……


「ぐ……俺達が誰だか分かってんのか?俺達はグルービのメンバーだぞ」


人気のない路地裏。

2人目を殺した所で、最後の一人が壁に寄りかかり、怯えた表情で肩書を使って此方を威嚇してきました。

グルービとは、今居る街にある最大の反社会的組織の名称になります。


当然、その名は私も知っています。

活動前に最低限の下調べはしてありますので。


「ええ、大体予想はついていましたよ」


路地裏にいる人相の悪い人達を狙った訳ですから、その関係者である可能性が高い事は当然理解した上での行動です。


ああ、もちろん実行する前にちゃんとジャッジメントによるチェックは行ってますよ。

人気のない所にいるそれっぽい風体の人物達だからと言って、イコール悪という決めつけはいけませんから。


「なっ!?」


私の返答に、男が絶句する。

まあそうでしょうね。

知ってて襲ったという返答は、実質彼にとって死刑宣告な訳ですから。


まあ実際、死刑宣告な訳ですが……


「お、俺達に手を出したらどうなるか分かってんのか!」


「まあ概ね理解していますよ」


裏家業は面子が重要。

それぐらいは私にもわかります。

周囲に舐められてしまっては、成り立たない物でしょうから。


なので、きっと国より何倍も必死になって犯人捜しをする事でしょう。


「ですがそもそも、私はもう二人も殺してしまっています。今さその手の警告は手遅れですよ」


組織の報復を恐れ、手を引くにはもうどう考えても手遅れです。

そういう脅しは、私が誰かを殺す前にしないと意味がありません。

そして既に手を出してしまっている以上、その情報を持ち帰らせるのは愚の骨頂となる。


まあ、姿を消して不意打ち気味に殺しているので――ジャッジメントを使った時点で彼らはスキルにきづいているので、完全な不意打ちではありませんが――そんな時間は無かったでしょうけどね。


「では――」


「ま――」


これ以上の会話は無意味。

なので相手の言葉を無視し、私はその首を跳ね飛ばします。


「ふぅ……いい死に顔ですねぇ」


地面に転がる歪んだ顔を見つめ、私は悦に浸ります。

私のために死んでくれた三人には、本当に感謝しかありません。


それがどうしようもない悪人であったとしても。

いやむしろ、嗜好を満たしてくれる事を考えると、下手な善人より好ましいとさえ言えますね。


「レベルが上がりましたね。おや……」


レベルアップで得たのはスキル。

正確にはスキルのレベルアップでした。

上がったのは善悪の天秤ジャッジメントです。


「これからはバレずに使えるようですね」


レベルが上がった事により、これまでとは違ってスキルの発動が察知されなくなりました。

これで大分、このスキルも使いやすくなりましたね。

何せ、今まではほぼ確認する必要のないであろう相手に使う程度でしたから。


「まあ、弱い相手限定というのがあれですが……」


ただ残念な事に、感覚の鋭い相手には見抜かれてしまう様でした。

要はレベルの高い相手ですね。


まあですが、それでも格段に使いやすくなったのは事実です。

何せ今までの使い方ですと、奇襲が相手にバレていましたからね。

少なくとも、これからは弱い相手には完全な奇襲が可能です。


弱い相手に奇襲をかける事に意味はあるのか?


確かに相手が単独なら、ほどんと意味はありません。

ですが、それは稀な状況と言えるでしょう。

弱い悪人というのは、大抵群れて行動してますから。


なので奇襲は有効です。

いくらレベル差による基礎能力に差があっても、複数同時は危険ですからね。


あ、因みに尾行して一人の瞬間を狙う、みたいなのはやりません。

尾行がバレた際に、どういう状況になるかは想像に難くないからです。

囲まれたりとかね。


まあ殺気を感知できるので、そうなる前に逃げる事は可能でしょうが、顔や特徴を知られるのは後々マイナスが大きいですから。

そう言う事態は歓迎できません。


ですので、やる時はパッとやってサッと退散が基本ですね。


まあもっと、強くなって無双できる様になれば話は変わってきますが。

とは言え、出来れば無双ごっこはしたくないというのが本音でした。

だってそれをやってしまうと、一人一人の殺しをゆっくり楽しめなくなってしまいますから。


もったいないでしょ?


「さて、片付けましょうか」


私は死体と血液をインベントリに収納する。

このインベントリはとても便利で、例えば飛び散った血液なんかも収納する事が可能でした。

要は、血痕なんかの血の汚れを回収する事も可能という訳です。


――その事に気付いた切っ掛けは、街から街に移動する際中に狩った魔物の体液を浴びた事です。


この世界の大きめの街道には、魔物避けが施されています。

安全の為ですね。

魔物は危険な生き物ですから。


ですがそれは完璧な物ではなく――まあメンテナンスの都合でしょうが――街道で魔物と出くわす事がちょくちょく発生します。


あの日私が出会ったのは、ブヨと呼ばれる、アザラシサイズの芋虫っぽい魔物でした。

正直、動きが遅く、大した魔物でもありませんでしたので、無視して行く事も可能でしたが……


私は生き者を殺すのが大好きです。

そしてそれが人類の敵たる魔物なら、その命を狩る事に戸惑いを思える必要はありません。

それに経験値も貰えますし。


まあここまで言えば分かりますよね?


私は対魔物様に用意しておいた槍を突き刺し、ブヨを殺します。

ですがここで大きな問題が発生しました。

ブヨは死ぬと同時に、周囲に自分の体液を盛大にばら撒いたのです。


言うまでも無く、私はその体液でベトベトになりました。


場所は街道で、体を洗う様な水場はありません。

しかも体液はタールの様な強い粘性をもち、軽く拭いた程度では取れませんでした。

不快極まりない状況に、私は途方にくれます。


選択肢はべたべたのまま街に向かう事だけでしたが、何とかならないかと私は考えます。

そこで思いついたのが、インベントリに回収すれば、ある程度は体から剥がせるのではないかという考えでした。


インベントリには生物以外何でも入れる事が出来まので、死んだ魔物の体液なんかも問題なく収納可能です。

掌を向けた物体を吸い込めるその仕様を利用し、私は体液回収を試みました。


あ、因みに、回収物は任意で選べるので別の物を一緒に吸い込んだりする事はありません。


そしてその試みは成功し、私の体に纏わりついていた体液は見事に剥がれて収納されていきました。

この際、ある一つの嬉しい誤算が発生します。

それは服にしみこんだ魔物体液すらも、回収できた事です。


そこで気づいたのです。

血液を回収すれば血痕を消せるのではないか、と。


「さて……あと数人殺したら、この街を去るとしましょうか」


もう既に10人以上殺しているので、そろそろ見つかってもおかしくはありません。

いくら痕跡を残していないとはいえ、次々と構成員が消えて行けばグルービの人間も異変に気づくでしょうから。


なので長居は禁物です。

あと数人殺したらこの街を去る。


そのつもりでしたが……


この判断の甘さが致命的なミスになるとは、この時私は夢にも思いませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る