セカンドキル

「さて、そろそろ来ている頃ですかね」


私はトレーニングを切り上げ、酒場へと向かいます。


この世界にやって来て既に事に一月間経ちました。

この一月、私は市場で買った生きた食材を殺してレベルを上げる事と、広場の様な場所で走ったり腕立て伏せをしたりのトレーニンを延々続けています。


レベルによる強化があるのに、なぜ体を鍛えているのか?


確かに、レベルさえ上げれば能力はあがります。

ですがその能力を私が十全に扱えなければ、パフォーマンスは低下する事になってしまいますから。

ですから、体を動かす事で今の自分の能力に常に適応し続け様と努力している訳です。


それにレベルで強化される世界だからと言って、訓練で肉体を鍛える事が出来ない訳ではありません。

私の目的を考えた場合、能力は高ければ高い程優位ですので、体の鍛錬は必須と言えるでしょう。


「お久しぶりです、皆さん」


酒場に付いた私は、顔見知りの集団に声をかけそのテーブルの席に掛けます。


「おお、キリサキか。久しぶりだな」


「一週間ぶりぐらいか」


「ええ、それぐらいブリですね。今日は私が奢りますから、皆さんじゃんじゃん飲んでください」


私が酒場に来るのは、別にストレス発散の為ではありません。

それは物は毎日の殺しで解消しているので、私にそんなも必要ありませんから。


ではなぜ酒場にきたのか?


その最大の目的は情報収集です。

今回の様に酒を奢ると皆、バカみたいに飲んで口が軽くなりますから。

情報を引き出すのに持って来いなのです。


まあここの人達はおごりと聞くと馬鹿みたいに飲みますが、些細な問題です。

なにせ資金に関しては減る所か、殺害報酬でバンバン増えていますから。

なので、その気になれば今のままでも一生働かず暮らしていく事が可能だったりします。


もちろんそんな真似はしませんが。

せっかく手に入れたセカンドライフですから。

趣味の殺人を心行くまで堪能しないなどありえません。


そしてそのための情報収集です。


「ゴートさん、また腕相撲で勝負してくれませんか?結構鍛えて来たんで」


私は集団のトップ。

この街で衛士長を務めている大男――ゴートに腕相撲の勝負を申し込みます。

自分の身体能力が今どれぐらいか図るために。


私の趣味は殺しです。

ですが、長らくの日本での生活で良心が植え付けられ私は、善人を殺す事はしないと決めていました。


後味が悪くなるのは目に見えていますからね。

せっかく楽しい殺人を堪能しても、そうなると余韻が台無しになってしまいますので。

ですので、殺すのは悪人と決めていました。


さて、ここで問題です。

殺すのは善人と悪人、どちらが簡単だと思いますか?

ああ、心情的な物を抜きにして、物理的な問題としての殺す、です。


当然、言うまでも無く難易度が高いのは悪人となります。


悪人は他人を容易く信じませんし、自分のやっている事も理解しているでしょうから、必ず何らかのセーフティーを用意している筈です。

悪人同士の集団行動や、護衛を雇うなどして。


ですので、その難易度は良心的な一般人の比ではないと断言できます。


善人を殺す事の比ではない程、難しいその行為。

当然それには高いリスクが付き纏います。


で、そのリスクを少しでも低減する為、私自身強さを求めてレベル上げなどをしている訳ですが……


それはいつまで続ければいいのでしょうか?


ただただ石橋を叩いて安全に行くのなら、このまま五年十年とレベル上げと訓練が正解なのは確かでしょう。

ですが私の本能が訴えかけて来るのです。


――虫や小動物ではなく、早く人間を殺せ、と。


人間は欲深い生き物です。

虫などを殺すのも確かに素晴らしいのですが、やはり一度殺した殺人の味は忘れられません。

その欲求は、日々強まるばかり。


まあ何が言いたいのかと言うと、早く人殺しがしたいという事です。


ですが先ほど説明した通り、悪人の命を狙うのは簡単な事ではありません。

なので一応、最低限の力がついたと自信がつくまでは我慢するつもりでした。


そしてその最低限の秤が、目の前の衛士ゴートさんという訳です。


彼のレベルは56で、衛士――国に使える警察や警備関係の職――の中ではかなり高い方で、その腕っぷしは相当なものだそうで。

そんな彼を容易くねじ伏せるだけの腕力フィジカルを身に着ける。


――それが私自身が課したスタートライン。


「では……」


「がははは、前の様に軽くひねってやる」


私とゴートさんは右手をテーブルにつき、お互いの手を握ります。

一週間前に腕相撲した際、私のレベルは60程でした。

ですが、勝負の結果は完敗しています。


レベルで劣る相手に負けた理由は二つ。


一つは、レベルの上がり方です。

ステータス上昇は二種類あり、満遍なく僅かに上がるタイプと、一か所だけですが、前者よりも大きく上がるという物に分かれています。


私のレベルアップは全て満遍なく上がるタイプでしたが、ゴートさんのレベルアップは単体での筋力上昇が多かったそうですので、この差ですね。


そしてもう一つが、レベルアップによる補正抜きの基本の身体能力の差です。

先程も説明しましたが、この世界でもレベルアップに寄る事無く訓練で身体能力を上げる事が可能でした。


平和な日本で暮らして来た私と――転生後の肉体は死亡直前とほぼ同一の性能――衛士として体を鍛え続けて来たゴートさんとでは基礎体力に大きな差が出るのは当たり前の事と言えるでしょう。


それが一週間前の結果に繋がった訳ですが、今回は――


「なっ!?」


「うおっ!?まじか!!」


「ゴートさんが負けた!?」


私があっさり勝利し、見ていた周囲の人達が騒めきました。

まあ大番狂わせでしたから当然でしょう。

ゴートさんも唖然とした顔で此方を見てきます。


「ぐ……ひょっとして、何かスキルを取得したのか?」


「ええまあ……」


悔しそうな顔で聞いて来たゴートさんに、私は曖昧に答えた。

スキルを取得したのは事実です。

が、それは筋力に関する物ではありませんでした。


勝てたのは単純に筋力で勝っていたからです。

大量のレベルアップによって。


ただ、それを素直に話す訳にはいきません。

一週間前にあった大差を、大きく覆す程のレベルアップなど通常ではありえませんので。

ですでの、スキルを取得したと思わせる様な返事を返したのです。


……まあ尋ねられなかったら、私の方から申告していましたが。


現在、私のレベルは183にまで上がっています。

一週間という短期間で120個も上がった理由は至って簡単な話で、膨大な経験値を有したレアな生物を殺したためです。


街の中に流れる川でとれたその生物の名は、ゴールデンフロッグと呼ばれていました。


年に一度取れるかどうかの貴重な生物らしく、その価格はダンゴムシの1万倍以上。

まあダンゴムシが安い事を差っ引いても、その値段は一般家庭に並ぶ範疇を大きく超えていると言っていいでしょう。


それを先日朝早くに出かけた市場で見かけ、私は一も二も無く購入しました。

レアものを殺すという誘惑に負け。

そして宿でその首を捻り潰した結果、私のレベルが一気に100以上上がったという訳です。


もちろんその殺し心地も最高でした。

まあ人間以外にしては、ですが。


「すいぶんと良いもん手に入れたじゃねーか。俺も今度久しぶりにレベル上げに行くかな」


「バーカ、そんな簡単にスキルが手に入る訳ねぇだろ」


「ははは、そりゃそうだ」


私の奢りですから、普段なら酒の席は閉店まで続いたでしょう。

ですがその日は――


「まあ今日はこのぐらいにしとこうか」


「確かに、明日の仕事に響くしな」


――早々にお開きに。


理由は集団のトップであるゴートさんが、腕相撲で負けて行こう終始不機嫌だったからです。

自分達のリーダー的存在が不機嫌な状態で、楽しくお酒を飲めるはずもありませんからね。


「ごちそうさん」


「それじゃまた」


「ええ、また」


酒場での飲み会を終え、私は繁華街を抜け人気の少なめな路地裏へと足を向けます。

そんな場所で輩に絡まれる心配はないのか?

もちろんありますよ。


この街は首都からそこまで離れていないため治安は良い方ですが、それでもこういう場所で不逞の輩と遭遇する可能性はゼロではありません。

ですが今の私の身体能力はかなりの物ですので、単独なら返り討ちにする事も可能でしょう。


まあ数がいた場合は、フィジカルを生かして走って逃げればいいだけです。

幸い、新しく取得したスキルには他者の殺気や悪意を感じ取る物がありますので、待ち伏せなどで囲まれてしまう心配はありませんから。


「さて……この辺りがいいですね」


私は物陰に隠れ、そして息を止めました。


「ちっ、何処に行きやがった……」


そこに人影が現れ、きょろきょろと周囲を見渡します。

その人物は先程まで私を酒席を共にしていた人物。

衛士長のゴートでした。


私に腕相撲で負けたのが余程気に入らなかったのでしょう。

どうやら、あの一戦は彼のプライドを気づ付けてしまった様です。


負けてからずっと殺気を放っていましたので、私のスキルはずっと彼に反応していました。

だからこうやって隠れた訳ですが…………私の後を追ってきて、一体何をする気だったのやら。


彼は私のすぐ目の前をウロチョロします。

ですが私には気づきません。

何故なら、私がスキルを発動させているからです。


ステルス――動かず息を止めている間姿が消えるスキルで、ゴールデンフロッグを殺した際の大量レベルアップで取得したスキルになります。

今の私なら10分は息を止めていられるので、流石に彼も諦めて立ち去ってくれるでしょう。


明らかに害意を持って追って来た者からただ逃げるだけなのか?


そうですね。

多少酒が入っているとは言え、殺気交じりのこの短絡的な行動。

ジャッジメントを使うまでも無く、悪だという事は分かります。

そして見失った私を無防備に探すゴートを殺すのは難しくないでしょう。


ですが問題は殺した後です。

酒席でゴートが私に悪感情を抱く事が起き、その日に死亡してしまう。

どう考えても私が最重要参考人です。


なので、この状態で彼に手を出すのは危険極まりません。

人を殺せるなら死んでもいいとは思っていますが、可能ならばより多くの人間を殺したいというのが本音ですから。


「ちっ!腹立たしい!くそっ!」


暗がりで息を潜めていると、急にゴートが私の前にやってきます。

そして何を思ったのか腰ひもを解き、股間を丸出しにして局部を手で持ちました。


その瞬間、私は理解してしまいます。

この男がこの場で放尿する気だと。


「そう言う趣味はありませんので」


「なっ!?がっ!?」


流石にそれを全身で受け止める気にはなりませんでした。

なのでスキルを解除し、素早くインベントリから取り出した包丁をゴートの脇腹に突き刺します。

そして刺した包丁を引き抜きつつ彼の背後に回り、その首筋にもう一度突き刺してやりました。


「が……げ……」


状況が状況だっただけに、彼は抵抗する事も出来ずその場に崩れ落ち絶命しました。


「哀れな物ですねぇ。モラルをわきまえないからそうなるんですよ?_」


立ちションベンが理由で自分が殺されるとは、ゴートも考えもしなかった事でしょう。


「まあ何にせよ……ごちそうさまでした。貴方の命、最高でしたよ」


命に貴賤はありません。

マヌケな死にざまではありましたが、彼の死は私に最高の快楽を齎してくれました。


「死体は回収しておきましょうか」


私は余韻を振り払い、ゴートの亡骸をインベントリへと回収しました。

基本的に生物は入れられませんが、死体なら問題なく収納可能な仕様です。


「これで直ぐには発覚しないでしょう」


回収したのはもちろん、その死を発覚を遅らせる為です。

このまま街を抜け出せるのなら隠す必要などはありませんが、街の出入りは時間が限られていて夜間は門が閉じられているので、今すぐこの街を出ていく事は出来ません。

なので、事件の発覚を遅らせる必要がありました。


「取り敢えず、朝一でこの街を出るとしましょうか」


返り血を浴びない様に注意したお陰か、体に血は掛かっていません。

問題なしと判断した私は、軽快な足取りで宿へと向かいます。

やはり人殺しは最高だなと、鼻歌交じりに。

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