絶対神域千年血戦⑥
ーエミールとラングルド。
二人の相容れぬ"最強"は剣を交える。
そして…その次の刹那、天が割れ、遠くの海は揺れ、空飛ぶ鳥が悲鳴をあげる。
『この程度か…? 英雄エミール!!』
勇者の顔には余裕が見えた。
しかし…かといってエミールも余裕が無かったわけではなかった。
なぜなら…彼の傍らには。
"最強のサポーター"のマーシャがいる。
『隙ありだ!』
ー勇者ラングルドは魔術師マーシャの力を過小評価していた。
彼女は調律者の権能を持っているただの少女に過ぎない、と勇者は考えていたのだ。
つまり、マーシャが何かしようとしてきても英雄エミールとの戦いにはなんの影響も及ぼさない…と。
『反応が遅れたな…英雄よ。もらったあ!!』
勇者ラングルドはそう叫びながら、エミールの首をはねようとする。
しかし…
その次の瞬間、エミールが消えた。
勇者はあたりを見渡す。
すると…マーシャから挨拶代わりの魔力弾が飛んでくる。
無論、そのような魔力消費をケチった魔力弾が勇者ラングルドに効くはずはなかった。
しかし…これによって勇者は確信を持った。
『マーシャ・アドミニストレーター…!! 君が…君ごときが…!! エミールを無詠唱で転移させたのか!!』
勇者ラングルドは驚きを隠せなかった。
何故なら、"あの"マーシャが最高難易度と名高い詠唱なしの転移魔法を使ったからだ。
しかし、そんな勇者の驚きの表情を見たマーシャの口角が上がる。
『勇者ラングルド。貴方、私の転移魔法に驚いてるみたいだけど…まずは自分の心配をしたら?』
ナニカを感じ取ったラングルドは後ろを振り向く。
すると…そこには地平線から音速を遥かに超える速度で向かってくる英雄エミールの姿だった。
『…そう来たか…! エミール。やはり、君は…少しだけ、強いな』
高速で向かってくるエミールをそう言って、煽る勇者ラングルドの表情は、完全に落ち着いていた。
そして…勇者ラングルドは、コンマ数フレームという極限に短い時間で…エミールの分析をした。
(この究極剣技の名前を僕は聞いたことがある。その名も…究極剣技"風花・逆鱗"。この技は圧倒的な破壊力の代わりに、その剣技を用いた者を1秒間動けなくする反動がある。そして、この戦場では、その1秒は致命的だ。まあ、とはいえ…1秒は1秒だ。その程度では、致命傷を負わないと思っているのだろう)
しかし…この分析の結果、彼は…エミールに対して、ニヤァ…と嬉々とした顔を見せることとなった。
何故なら…勇者ラングルドのエミールに対する分析は、勇者に勝利を確信させるものだった。
彼は…心の中で呟く。
ーエミール…どうやら、君の使う剣技は、僕のALICEの力に対する耐性は持ち合わせていないようだね…!!
……と。
『これが俺の全力だ!!! 受け取れえ!! 勇者ラングルド!!!』
圧倒的な速度を維持しながら、剣を振り上げるエミール。
それに対して、ラングルドは"無防備"だった。
ラングルドは、無防備なだけではなく、笑っていた。
ーその程度で、勇者である自分に勝てると思っているエミールに対して、冷笑しているのだ。
ラングルドは…思った。
ー1000年に一度の英雄が、この程度の力で安心したよ。どうやら、あの計画に、支障はないようだね。
…と。
何故なら…かくいう勇者ラングルドも、ALICEを持っている。
そして、彼のALICEは…
世界を支配することができる程の能力を持つALICEであるからだ。
ーそんなラングルドは、エミールの突撃と同時に、敢えて一言だけ詠唱していた。
『そして…その2つの瞳は、既にまぶたを閉じた』
…と。
……そう。
前半部分の詠唱をスキップした、信じられない程、高度なALICEの使用を、勇者ラングルドは試みたのだ。
ー勇者は、悟っていた。
全ての詠唱を終えることはできない。
何故なら…詠唱している間に、エミールは今か今かと迫ってくる。
…ならば。詠唱自体をスキップすれば良い。
ラングルドは、そう考えた。
そして…これは賭け等ではない。
確信であった。
この歴代最強の勇者であるラングルドは、自他共に認める天才で、彼の辞書には不可能という文字は存在しないことを、ラングルドはよくわかっていた。
例え…それが、人生で一度もやったことのないALICEの詠唱のスキップであったとしても。
ーその男には、不可能などないのは…もはや、当たり前の話であった。
そして…そんなラングルドが詠唱を無事終えたその次の刹那。一瞬だけ、ラングルドの瞳が蒼く光ってから…
激しい衝撃によって、砂煙が辺りに、舞う。
エミールの攻撃が命中したのだ。
マーシャは、砂煙が晴れるのを…今か、今かと待っていた。
しかし、大量にあったはずの砂煙は…いつの間にか。
マーシャが瞬きしている間に、消えていた。
そして。
そこに急に現れたのは…勇者ラングルドの死体ではなかった。
その代わりに……
そこにいたのは。
心臓を無残にも貫かれたエミールであった。
『エミー…ル? なの?』
彼女は、彼の名前を呼ぶ。
涙を…流しそうになりながら。
『なん…で…?』
勇者は、エミールの心臓を貫いていた自らの剣を、抜いた。
すると…エミールは、力が抜けたかのように、その場に倒れ込んだ。
そのいきなりの展開は異常なもので、とても現実的にあり得ない話であった。
…まあ。
・・・・・・・・・・・・
勇者が、世界を改変するようなALICEを使ったという視点を除けばの話だが。
『エミール!!!』
『マーシャ…ごめん…ゴフッ! ……な…愛…! してる!! から…………な』
ーこうして、エミールは瞳を閉じた。
そして…
もう二度と…
彼が目覚めることはなかった。
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