リプレイその1

「やっと夏休みやね」


これから暑くなりそうな時期、大学の中のカフェで恵ちゃんがそう言った。


「そうやね「そやね」


あたし─京子─と、健太くんが同時に言い、目が合って笑う。


大学一年生の今。出来ることがあれば今やっておきたいこととして、心霊スポットを探訪してみよう、それも二晩現地で泊まろう、という企画をあたしが数日前にたてた。高校からの親友である恵ちゃんと健太くんはもちろん同意してくれた。


まずは、場所探し。古い文献をあさり、T県の壱首村という村が第一候補として挙がった。他によさげなところがなかなか見つからなかったため、あたしたちはその村を訪れる決心をした。


☆☆☆


だが、現場に近づくにつれ、スマホも車のGPSも表示がバグるようになった。検索しても検索しても、近所にまではたどり着けるようなのだが、肝心の村周辺の地図がわりと広範囲にわたって表示されないのだ。生憎、プリントアウトしたはずの紙の地図も忘れてきてしまった。


現地にいちばん近いと思しき場所で、あたしたちは住民と思しき初老の男性に話を聞くことにした。


「あんたら、そんな所に行って何すっかね」


「し、心霊スポット巡りです」


健太くんが真面目に答えてしまう。

ちッ、と男性が舌打ちをしたように聞こえた。


「あそこは死人が行くとこだ。誰も行かねえし、帰ってこねぇ」


それから数分問答が続いたが、ようやく折れてくれたのか、病院への道を教わることができた。


男性にひとまず礼をすると、あたしたちは車を動かした。ドライバーである恵は、どことなく元気がなさそうだった。


☆☆☆


「あ、あの病院ね」


あたしが言う。確かに病院らしき建物が見えてくる。ただ不可解だったのが、そこの入口付近に、似つかわしくない小綺麗な身なりをした美少女が佇んでいたことだった。その目は病院を凝視している。


車を降りたあたしたちは、少女に声をかけることにした。

恵が口を開く。


「もしかして、あなたもスポット巡りですか?」


我ながら阿呆な質問をしてしまったかのように、恵はそう言うと顔を赤らめてしまった。

少女は答える。


「…はい。…一緒に行ってくれますか」


少女は、名を恵梨香と名乗った。たった一人で心霊現象を見聞きに行くなど、あまり気持ちのいい話ではない。自殺という危険なワードもあたしの頭を過った。このまま一緒に行くほうが、お互いのためになろう。


☆☆☆


一泊目の丑三つ時のころだっただろうか。

泊まると決めた病室の外から、何やら声が聞こえてくるのだ。


耳をすますあたしたち。


「…イア…イア…グ……ソトース…」


といった声だった。地響きすら感じさせる、重く太い、さながら何かの宗教的儀式の呪文を唱えているような、詠唱のような声色だった。


「ね、京子ちゃん、聞こえない?」


「聞こえる聞こえる。ソトースって、何?」


ここで恵梨香ちゃんがよくわからない言葉を口にした。


「神々の一柱。名状しがたきもの」


「どうしたの、恵梨香ちゃん」


「…なんでもない」


声はしばらく続いたが、やがて静寂が辺りに再び訪れる。


あたしたちは不安ながらも、自然と眠りについた。


☆☆☆


他の部屋を探索すべく、まずは手術室と書かれた部屋に入ってみる。すると、どうだ! 手術台の上には一人ぶんの頭のない白骨死体、そしてその両脇には二人ぶんの白骨死体があるではないか!


「京子ちゃん、これって…」


「まだ…新しい…よね…?」


健太くんも終始無言だった。

それもそうだ、医師と思しき服をまとった死体の一人は、右手にメスを握っていた。あたかも、三人が手術中に突然白骨化したかのような位置取りだったからである。


☆☆☆


昨晩泊まった部屋で寝ることにしたあたしたち。


ふと、健太が、今までなぜ、といった声の調子で言った。


「何かの冊子があるよ。『首をとられた者の手記』だってさ」


A4数ページという、ほぼ同人誌かパンフレットに近い薄さの本には、首をもぎ取られる様子の人間の絵、首を刃物で切断される最中の人間の絵などがあるばかりだった。


「気持ち悪いね」


あたしが言うと、みんなは


「そうだね」


と言った。ただ一人、恵梨香ちゃんを除いて。


その夜は特に異変はなく、ぐっすりと眠る事ができた。


☆☆☆


「はー、よく寝たよく寝た」


能天気に言う健太くんの声で目が覚める。京子ちゃんも一緒に起きたらしい。恵梨香ちゃんはといえば、すぅ、すぅとまだすやすやと休んでいた。


「そろそろ帰ろっか」


あたしが言う。


「そのほうがいいよ。やっぱりあの声もだし、骨もそうだし、なんか嫌な気分だよ」


京子ちゃんが言うと、健太くんも静かに頷いた。

が、その時である。何かが燃えるような感覚を感じたのだ。


恵梨香ちゃんが居た場所を見ると、なんとその体が──溶け始めている!

それはまるで、火に炙られるマシュマロのように…!


「うわっ!?」


あたしたちはそう声にする。だが声を出すことしかできない。


恵梨香ちゃん、もしくは恵梨香ちゃんだったものは、次第に形を変え、巨大な微生物のような、アメーバのようなに変貌を遂げてしまう。何とは形容できない、おぞましいへと。


あたしは大声を出して叫ぶ。


「逃げよう!」


ぼうっとしている健太くんと、凍ったように動かない京子ちゃんの背中をつかみ、部屋から押し出すあたし。

背中越しに見ると、は、まだ今まで居た場所で、ぐにゃり、ぐにゃりと蠢いている。


あたしは二人を車まで誘導する。まだ茫然自失の京子ちゃんのポーチから鍵を取り出し、なんとか車を出す事ができた。何度となくバックミラーを確認するが、追ってくるものはなさそうだった。


☆☆☆


なんとか人気の多い町まで逃げおおせたあたしたち。病院での記憶はあたしが記した通り、断片的でしかない。ただ、車のドアを閉める瞬間、「…テ…ケリ……リ」という甲高い音が響いた気がするが、それはあのものが発した音なのか、あるいはあたしたちの本能的な恐怖が引き起こした自分たちの叫び声なのかは定かではない。


☆☆☆


あたしは、あそこで起こったすべてのことをまず、担当のゼミの教授に伝えることにした。民俗学と犯罪学に造詣の深い教授は、二つ返事で調査に強力することを約束してくれた。あたしたちは、また、あそこに行くのかもしれない。


今度は、恐怖に追われるのではなく、戦うために。



ーーー 日記より ーーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

jRPG -3~ 壱首村の廃病院 博雅 @Hiromasa83

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ