第3話
尚弥は真っ黒い川に流されていた。ドブのような臭いに顔を歪めて思いっきり吐いた。胃から逆流してきたものが地面にべしゃべしゃと落ちていく。滝のように止まらなかった。吐瀉物で川はより汚く臭くなっていった。もはや流れる川ではなくどろどろとした
沼だ。
しばらくすると岸から陽気な音楽が聞こえてきた。近頃流行りの韓国アイドルの曲だった。尚弥は顔をしかめた。どんどんどんどん音が大きくなっているようで鼓膜が破れそうだった。
「・・・・・・」
うるさい、と声に出したつもりだが音にもならずに消えていった。アイドルの爽やかな曲はなおも大きくなっていく。たまらなくなった尚弥は眉間にシワを寄せながら目を開けた。
生きてる、が第一に思ったことだ。その後にここはどこ?が頭に現れた。
尚弥は自分がベッドの上に寝かされていることに遅れて気づいた。頭の置き心地がよくないのでマイ枕ではない。病院なのだろうか。上は白い天井。右は真っ白いただの壁。左は・・・・・誰なんだろう。
尚弥に背を向けるかたちで椅子に座り何かしている。明るい髪が短めにパッツリ切り揃えられていて、音楽にのって震えている。
「おかしいなぁ、おかしいぞ〜?」
その言葉と同時くらいに急に音楽が止まった。声で自分と同じ年頃の女の子だと尚弥は思った。
「待って、あたし耳悪くなっちゃったのかな」
女の子はそう言った後に耳を触って、いきなり笑い出した。
「あははっ!なるほどね〜、そういうことね〜」
どういうことなんだ。
そう思いながらも尚弥は女の子に気づいてもらおうとなんとか声を絞り出した。出た声はガサガサでおじいさんのような感じで思わず眉を寄せた。
「あの」
二文字で精一杯だ。喉はカラカラだし、今さら気づいたのだが自分がすごく臭い。
女の子の肩がびくりと跳ね上がった。声が届いたようでほっとした。もう一言なにか、と言葉を出そうとしたとき、女の子がゆっくりとこちらを振り向いた。
鈴がちりんと鳴るような、可憐な印象を受けた。だが、彼女の目は飛び出るくらいに大きく見開かれていた。
彼女はぼそっと何かを呟くと
「ギャァァァァァ!!」と叫んで部屋を出ていってしまった。
•
「さっきはごめんね〜!びっくりしちゃったよね?」
「いえ全然大丈夫です」
彼女は尚弥に何度も謝罪をした。尚弥はあの日から三日間意識を失っており、実はもう死んじゃってるんじゃないかと思っていた、とその子は話してくれた。
女の子にお水と体を拭くタオルを持ってきてもらったおかげで体はまだ怠いが、だいぶ尚弥の気持ちは楽になっていた。
女の子はベッドの横の椅子でにやにやしていた。尚弥は見つめられて居心地が悪い。
「えっと、なんですか」
「尚弥くんってさ、あっ尚弥って呼ぼう。あたしのことはももちゃんって呼んでね!
でさっ、さっきご家族の方に連絡するために学生証を見ちゃったんだけど、第四高校なんだね」
「そうですね」
と言いつつ尚弥は内心嫌な気持ちになっていた。保護者に連絡するために仕方がなかったことなのは分かるのだが、勝手に自分の物を見られてしまって、それに知り合ったばかりの人に呼び捨てにされるのもあまりいい気分ではない。
そんな尚弥の気持ちを知らないももちゃんは眩しい表情で話を続けている。
「あたしも第四高なんだ〜!2年3組35番、クラスのアイドルポジション⭐︎」
「そうなんですね。知らなかったです」
「まあほとんど学校言ってないからね〜!
ってかタメ口でいいよ!あたしらもう友達じゃん?」
ももちゃんはキラリとした笑顔で握手を求めてくる。尚弥は仕方なく握手した。
そしてももちゃんは弾けるように立ち上がった。
「じゃ尚弥、これからよろしくね。ももちゃんは習い事があるから帰るけど、今から別の人が来てくれるからその人からいろいろ説明とか聞いてね」
ももちゃんはイヤホンをしてから「バイバ〜イ」と手を振って部屋を出て行く。尚弥はその姿を見てクラスの陽キャを連想し、そして先に逃げた澤田と岡本とおそらく殺された植村のことを思い出した。
SWAMP 朱雀竜司 @milkcarnival
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