恋人

「次の課題が出たよ。……『絶縁する。』」

画面を見た途端、頭が痛みを訴える。

それと同時に、思うことがある。

なんで、花波はこんなに急かすんだよ。

憤怒している自分の心に、表情が操られかける。

なんで、花波とこんなことしているんだよ。

こんなバスにさえ乗らなければ、今日も平穏にテレビゲームできたのに。

なんで、花波はこんなに邪魔なんだよ。

「……何、見てんだよ。」

でも。

どうして、俺は花波のことを愛くるしいと思っているんだよ。

嗚呼、嫌だ。

課題に言われなくたって、絶縁できればいいのに。

「……あなたの目には、私が憎く映っている。そうでしょう?」

俺は、どう返せばいいんだよ。

頭が痛い。

「私だって、ずっとあなたが憎かった。」

花波の表情は闇を表している。

「一人ぼっちでいた私に、優しく手を差し伸べてくれた。」

目の前の表情の口角は上がっていても、離れている俺らの気分は上がらない。

「でも、それも全部。私を馬鹿にしたかっただけなんでしょう?」

その発言こそ、俺を馬鹿にしているだろ。

「……でも、私は思うの。」

微笑しながら言葉を発する花波に、心が騒めく。

「私はあなたと絶縁したいけど、この気持ちは本心じゃないから。だから、絶縁なんてしたくない。」

この気持ちが、さっきまでの催眠と同じなんてことがあるのか。

「今のその気持ちが、催眠だけのものだけとは限らないだろ。本心も混ざっているかもしれない。」

怒りはあろうとも、背中をさする気まずさもある。

「今の私の気持ちは、私が誰よりも分かっている。この感情に従うならば、あなたなんて殺している。」

物騒な単語を使ったのが、鼻につく。

「でも。私の過去の思い出も、私が誰よりも分かっている。」

俺の眼球は、勝手にサイドガラスを映した。

「私の思い出、あなたばかりでしょう。」

頭を搔く音が、妙に五月蝿い。

「私の記憶に誤りがないならば、過去の私はあなたに恋愛感情を持っていた。」

そうだ。愛月って、分かりやすい奴なんだよな。

「恋愛感情を持っている人間を、殺したいだなんて。そんなことはありえないでしょう?」

分かりやすい恋愛感情を、向けられた俺は。

「ごめん、俺も熱が冷めた。」

こいつと友達関係に、なったんだよな。

「今は、お互いが憎い筈。でも、この感情は全部。催眠によるものなんだよな。」

花波の首が、縦に静かに動く。

「でも、残念だな。」

花波は忘れているのだろうか。

「俺らはさ。もう、絶縁するんだ。」

目の前の顔の表情が、動かない。

「なにを言っているの? 今はそうしたいかもだけど、今後のお互いの苦痛にしかならないよ。」

漂う焦燥感。

「書いていたことを覚えていないのか? 『次のバス停留所に着くまでやらない場合。洗脳にかけてまで、課題を実行させる。』ってさ。」

ため息の音が、麗しくも聞こえる。

「……そうか。ならば。」

花波は、ショルダーバッグに手を入れる。

「……じゃあ、洗脳されなければいい。」

烏羽色の一部が、朱色に染まる。

血飛沫って言うけど、本当に飛沫みたいだ。

「……春斗といる幸せすら消えるならば、この世は楽しくない。」

心臓にサバイバルナイフが刺さっているのに、俺への思いを語れることに驚いた。

「……愛の力とやらなのかもな。」

右耳に聞きなれた音が入る。

「ドアが空いている。……画面には。」

魂がひとつ手に入ったから、もう用済み。か。

「花波が言っていた、死ぬって噂。本当だったんですね。」

誰かの魂が欲しいことなんて、途中からわかっていたんだけどな。

「言っときますけど、簡単に見透かせました。」

返事もないのに、おかしな奴だな。俺は。

「色々、謎な点がありましたね。」

動かない花波ですらも可愛いと思うのは、罪かもしれない。

「対象の短所がないと思う人に、自分が思っている対象の短所を言わせるなんて不可能。なのに課題を失敗した時の罰がない。実際問題、花波は俺の短所を言っていなかった。そして、なにも起こらずに次の課題になった。」

花波の心臓からサバイバルナイフを抜き取る。

「そして、なにより。絶縁させるだけならば、お互いのことを憎く見せる必要はなかった。これは今後、簡単にどちらかを殺すためなんでしょうね。課題を出さなくても、殺しあってくれるかもしれないと企んで。」

画面を恨みを込めて、見上げる。

「『帰れ。』ですか? それは嫌です。」

血って、こんなにまとわりつくものなのか。

心臓に向けた刃に、目を向ける。

「好きな人を守れなかった自分を、少なくとも自分は許してません。」

こんな行動、馬鹿げているのかな。

サバイバルナイフを持った手を、俺の心臓に吸い寄せた。

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サい後のバス。でも。 嗚呼烏 @aakarasu9339

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