助け合う二人組
「噂通り、誰もいない。」
このバスには誰も乗っていない。それどころか、座席がたったの二つしかない。
「バスの広さ、こんなにいらないだろ。」
花波は駅名を表示されるはずの画面を見ている。
「やっぱり書かれている。 ちょっと怖くなってきちゃった……」
花波の視線の先を見る。
「なになに…… 『お前らには、ここに書いてある課題を無性にやりたくなる催眠にかけた。それでも、次のバス停留所に着くまでやらない場合。洗脳にかけてまで、課題を実行させる。まあ、安心しろ。この洗脳は課題を実行させるためだけにしか使わない。』……だって。」
呪われているバスに口角が上がる。
「心霊現象で微笑って、ずっと思っていたけれど、春斗は相当な心霊現象マニアだね……」
冷たい視線という言葉が、この視線のための言葉のように感じる。
「早速、課題が出たぞ。『座る』だとよ。」
課題自体はそんなに物騒なものではない。
俺は死にそうになるぐらい、スリルのある心霊現象が好きなのに。
「このバスってさ、噂ではどうなるんだ? 愉快な霊の悪戯にしか思えないのだが。」
花波の暗い顔に二の句が継げない。
「必ず、一人だけ死ぬ……」
沈黙の中、ドア側の席の背もたれに腰をつける。
「なにか言ってよ、怖い……」
花波も、覚束無い身体を座席に落とす。
「花波は純粋なんだよ。電子掲示板には、本当のことも嘘のことも書かれているんだ。」
心霊現象に理解があるとはいえど、頼りない花波の様子に心配を感じる。
「あと、課題を見てみろ。」
二人の目線が、おもむろに画面に向く。
「最初の課題とは言えど、『座る』だぞ。こんな課題を出す霊に殺傷能力があるとは思えない。」
もし、仮に噂が本当でも。
俺は花波を絶対に生かす。
こいつに死なれたら、俺はどういう気持ちでこれからの人生を歩めばいい。
「……あと、もうひとつ。噂があるの。」
花波は落ち着いたのか、口を開く。
「それはあとで聞きたい。それより、バスのサイドガラス……」
たった一本の視線が、俺の目から外れる。
「やっぱり。このバスには楽しく死んでもらうために、お互いの思い出がサイトガラスに映るっていうのも見たんだよね。」
サイドガラスには、俺が初めて声をかけたときの光景であろうものが映っている。
「ちょっと、恥ずかしいんだけど。そんなにじっと見ないでよ……」
自分の顔が間近の画面に映っている方が、恥ずかしいということは考えなかったのだろうか。
「次の課題が表示されたよ。って……」
その声を聞いて、視線を画面に移す。
花波が黙りこくっている理由を、俺の脳が忽然と把握した。
「『服を脱がす』って、こちとら男女だぞ……」
俺は花波の服を脱がせて、犯罪者の紛い物になってしまうのか。
「……課題を達成したいという気持ちはあるけど、我慢が苦しくない程度の気持ちですね。さっきから。」
全く、その通りだ。
今は花波の服を脱がすことに興味を持ったが、一分一秒でも早く脱がせたいなんて気持ちではない。
催眠といえど、強くないものもあるのだろう。
「興味なかった心霊現象とは言えど、人に足を突き出すのは看過できないよ。」
どんなふうに見られているんだよ、俺。
「違う。靴を脱がせろ。」
花波は眼球がだんだんと瞼に隠される。
「……子供じゃないんだから、そんなことしたって楽しくないでしょ?」
花波が考える俺の人格に不満を感じる。
「なにを言っているんだ。広義では、服は身につけるものって意味。つまり靴も含むんだよ。」
誤解は解いた筈なのに、表情は変わらない。
「私が知らないこと、春斗が知っているのが気に食わないな。」
靴を間に挟んでも、花波の手がいかに小さいかが分かる。
「お前も足を上げろ。言っとくが、恥ずかしいとかは聞かないからな。」
花波は、なにも言わずに足を上げた。
「急かさないでよ。どうでもいいことでも、心情の整理ってものがあるんだから。」
急かしたつもりはないが、焦ったか。
花波はどう感じているか分からないが、欲求を我慢するのが面倒臭い。
「……ひとつ聞きたい。俺は正直、欲求を我慢することがさっきより面倒臭く感じた。花波は欲求のことについて、どう思う?」
この場の沈黙が、俺の心の空虚を作る。
暗さのせいで、本来の靴の色の明度が分からない。
「……答えたくないならば、答えなくていい。」
なんで、こうも困るのだろうか。
俺は、心霊現象に強い筈なのに。
今まで出会った心霊現象は、全てこのバスからしたら屁でもないのか。
いや、そんなはずはない。
沢山の心霊現象に出会った俺が、しょうもない心霊現象にしか出会ってないなんて。
可能性が低いし、信じたくもない。
「次の課題は、『お互いが感じている、悪いところを言う。』らしいよ。」
花波の短所を本人に直接、か。
そんなことしたら、花波が不機嫌になるだろうな。
面倒臭いだろうなと、心の底から思う。
「鬱陶しい……」
発音を強く止めると、呻き声に似た声が鈍く響いた。
「適当に文句を言うと、霊の反感を買っちゃうしれないよ?」
咄嗟に頭を抱えた。
今の言葉は、絶対に課題に対してではない。
花波の短所だ。
課題に対しての欲が、だんだんと強くなっている。
催眠が強くなっていることにも等しいだろう。
「嗚呼、そうだな……」
花波は黙って、首を傾げている。
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