キドセン
富鹿屋
キドセン
「車長…丸岡三曹!」
不意に肩を揺すられて、俺は自分がうたた寝していた事に気がついた。
自分の隣では、砲手を務める横田士長が不安そうな目で俺を見つめていた。
「すまん。寝てた」
「もう三日もカンヅメですからね。無理もないです」
俺たちが布陣する場所は、国道から五〇〇メートル程離れた藪の中だ。
敵の中国軍が北九州に侵攻して一週間、既に関門橋と関門トンネルは失陥し、本土方面に中国軍の手は伸びている。
加えて、福岡を占領した中国軍は九州の残る六県を占領しようと南下を始めた。
避難民誘導で防戦一方となった我が陸自は、その悉くが各所で撃破された。
目下矢面に立たされた第四師団の三個連隊は、佐賀・長崎方面と熊本・大分方面の二方面に分断されている。
第四師団の一部では、後方職種の警務隊まで前線につぎ込んでいるらしい。
虎の子であった西武方面戦車隊の一〇式戦車は、玖珠駐屯地から福岡方面に移動中だった所を中国空軍に見つかり、対地攻撃で八割が鉄屑となった。
残った僅かな戦力は、損耗を恐れて慌てて引き返し後方確保と避難民支援と称して大分港付近に分散されて配置された。
その為、残った目ぼしい機甲戦力は、俺達の乗る
そもそも、この地点も普通科一個小隊と共同配備のはずだった。
それがいつの間にか機動戦闘車の二輌だけで守備せよという事になっていた。
人手不足、兵器不足というのは分かっていたが、これでは満足に戦えない。
「丸岡三曹、敵です」
「レーダーは使うな。目視で狙え」
照準器を覗いていた横田士長の声で我に帰る。
現実逃避していた頭がぐっと冷えて、自分でも驚くほど低い声で命令を出していた。
「敵の種類は?」
「一五式軽戦車、二輌。その後ろにトラック二輌。戦車は、もう少しで横っ腹が見えます」
「
俺は無線を本部に繋ぐと、敵の情報を連絡した。
《牛若丸、牛若丸。こちら弁慶一、送れ》
《弁慶一、こちら牛若丸。送れ》
《弁慶一は、ポイント三六にて亀確認、子連れの模様。送れ》
《了解。亀退治せよ。牛若丸終わり》
本部との連絡が終わり、通信機のスイッチを隊内通話へと切り替える。
《こちら弁慶一、弁慶二へ、送れ》
《こちら弁慶二、送れ》
《こちらは先頭の亀を攻撃する。弁慶二は後方を》
《了解。照準は目視で?》
《レーダー検知されたらマズイ。目視でやってくれ》
《弁慶二了解。他には?》
《撃破後は予備陣地へ転換、こちらが後方援護する。以上、終わり》
僚車との連絡も終わり、俺は目の前にある車外カメラの映像を注視した。
敵の軽戦車は、まだこちらへ気づかずに前進中だ。
「車長、攻撃準備終わり」
「撃て」
待ってましたと言わんばかりに、横田士長が射撃ボタンを押し込んだ。
反動を感じた瞬間、カメラの映像には敵戦車の横っ腹に徹甲弾が命中する瞬間が映った。
「命中。続けて徹甲弾装填」
「了解。徹甲弾装填」
命令が復唱され、装填手が慌ただしく砲弾ラックから徹甲弾を取り出して、薬室へと捩じ込んだ。
「装填よし!」
「撃て」
再び反動があり、二発目も敵戦車に吸い込まれるように命中した。
二発目はやや後部のエンジンに命中したらしく、敵戦車は動かなくなった。
「車長、敵のトラックが停止……いや、反転します」
「逃げたか……撃ち方やめ。僚車を援護しつつ、予備陣地へ転換する」
「了解」
五分にも満たない戦闘が終わり、俺は息を吐く。
これから、いつまでこんな状況が続くのか。
神経を擦り減らし、体力を消耗し、命が無くなっていく。
まだ、終わりの見えない戦いを感じつつ、燃料に引火して激しく燃え始めた戦車を尻目に、二輌の機動戦闘車は、陣地を去っていった。
彼らは戦い続ける。
九州戦没のその日まで……。
キドセン 富鹿屋 @tomikanoya
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