第4話蠢く闇
ガシャンっ!パリンッ!パリリンッ!
商品棚を蹴っ倒し方方へと手当たり次第に香水の詰まった瓶を投げつければ硝子の割れる小気味よい音が返ってくる。
ヤツは俺を追ってきてるだろうか、時間の猶予はどれだけあるのか?もうすぐ後ろまで来ていてもおかしくないのでは?
なんならもう俺の真後ろに…
そんな焦る気持ちを抑え込み、香水を投げては自分にも振りかける。
少量ならば香しく女性を引き立てる芳香も数種類のモノが大量に混じり合えば吐き気を催す凄まじい悪臭と化してフロアの空気を汚染していくが、今はその悪臭が俺の命を繋ぐ糸だ。
そのはず。きっと。たぶん…
この悪臭に隠れて音を立てず、フロア中に火を着けて回り派手に燃やして回る。
そうした後は……その後は……
…俺はヤツに勝てるのだろうか。
今のところ勝てるイメージも作戦もまるで湧いてきやしない。
暗視ゴーグルとショットガン持った小人に勝つイメージが出来るかよ?
それにどうしても先の魔法が脳裏にこびり付いて離れない。
どれくらいの有効範囲で連発は出来るのか?クールタイムは?他にも使える魔法があるのでは?そもそも何の魔法だ?
何も分からないし、知る為には自分の身体で試さなきゃならない。
ゲームなら死に覚えをすれば良いが現実でそんな事をして真っ二つになるなんざ真っ平ごめんだ。
何とか不意をつくか爆発に巻き込んで殺せれば最善だがそう上手くいくだろうか。
「こんなもんで良いか、ライターは確かっ、くおぉっ!な、なんだ!?」
ぐちゅり…
次の行動に移ろうと一歩踵を踏み出して不可思議な感触が俺の右足を包み込み体勢が崩れて床に手をつく。
文明に覆われたこの場にはおおよそぐわない、沼地のヘドロを踏みつけたといった表現が一番近しいだろう沈み込む感触。
右脚に手に持ったライトを向ければ闇を切り裂き床と俺の脚を明るく照らすはずの光が映し出したのは、黒黒とした輪郭のぼやけた闇で盛り上がっては重くネトネトと纏わりついては締め付けながら上へ上へと這い上がってくる気色悪いものだった。
「う、おおッ!?んだよこれッ!?ぬっ、抜けねぇッ、クソっ!くぉのッ!!」
どこまでも獲物を引き摺り込もうとする貪欲な底なし沼を思わせるそれはくるぶしまでを呑み込みあっという間に脹脛まで触手を伸ばしてなお止まることを知らないらしい。
必死に手で払っても掴もうとしてもぬるぬるつやつやと確かな質量を持った闇は掴みどころが無く素手ではなす術も無い。
ならば斧ならどうだ。
「おおらッ!!ふっ!くっ、クっソッ!!」
ダメだ、浅く食い込みはすれどすぐに押し返されて効果なしだ。
まずいまずいっ、どうする、他の手は?他に使える物はないか!?
汗が吹き出すと共に思考と冷静さも出ていきそうになるが、焦る気持ちに何とか冷静を保ち考える事は止めない。
パニックになれば助かるものも助からない。
俺の好きなサバイバル系イギリス人も言ってた。
これはまず間違いなくあの猫又の魔法によるものだろう。
闇魔法ってやつか?つよつよ能力だけど定番の弱点といえば強い光と炎だがそのどちらも今は手元に無い。
弱々しいスマホライトならあるがいくら近づけても怯みもしやがらない。
他に俺の手の届く範囲にあるものといえば数本の香水瓶だけ…
…俺死んだか?コレで詰み?マジ?
焦るなとか冷静さにとか言ったけど自分、焦ってもいいすか?
「香水3個でどうしろってんだよッ!?ふざけんな離せっ!まだ死にッ…あぁクソがぁッ!だから猫は嫌いなんだッ!コソコソと陰湿なんだよクソ猫がぁ!隠れてねぇでッ…?」
隠れてねぇでって、隠れる?なんで?圧倒的有利な状況のヤツがなんで格下相手に隠れてまだるっこしい事をしてんだ?さっさと距離詰めて先のテントみたくぶった斬れば良いのに。
それをしないまたは出来ない?理由があるのか。
じわじわといたぶって遊んでいる?ありえるが俺がヤツの立場だったらもっと間近で顔を見ながらいたぶって遊びたいと思うからおそらく違う。
やはり一番可能性が高いのは香水だろう。
「ははっ、悪臭に塗れた甲斐があったなぁ!誰だってクセェもんには近寄りたくねぇよなぁ!今の俺はスカンクよりクセェぜぇ!?」
落ちてる瓶を右手に構えライトで脚に纏わりついた闇を手繰る様に照らしていく。
そうすれば光を嫌がり逃げていくものとその場に留まりくねくねと道の様に伸びた闇が奥まで続いている。
遠くまで照らす光量はないが…だいたいの場所がわかれば十分だ。
「ほーらよッ!プレゼントだ!!遠慮せず受け取ってくれや!!」
勢いよく投げ飛ばされた香水が闇の奥に呑み込まれて続けて3回小気味よい音を響かせる。
1つ目は出来るだけ奥に、2つ目はその中間で3つ目は少し手前に瓶を投げた。
もしこれでダメだったら俺の死が確定するだろう。
頼む頼むどうか頼むと普段は信じてもいない都合の良い神に祈りを捧げてすぐ、その返答は返ってきた。
喜ばしい形ではなかったが。
足の拘束が強まったと感じた瞬間、俺の体は宙を舞っていた…ッて、
「おッおわあああぁッ!?し、死ぬぅぅッ!?」
その返答は実に苛烈なもので臭いものを投げ捨てるみたく(実際臭い)、足を縛った闇が持ち上がって鞭のようにしなり勢いよく吹っ飛ばされた。
骨が、筋肉が、体がバラバラになりそうな強烈なGになす術もなく意識を刈り取られた俺が気が付いた時には既に仰向けに倒れており辺りには濃い酒精の匂いが立ち込めていた。
どうやら酒コーナーまで飛ばされたみたいだが…コスメコーナーからそこそこ離れた場所なんだがよく生きてたなぁおい。
「あ”っ、ぐあ”ぁ、背なが…い”っ、でぇッ!」
よろよろ起き上がろうと床に手をつけばボトルから撒き菱に早変わりしたガラス片が手にくい込んだ。
そんな撒き菱の上で寝っ転がったならばその背中の状態は推して知るべしだ。
背中を伝う液体は酒か己の血か……とにかく、動け。
動かにゃ死ぬだけだ。
さよなら日常ハレルヤ地獄よ! @Tenere312
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