第3話ふたつの尻尾

 片目になってしまった痛ましい姿の愛車がガタガタと路面状況を拾い上げ車体を揺らす度に歯を食いしばって耐える事約10分。

 目的地のホームセンターには道中大したアクシデントもなく無事に到着した。

 田舎らしく広大な駐車場には当然人気なんてものはなく、夜の帳が重たく横たわる周囲を見渡せばいつ化生が飛び出して来ても不思議はなさそうだ。


 閉まった店の正面入口で車を止めしばし考えや今後の動き方を纏めてみようと思ったが、魔物が現れてすぐでどう動くにしても如何せん情報が足りない。

 武器を手に入れたら行き当たりばったりになるが、車を流して魔物を探すか。  

 それとも先に食料を確保した方が良いのだろうかと迷いが生まれる。


……いや、初志貫徹でやっぱり魔物を狩ろう。

 いつもは当てにならない俺の予感だが信じてみよう。

 食料は後回しで良い。

 釣り道具があるから最悪釣りでもすれば良いしここいらでは山菜も取れるしな。

 後は流れでどうとでもなれだ。


 シフトノブを一速に入れて吹かしてやれば軽やかに駆け上がった歌声を闇夜に披露する1.5LのNAエンジン。

 クラッチを一気に繋いでやればタイヤは嘶き前へと車体を強烈に押し出す先には巨大なテンパードア。

 グイグイと迫るそれに姿勢を低く衝撃に備えてすぐ、耳をつんざく破壊音と衝撃が鳴り響いて侵入者の存在を周囲に知らしめるが警備会社が来る程の時間はかけないさ。

 ここのホムセンには何度か来たことがあるし物の位置はだいたい頭に入ってる。


「歩けば時間のかかる長い通路も車ならあっという間だな」

 

 商品棚をひゅんひゅんと抜き去る俺が車を止めたのはキャンプ用品の展示コーナー。

 最近ではブームも過ぎてだいぶ下火になってメーカーもキャンプ場も大変らしいがもしかしたらまたすぐに流行るかもなぁ、魔物のおかげで。

 かくいう俺も某アニメのブームに乗ってキャンプを始めた口だが、自分に合っていたのか今でも長く続いていてバイクに荷物を詰め込んでツーリングキャンプを楽しんでいる。


「よっ!ほっ!…あだだ、いでー」


 そこからお目当ての柄の長い薪割り斧を手に取り振ってみるが思っていたよりは軽く、重さに身体を振り回される事もなくなかなか良さげじゃないか。

 柄の長さは90センチあって、ひとまずの武器としては悪くはないだろう。

 生まれてこの方武器を扱ったことなど無かったからな、武術の心得なんて無いし初心者には短い刃物よりやはり長物が良いと思ったのだ。

 そのうち長巻きとか手に入れたいよなぁ、カッコいいし男心をくすぐられる。


「良いな、コレといくつか持っていこう。あとは…」

 

カランカランカラ……


 バッ、と頭を振り向ける。

 

 …遠くで音がした。

 車の排気音に紛れてかすかに聴こえた甲高い、鉄の缶でも落っことしたみたいな音が。

 気の所為か?……いや、油断はしない。

 物事は常に最悪を想定するべきだ。


 斧を手に展示してあったテントの中に駆け込み斧の刃でのぞき穴の切れ込みを作り身を潜め息を殺す。


 …一分…二分……三分………五分。


 やっぱり気の所為だったのかとテントから出ようと腰を上げたその時。


 ヘッドライトの光が不自然に揺れ、何かの影を商品棚に映したのを見逃さない。

 いた。  

 確実に何かいる。

 

「ふー……ふぅー……」


 緊張で喉が渇くし相変わらず身体は熱いし痛い。

 さてここからどう動いたものか。

 忍び寄って一気に飛び出して攻撃するか、もう少し様子を見て機を待つか、居なくなるのを待つか…


(…待とう。相手もわからず攻撃するのはリスクがでかすぎる。慎重に、せめて相手が何か知りたい)


 しかし場所が悪い。

 咄嗟にテントに駆け込んだが、此処から車までの間に胸の高さ程の商品棚があって肝心の敵が見えない。

 テントを出て棚まで進むべきか…


ゆらゆら……ゆら、ゆらり 


 足音は聴こえない。

 タイルを叩く音も、爪の音も聴こえない。

 俺の事をからかうみたく遊ぶ影。

 車の周りをうろうろするのは車が珍しいからか、それの中にエサが入っているモノだと知っているのか。


うろうろ…うろうろうろ………ピタ。


 影が動きを止め、くッと一瞬小さく屈んだかと思えばタタッ!とジャンプして音もなく着地した先は車を挟んだ商品棚の上。


 見えた。  

 ようやく姿を見せた揺らめく影の正体は……猫。

 金の瞳で闇に溶ける黒黒とした艶やかな毛並みで今も尻尾が揺らめいては猫相手にビクビクとして時間を無駄にした俺を馬鹿にしてる風にも見える。


(っふぅーー………なんだよぬこかよ。驚かせやが…)


 …でも何かおかしくないか?


 (警戒心の強い猫がわざわざ車に寄ってくるか?エンジン鳴らしてる車に?人馴れしてる猫ならあるかもしれないが……いやなによりコイツ)


「なんでこっち見てんだよ……てか何だよそれ…」


 ジッと微動だにせず金のまなこでこちらを見ているのだ、俺の潜むテントの事を。

 まるでそこにエサがあるのを知ってんだよ、確信しているぞとでも言いたげに。

 そして極めつけには今まさに目の前でぬるりと分かれて二又になったその姿は昔話に聞く猫又ではないか。

 人を誑かし、攫い、喰い殺すらしい猫の妖怪。

 一人と一匹の間に幾ばくの時間が流れただろうか?十数秒も経ってはいないはずだが極度に高まった緊張に時間が引き伸ばされている事は感じていた。

 そして伸ばされていた時間は他ならぬ眼前の猫又が強制的に動かした。

 その特徴的な二本のアイデンティティがぶわりと逆立ち縦長の瞳が細まった瞬間、場の空気が重くなり闇が蠢いた、気がした。


 なんだか嫌な予感がする。


 「くそっ、あぁ何か、ヤバいかもッ!」


 いや、なんだかじゃない、シチュ的に絶対ヤバいだろ。


 あくまで気がした程度の些細な感覚だったが俺は直感に従って跳ね飛ばされるようにしてテントから転がり出た次の刹那、空気が甲高い悲鳴を上げ身の毛もよだつ破壊と切断音が鼓膜へと降り注ぐ。

 怖怖と数瞬前まで自分のいた横へと顔を向ければ半ばから鋭く切り飛ばされたらしいテントの上半分が、宙でひらひらと舞い踊っている真っ最中。

 逃げずに留まっていれば俺の上半身もあの中に加わっていただろう事は想像に難くない。

 

 魔法だ。

 野郎明らかに魔法を使って攻撃してきやがった!

 一瞬で彼我の実力差をまざまざと思い知らされた俺は猫又とは反対方向に全力疾走で逃げ出すが、ただ走って逃げるだけで人間が獣に勝てる道理はない。

 ましてや相手は魔法も使える魔物で猫なら鼻も大層よろしいのだろうな、クソッタレ!


 「ハッ!ハッ!ハッ!明らかにっ!序盤に出て来て良い相手じゃあねえだろッ!テメェはよぉ!!」


 スマホのライトを頼りに頭に地図を思い浮かべ走りながら考える、考える、考える。

 相手の強みは何だ?俺の持ってるカードは?考えろ、考えなきゃ喰い殺されるぞ!


(野郎の強みは魔法、走力、嗅覚に聴覚。俺の強みは…地の利だけか。嗅覚は香水をぶち撒ければ誤魔化せるとして、ヤツの魔法。ありゃ一体何の魔法だ?鋭い切り口からして風魔法…か?)


「いやっ!決めつけはッ良くないよなぁっ!はぁっ!風と仮定してっ!どう動くッ!?」


 今向かっている先は女性の化粧品コーナーだ。

 ヤツの鼻を潰す為に香水をありったけぶち撒けたその後の動きは何が最善か、マタギでも軍人でもない戦闘素人の俺には分からない。

 そして目の効かない暗闇の中で考え事をしながら走っていれば必然。

 暗闇に脚を取られ蹴躓く。


「ぐぉっ!!っぶねッ!…ハッ!はぁっ!そうだっ、明かりッ!奴に有利な環境をッ!くれてやる理由はねぇよなぁ!!」


 そうだ。

 相手だけに有利な環境を押し付けられるくらいなら、お互いに不利な環境で戦った方がまだましだ。

 幸いにしてここはホームセンター。

 男のロマンと可燃物が詰まった素敵な所だ。

 俺が何を言いたいか、わかるね?















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