第2話スタートダッシュは全てにおいて重要
ゴブリンが息を止めて程なくして陶酔感に浸っていた俺の身体に変化が訪れた。
それは痛み。
「ぐっ!ぅ、ぅぅう”う”ッ!い……ったい!んだこれ、いっテェ!?動くだけでクソいでぇ!」
一匹目のゴブリンを殺した時、熱い魔力の脈動を覚えたが二匹目を殺してそれが痛みを共なって荒れ狂っている。
身体はこんなにも痛みを切に訴えて来ているというのに脳みそさんサイドはあいも変わらず悦に耽っており、俺の肉体はさながら痛みと享楽が混じり合い陣取り合戦の様相を呈していた。
コトコト煮立った魔女のスープに揺蕩う脳の皺が伸ばされとろけるこの甘美な情緒は筆舌に尽くしがたい。
生き物の命を直接奪っただけだというのに、脳みそさんのヤクでもキメたかの喜びようは俺の隠れた異常性癖が露呈しただけか、それとも魔力が関係してるのか。
反対に身体には融解した鉄でも流し込まれたのか血管の走る隅々まで烈々と熱をもって激しい痛みを伝えてくる。
なぜだろうかふと子供の頃に蟻の巣に溶かしたアルミを流し込み掘り出したいたずら兼実験を思い出した。
父と母にこっ酷く怒られたのを覚えてる。
これは十数年越しの蟻の呪いかもな。
強制的に身体を作り変えられる、又は適応させているのか骨が軋めば痛覚も悲鳴を上げてコーラスを奏でる不協和音。
筋肉が伸び縮みすれば余計に熱を持ち滝の汗を流す肉体にシャツはすぐに音を上げてぐっしょりと重く纏わりつく。
すぐにでも横になっておねんねキメ込みたいがそれは今するべき事じゃない。
息をするにも正直かなりキツイ。
かなりキツイが無理をしてでも止まることは出来ない。
何故かって?
寝たら殺されるってのもあるけど、なにより強い確信があるからだ。
ここが運命の分かれ道だと。
鉄は熱いうちに打つべきもので一世一代の逃げてはいけない勝負の時が今この時だ。
この痛みが魔力を肉体に適応させ身体を作り変える為のものだとしたら、もっと魔物を狩って魔力を増やして大きい魔力に適応出来たなら強靭な肉体を手に入れるチャンスかもしれない。
根拠なんて何処にもないけど、違ったら違ってたでそれでも周りより差をつける事は叶うだろう。
死ななければだが。
思えば嫌なこと辛いことからは徹底的に逃げてばかりの人生を送ってきた。
それがダメとは言わないし、実際逃げ続けた果ての今でも平均的な人並みの暮らしはできてた。
だが、高い確率で崩壊又は文明が大きく後退するだろう世界の後でそれは死に直結しかねない。
今この状況は確実に俺へと有利に動いてる。
日本中の皆んながまだおねんねしてるであろう早朝夜明け前にいち早く魔物の存在に気付けた事、そしてそれを殺し魔力を手に入れた事。
…こんなにも幸運に恵まれて有利な状況でたらたらと怠惰をキメて値千金の時間をドブに捨てるのは極めて間抜けで愚か者の所業に等しい。
俺は40万の敵をみすみす見逃し腐った納屋に押しつぶされた間抜けな絵描きとは違うのだ。
「ふーッ!ふーっ!…くっ、大丈夫さ。よく効く薬は苦いもんさ。大丈夫。この痛みを乗り越えればッ!俺の未来はバラ色さ…」
痛みではなく脳が生み出す悦の方に意識を強く持って無理矢理身体を動かし愛車に乗り込む。
目的地はホームセンターだ。
まずは武器を手に入れる。
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