さよなら日常ハレルヤ地獄よ!

@Tenere312

第1話日常が崩れる音がした

 午前4時のまだ暗い空気を愛車ロードスターのヘッドライトで切り裂きながら田舎の国道をかっ飛ばす。

 ポリが居たなら間違いなく一発免停間違いなしだろう。

 平日、勝手知ったるいつもの道で職場に向かいながらいつも考えるのは自分のこの先の人生これで良いのだろうか?という不満と不安と鬱屈。

 時間と身体を削って24の歳にしては稼いでる方だが、伸び代のない仕事ゆえ給料は上がらず先に期待が持てない。

 だが転職するにしても大したスキルも知識も、おまけに度胸も気概も無い。


「はぁ~…」


 もはや堪え方も忘れてしまったため息が口から漏れ出し、ぼさついた髪と無精髭を好きに遊ばせた地味で陰気を隠せない疲れた顔がミラーに映る。

 まったく嫌な顔だよ、かれこれ24年間 秋風 涼として付き合ってきたが俺はこの顔が嫌いだ。

 涼しげの欠片もありゃしない名前負けもいいとこだ。


 しかし分かってる、今のこの現状は全部自業自得なのだと。

 学生の頃に頑張らず遊び呆けて時間を無為にした自分が悪いのだと。

 んなこた分かってんだよとぐるぐるグルグルと言い訳やらなんやらが胸の内に渦巻いては霧散するの繰り返し。

 いつもの道、いつもの早朝、いつもの通勤風景。


 そんな夜から早朝にかけてもはや高速道路と化している国道に異物が紛れ込んだ。


「……ん?あーららぁ、やっちゃったねぇ!ご愁傷さまです〜ははは。ありゃ絶対死んでるやろなぁ」


 植木越しにチラチラと見える対向車線側では派手にクラッシュしたのか横転しフロント部がゴッソリ抉れた大型が1台と2台のトラック達がハザードを焚いてはチカチカと薄暗闇を賑やかす。


 ハハハと他人の不幸をほくそ笑む俺の薄ら笑いがヒクリと引き攣ったのはそんな惨事の真横を通り過ぎざまに見た地面に広がっていたあまりに惨い地獄ゆえ。


 頭が。


 血が。


 四肢が。


 臓腑が。 

 

 黒いコンクリートのキャンバスに赤ピンクの肉叢と赤黒い血の絵の具。

 白い人の骨が暗い色達の中で唯一明るい彩りを与えるそんな現実味のない地獄絵図を目にして笑える程には俺はイカれてない。


「な、んだありゃ…。交通事故であんなんになるもんか!?いやいやいくらなんでもそうはならんやろ…あり得ないだろ…んだこれ、絶対何かやべぇだろッ!」


 絶対にただの交通事故じゃない。

 人為的にやらなければ説明がつかないまるで恐怖と地獄を見せびらかすかのように喰い散らかされた人の残骸が3つ。

 何故3つと分かったかって?頭蓋が3つ並べて転がってたからだよッ。


 生物ピラミッドの頂点たる人間、それも平和ボケした日本人たる俺にも未だに生存本能とやらが残っていたのかただの恐怖故か逃げろ!逃げろ!と身体に訴えかける。

 もちろん拒否する必要なんてどこにももなくアクセルを床まで踏みつけ逃げる俺は脱兎の如く放たれた矢の如く。

 

 …身体が震えるのは恐怖のせい?それともアドレナリンのせい?ハンドルを握った手は固着し、網膜に焼き付いた死骸と同じく思考があちこちに散らばっては纏まらない。

 

(警察に連絡した方が良い?あれ、救急車か?でも遅刻したくないしって違う!そうじゃない!このまま職場に行ってもいいのか!?もっと何処か遠くに…)


 虫の知らせというやつか?あるいは死んだ爺ちゃんの警告?何か得体の知れない化け物が日本に現れた確信が俺の中にはあった。

 野犬にあんな真似出来るとは思えないし、ヒグマなら人間を食い散らかすなんて訳ないだろうけど秘境と呼ばれる我がグンマーにもヒグマはいない。

 つまり俺が何を言いたいかって?


 1、喰い散らかされた血も乾いてない死骸達。

 2、ゴッソリ抉れた大型トラックのキャビン。

 3、真横を通った俺。

 4、確実に存在するだろう化け物。


 ……やーばいでしょ。


「とにかく武器、武器と防具だ。少し先にホムセンがあるからそこに行こう。この時間じゃ空いてねぇけど四の五の言ってらんねぇだろ…………………あ?何だ今の。え?猿、じゃないよな?」


 車を流していた視界の隅で一瞬捉えたのは緑色した人型の何か。2つの目ん玉がネコみたく光を反射して妖しく光っていたのだ。……草木の隙間から見えたから緑色に見えただけでやっぱり猿だろうと無理矢理決めつけ違和感と恐怖を呑み込む。


「まぁ戻って確かめるわけにも行かないし……なああぁッっ!?」


 視線を前に戻して一瞬の出来事だった。

 ヘッドライトが子供らしき小さな物体を照らし出したと同時に衝撃が車体を駆け抜けエアバッグの爆ぜる音と目一杯に広がる白。


「っあああアアッ!?クソっ!クソクソッ!」


 力一杯踏みつけられたブレーキでタイヤがけたたましく嘶き抗議の声を上げる。心臓がバクバクと脈打つたび冷や汗が吹き出し身体を濡らす。


「はぁ、はぁ、はっ、はぁ!」


 轢いた。轢いてしまった。俺はいったい何を轢いた?動物?いやどう考えても一瞬みえたあれは動物なんかじゃない。じゃあやっぱ子供?徘徊老人?もし人間を轢いたとあったら俺は……この先の俺の人生は…

 …いや、そんなこと言ってる場合か?直ぐそこに化け物がいるかもしれないのに。

 どうする、どうすればいい?逃げる?助ける?そもそも轢いたのは本当に人間だったのか?もし化け物だったら?

 

「…………化け物だったら即逃げる。人間だったら救急車呼んで逃げる。」

 

 もし化け物だったなら早めに正体を知って確かめて起きたい。

 いつだって情報とは鮮度が命の強力な武器だ。

 武器が欲しいと言ったが情報だって大切な武器。


「だ、ダーイジョブ、で、すか!?」


 吐き気と震えを無理矢理押さえつけて遠く吹き飛ばされコンクリートに力なく横たわるそれにスマホのライト片手に駆け寄るが、倒れたソレを見て俺は思わず目を丸くした。


 なぜならソレは人でも動物でもなく、緑色の小さな身体にとんがり耳のブッサイクな面の小人。

 いわゆるゴブリンと呼ばれる空想上の生き物だったからだ。

 首はあらぬ方に曲がり脚の骨が飛び出しているがまだ浅く胸を上下させかろうじて生きているらしいゴブリンを見ながら俺は考える。


「これ、どうみてもゴブリンだよな…はは、俺、異世界転移しちゃった感じ?いやいつもの風景だしダンジョンが出来た系か?!はははっ!スゲーッ!テンション上がってきたわ!」


 俺はてっきりエイリアン系のグロやば化け物を想像していたのだが、まさかファンタジー系だったとは。

 自分には決して手の届かない憧れ空想していた世界がもしかしたらすぐ目の前まで来ているかもしれない。

 そう思ったら今までの恐怖は何処かへと飛んでいってしまった。

 退屈で鬱屈として周囲と勝手に比較して劣等感に苛まれる日々。

 経済の落ち込んでいく日本での将来への漠然とした不安。

 それら全てをぶち壊し吹き飛ばしてくれるかも知れない目の前の存在に俺は歓喜と祝福の声を上げ、満面の笑みで脚を持ち上げる。


「ハハハッ!くたばれ日常ッ!ハレルヤ地獄よ!!」


 狙うは既にネジ曲がった首、そこに向けて何度も何度も蹴りを食らわせる。

 あぁ地獄よ早く来てくれよと祈りを込めて。


ドスッ、ドスッ、バキッ


 と、肉を打つ鈍い音と骨の折れる少し高い音。

 まだ眠い早朝、スプラッタ、ゴブリンと立て続けに信じられない出来事が起きたせいでおかしなテンションになった俺の身体中をアドレナリンが駆け巡り心臓が激しく鼓動し震えてる。

 それとはまた別の感覚が胸の奥底からじわりじわりと熱く湧いて血管の隅々まで行き渡るのを明確に感じ取った。


「お、おおぉ?んお!これはまさか、魔力ですか!?それともチャクラ!?気か!?何でも良い!!謎パワー来たコレッ!!うっしゃあ来たよ来た!マジで来た!こうしちゃいらんねぇ、もっとゴブリン殺してスタートダッシュを決めねぇとな!」


 俺も例のアレをやってみたいんだよ。

 かわいい女の子達の前に颯爽と現れ凶悪なモンスターを軽くあしらい「あへ?僕なんかやっちゃいましたか?うぇへへぇ」なんて?うぇへへぇ!


 「うぇへへぇえぐあぁッ!?いッてぇぇえ!何だクソっグふぁっ!」


 突如後ろから背中を襲った殴打に前に倒れニヤニヤしていた顔が痛みに歪むが容赦の無い追撃が腰を打った。

 そこでようやく視線を向けてみれば棍棒を振りかぶった姿勢のゴブリンが今まさに振り下ろさんとする所で、這々の体でみっともなく手足をバタつかせギリギリの所で前に回避する。

 馬鹿か俺は!轢き殺す前にもう一匹見ただろうが!


バコンッ!!


「ギャギャグギャア!!」


「危ねえクソが!?」

 

 前に飛び出した勢いのまま愛車に駆け寄りヤツを轢き殺してやろうと思ったのだが、なんだよチビのクセして俺と同じくらい速いじゃねぇか!

 車に乗り込む隙がなくグルグルと車を挟んでの追いかけっこを繰り広げること少しして睨み合いに発展した。

 ゆっくりジリジリとリアに回りラゲッジを開け、片し忘れていたキャンプ用のアーミーナイフを取り出す。

 それと同時に車に乗り上げゴブリンに飛びかかる。

 こういうのはノリと勢いと大和魂があれば大抵何とかなんだよオラ!


「死ねコラおらぁ!!」

 

「アグギャァ!?グギャギィ!」


 俺の行動はヤツの意表をついたらしく醜悪な顔でも分かるくらいに面食らっていた。

 獲物が反撃するとは思わなかったかぁ!? 

 俺は貝じゃねぇぞ!

 その間抜け面を蹴り倒し馬乗りで棍棒を持った右手を押さえつけ首根っこにナイフをメタクソにぶっ刺しまくる!

 コイツが確実に動かなくなるまで何度も何度も。


「ギッ、ギャッ、キィ…」


 筋肉を切り裂く感触。

 ナイフを引き抜けば勢い良く吹き上げる血飛沫。

 一刺しごとに抵抗が弱まるのがナイフから、押さえつけた手から、瞳から、馬乗りになった身体から俺に伝わり得も言われぬ感覚が胸に渦巻く。

 先ほどの、仮に魔力と呼ぼうか。

 熱く迸る魔力とは別の、なにやら甘美な感覚。

 ずっと浸かっていたくなる陶酔感がゴブリンを刺すたび!刺すたびに!強くなって頭と身体を犯してく。

 きっと端から見た俺は恍惚な笑みで勃起しながらゴブリンを滅多刺しにしてる変態野郎だ。


「あー、なんだコレ。すっごく良い気分だ……あはっ!…はぁ……お酒飲んだみたい!…へへ………もっと殺したいなぁ…」

 

 いつの間にか動きを止め光を喪ったゴブリンからゆっくりナイフを引き抜くと、粘ついたドス黒い紫色した血が長く糸を引いて切れた。


 ……あーやばい。

 なんか今のめっちゃエロかったなぁ…

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