第167話 黒騎士に語り掛ける魔剣
クロムはウルスマリテとレオントに検証の是非を問いながら、謎の大剣を片手で地面から引き抜き、一度大きく振り払った。
この時点で両名がどのように答えたとしても、クロムの検証に付き合わされる事は確定している。
レオントが今も尚その大剣から溢れる不穏な気配を放つ魔力を感じ取り、顔を歪めた。
ウルスマリテは興味深そうにその魔力を凝視し、何か情報を掴もうと思考を回転させている。
「それが
「そうだ。これが丁度このトカゲの背骨を完全に貫く形で突き刺さっていた。正常な生物があの箇所を貫かれた状態でまともに動けるとは思えん」
脊椎を完全に貫かれ、破壊されているにも関わらず空墜亜竜は障害を感じさせない動きでクロム達と戦闘を繰り広げていた。
「魔石の魔力が途切れた後も、この剣から出る魔力を糧にこいつは動き続け、俺を焼き尽くそうとした」
レオントは空墜亜竜のブレスをまともに受けたにも関わらず、全く被害の無いクロムに対してもある種の恐怖を覚える。
「クロム殿はその大剣を持っていて、その面妖な魔力の影響みたいな物は受けておられないのか?」
大剣が放つ魔力が柄を握るクロムの腕を這い回っている光景を見て、ウルスマリテが心配そうな声を上げる。
「ああ、魔力を完全に遮断しているので影響は無い。確認の為に魔力を取り込んでも構わないが、万が一の場合にお前達が対処出来るかがわからんからな」
そもそも魔力を完全に遮断すると言う事自体が異常なのだが、既に2人の異常の線引きが狂い始めていた。
「まぁ確かにそうだな。もし仮にこの空墜亜竜の様な現象が起こった場合、クロム殿を止める事が出来る者が果たして居るのかと言う事か...」
レオントがその場面を想像して、心から嫌そうな表情を浮かべた。
ウルスマリテも戦いの気配を感じさせる光景であるものの、間違いなく甚大な被害が出ると予想している。
そしてクロムの赤い眼がレオントに向けられ、彼はぎょっとした表情を浮かべながら警戒心を露わにした。
「クロム殿?もしかして...」
「とりあえずこの大剣を持ってみてくれ。魔力の流れや性質を見てみたい。この状況下では何かあったとしても、レオントが持った場合が一番被害が少ないだろう」
「ぐぬ...言わせておけば...しかしその理由もまた正論である事が悔しいな...」
クロムの無慈悲かつ無礼千万な選出理由に、レオントは額に小さく青筋を立てて呻く様に言葉を吐く。
レオントはこの3人の中で最も戦闘力が低く、もし仮に暴れ出したとしてもクロムとウルスマリテの実力であれば制圧出来る可能性が十分にあった。
「ぐ...これも力無き己の招いた災難と思う事にしよう...」
口惜しさで拳を握り締め、更に強さを磨く決意を固めるレオント。
その様子を快諾と捉えたクロムが、右手に持っていた刀身が1.5メートルはあろうかと言う大剣を上に放り投げ、空中で半回転させる。
2人が突然のクロムの行動に驚き、彼の黒い手が半回転した刀身をガシリと無造作に掴み、逆側の柄をレオントに差し出した。
その不気味な魔力を発生させている大剣の柄よりも、刀身を何の躊躇も無く掴むクロムに恐怖を覚えたレオント。
「手は大丈夫なのか?大丈夫であったとしても心臓に悪いぞ。勘弁して欲しい...」
「流石クロム殿と言いたいところだが、私も一瞬背筋が冷える思いをしたぞ」
2人から抗議の声が上がるも、クロムは無言で大剣の柄を
赤い眼から発せられる有無を言わせない圧力を受け、レオントが魔力を全身に漲らせながら右手を柄に差し出した。
「もし俺に何か異常が起こった場合は...」
柄に触れる直前にレオントが最終確認の為、それを見つめているクロムとウルスマリテに問い掛けた。
「「問題無い」」
クロムとウルスマリテが同時にそれに応え、拳を握り締めながら彼の前に掲げる。
「...くれぐれも力加減を間違えてくれるなよ...頼むぞ」
ここで再度自身の弱さを呪うレオントだった。
ウルスマリテが警戒感を強め、全身に魔力を纏い始める。
ただ彼女はクロムの“落ち着け”という言葉を心の中に楔として深く打ち込み、彼に面倒と思われたくない一心で、懸命に魔力と精神の制御を行っていた。
クロムはウルスマリテの魔力の気配も同時に記録しながら、その眼はレオントの体内を巡る魔力を観察し続けている。
「では、いくぞ」
レオントが気迫を込めた声で短く告げると、一気に柄を右手で握り込んだ。
直後、レオントが眉根を寄せて自身の腕から伝わって来る、違和感と言うには大きすぎる異常を感じ取る。
液体が這いずる様な不快な魔力が腕の中を伝わり、痺れと共に肩まで上がって来た。
「何だこの魔力は...身体...うぐぅっ」
レオントに普段感じている頭痛とは全く異なる、強烈な不快感と衝撃を伴う鈍痛が襲い掛かって来た。
その痛みが痺れを伴いながら頸椎へ降り、背骨の中に伝わっていく感覚。
意識内で浮き彫りにされる脳髄のシルエット。
クロムはその様子を身動きせずに魔力知覚でモニタリングしており、大剣の魔力がまるで意思を持っている様な動きで脳と脊髄へと流れていく様子を捉えていた。
― これは魔力に予め動きを設定しているのか?...もしくは何かに反応する特殊な魔力とも... ―
「レオント!気をしっかり持つのだ!今どうなっている!」
ウルスマリテが大剣の魔力がレオントに大量に流れ込んでいる事を感じ取り、僅かでも情報を入手しようと問い掛ける。
この騒動に周囲の人間も驚いているが、渦中に黒騎士が居る時点で余計な干渉や手出しが、良い未来を産まない事を察知していた。
「...頭に何か...声...?いやこれは衝動...?駄目だ違う...!」
苦し気に呻くレオントの脚元がふら付くも、その手はしっかりと大剣の柄を握り、決して離そうとしない。
クロムが手に持っている刀身からも、その柄を握る力が相当な物であると伝わってきていた。
そしてレオントの呻きが収まっていき、呼吸や魔力の揺らぎが一転して静かになる。
クロムのモニターには、色付けされた大剣の魔力がレオントの脳と脊髄に取りついている事を表わしていた。
ゆっくりと俯いていたレオントの顔が上がっていき、その彼の視線がクロムとウルスマリテを捉える。
彼の瞳に魔力が満ちているが、その色は淀んだ青紫であり、本来の彼の魔力では無かった。
「一体、何が起こっている?」
いち早くウルスマリテがレオントの魔力の異変に気付く。
そしてレオントが口を開き、静かに喋り始めた。
「...敵?...怒り...憎悪...」
彼から殺気を孕んだ魔力が滲み始める。
「む?」
レオントの腕に込められている魔力が急激に活性化し、柄を握る力が増していった。
掴んでいる手や腕から肉や関節の悲鳴が聞こえ、レオントはその大剣をクロムの手から外そうと、今までに無い程の膂力を絞り出している。
だが、クロムの身体はおろか腕1つ動かす事が出来ず、ただ彼の黒い手の中で大剣が僅かに動くのみ。
「流石にここまでだな。レオントの腕が持たん」
「何と面妖な。まずはレオントの意識を奪わせて貰おう。クロム殿、ここは私が」
クロムが頷くと彼女は小さく構え、最小限の動作で魔力を錬磨した拳をレオントの顎下に擦る様に走らせた。
瞬間的に彼の顔がブレる様に揺さぶられ、小さな呻き声を残して意識を刈り取られる。
それにより柄を握る力が緩み、クロムがその時を見逃さずにレオントの手から大剣の柄を引き剥がした。
クロムのモニター内でも魔力が引き剥がされた事が分かり、供給源を絶たれた異常な魔力は急激にその活性を失っていく。
そして騎士の持つ強靭な肉体と身体能力の恩恵により地面に倒れる直前で意識を取り戻し、何とか踏ん張ったレオント。
手で頭を、もう片手で顎下に当てながら、痛みに顔を顰めていた。
「...一体何だこの剣は...意識が引き剥がされるような...加えて衝動が...」
「無事の様だな。こちらで見る限り、剣の魔力が明らかに何かの目的をもってお前の身体の中に入り込んでいた。何か感じた事はあるか?」
レオントはこめかみ付近を親指で揉み解しながら、朧げな記憶を探る様に答える。
「最初どうにも意識に靄が掛かった様な感覚に囚われた。それから次第に意識が自分の身体から引き離されるような...そしてその後奇妙な衝動に駆られそうになった」
「衝動?」
「ああ...そう表現するしか無いな。誤解をしないで欲しいのだが、ともかく目の前の2人が...その憎らしい...斬りたくなってしまったのだ...」
言葉選びを間違える訳にもいかず、レオントは慎重に事の内容を説明した。
「ウルスマリテ、何か心当たりはあるか?洗脳とは少し違う気がするが」
クロムから言葉を投げ掛けられたウルスマリテ。
「うむ。洗脳魔法は確かに存在するが、このような即効性を持つ魔法では無い。絶対に違うとは言い切れないが...クロム殿には何か見えたのか?」
以前、洗脳魔法と言うのは、長期にわたって精神に刷り込む様なものでそんな簡単に成功しないと聞いているクロム。
「そうだな。見たままで言うのであれば、魔力自体が何か目的を持つ様にレオントの脳や頸椎に向かって流れ込んでいた。意思を持っていたというのではなく、引き寄せられていると表現した方が正しいかも知れん」
「なるほど。では失礼して」
ウルスマリテが何の躊躇も見せずに、短い言葉を口にしながら剣の柄に手を伸ばし握る。
するとやはりレオントの時と同じように、正体不明の魔力がウルスマリテの手から腕、肩へと侵入を開始していた。
「なるほど...意識と思考がどうにも...纏まらん...」
クロムの目には次々と剣の魔力が彼女の中枢へ流れ込んでいる様子が見えている。
ただしレオントと異なるのは、明らかにウルスマリテはその魔力に抵抗を見せており、眉根を寄せて苦し気な表情を見せながらも、この魔力を吟味するような素振りを見せていた。
「ぬぅ...確かにこれは衝動...か...ああ確かにそうだ...」
ウルスマリテの魔力にもレオントと同じ様に青紫の魔力が混じり始め、その勢いが徐々に大きくなっていく。
この時点で彼女を止められる存在はクロムしかおらず、レオントは間近で感じる彼女の威圧感に圧倒されていた。
「...敵...誰が...違うな...」
― 魔力を吸うか、もしくは適当に痛めつけて...柄から手を分離出来れば良いが、やはりかなりの力を持っているな ―
刀身を掴むクロムの手から、ウルスマリテの柄に掛けた手の膂力の高さを感じる事が出来ている。
不穏な気配を感じているレオントがクロムに声を掛けた。
「すまんクロム殿、ウルスマリテを止めてくれ。情けない話だが、この時点で俺の力だけでは彼女を止める事が出来ん」
「大丈夫だ」
そう言ってクロムが半身を引き、構えを取ると彼の全身から赤い魔力が溢れ出る。
突如沸き起こったクロムとウルスマリテの魔力に、周囲はどよめいていた。
[ コア出力40+30 M・インヘーラ―起動準備 ]
万が一に備えて、ウルスマリテを魔力枯渇に追い込めるよう、クロムはM・インヘーラの起動準備をコアに命じ、彼女の動きを警戒する。
しかしここでウルスマリテが予想外の動きを見せた。
「...敵だと?...レオントが...何を馬鹿な事を...ははは、面白いではないか...目の前のクロム殿が敵だと言うのか...?」
クロムのモニタリングにて、彼女の体内から熱を感じる程の闘気の胎動を感知する。
彼女の瞳に侵入していた青紫の魔力が、闘気の白で駆逐されていった。
「不遜...あまりに不遜...この私がクロム殿に敵と認めて貰える程の力を持っていると?...ふざけた事を抜かすでないわ!!」
ウルスマリテの怒気を孕んだ叫びと共に、柄を握っていないもう片方の拳に闘気が込められ、それが大剣の刀身の横腹に突然叩き込まれる。
圧縮された闘気が炸裂し、大剣の帯びた魔力が局所的に吹き飛ばされる程の衝撃波が刀身を撃ち貫いた。
大剣の苦悶を表わしている様な無数の青い火花が刀身を彩り、それはクロムの手まで伝わって来る。
― 何とも強引な手段だな。闘気か...面白い ―
レオントを含めて、その様子を固唾を飲んで見守っていたトリアヴェスパや周囲の騎士達が、突然放たれた白い閃光と衝撃音に思わず目を閉じ、身体を硬直させた。
そして静寂が戻って来た所で、ウルスマリテが柄からゆっくりと手を離す。
何故かその顔には何かを成し遂げた、自信に溢れた表情を浮かべている。
「ふん!クロム殿を憎み、そして斬り殺せだと?何を言うかと思えば...そのような戯言聞く耳持たん!そんな簡単にクロム殿とやり合えるのであれば誰も苦労はせんわ!」
フンスと鼻息を荒く胸を張るウルスマリテ。
「何とも強引だな。だが面白い物を見せて貰った。内容はともかく一体何があった?」
クロムが再び大剣を地面に深々と突き刺しながら、彼女に問い掛ける。
魔力回路に異常をきたした大剣の刀身が未だに小さく火花を散らし、ウルスマリテの拳が炸裂した箇所は金属が軋む小さな音を発していた。
「うむ。何やら体内の魔力を感じ取っていると妙な衝動に駆られた。レオントの言ったようにここに居る者全員が敵の様に感じたな。そして声のような物が頭に響いてきた」
「声?」
「声と言うには余りに朧気ではあるが、それでも私はハッキリと聞いた。敵を斬り殺せと。赴くままに眼前の敵を殺せとな。だがそれはクロム殿に敵と認識して貰えていない、私に対する侮辱以外何物でも無い。心底我慢ならん。弱い私はクロム殿の敵にすらなれていないのだ。己の分を弁えないにも程がある」
ウルスマリテは自身の中で起こった何者かの呼びかけを侮辱と断じ、圧倒的な自我と信念の強度で大剣の魔力を吹き飛ばしたのだった。
この段階でクロムは彼女の評価を1段階上げる。
「なるほどな。良くやったウルスマリテ、レオント。そうなると何者かの思惑によって人為的にこのトカゲに大剣を突き刺したと考えた方が無難だな。この辺りはオランテに報告し、他の組織や勢力の暗躍を調査させるしかないだろう」
そう言ってクロムは今一度、右手で大剣の柄を握り、地面から引き抜くと無造作に構える。
[ 右腕部先端 魔力放出口を解放 魔力回路接続 モニタリング開始 ]
[ 魔素リジェネレータ 右腕部魔力分解を開始 M・インヘーラ 作動 ]
クロムの命令と同時に右掌の放出口が解放され、外部からの体内への魔力流入経路を確立した。
ウルスマリテの一撃によってその勢いを弱めているものの、大剣の魔力が柄を握った右手からクロムの体内へと侵入し始める。
しかしそれは侵入と言うよりも、吸われていると言った方が正しい。
「クロム殿!?まさかその正体が分かった上で魔力を取り込んでいるのか!?危険だ!自身の強さを自覚しているのか!?」
レオントが血相を変えて叫ぶと同時に、緊急事態に備えて自身の魔力錬磨を最大まで引き上げ臨戦態勢を取る。
ウルスマリテもまた全身に闘気を纏い始めた。
[ 魔力解析開始 魔力の中に未知の波長を検知 精神汚染を警戒 ]
[ 波長出力 強度微弱 自我境界の精神プロテクト 防衛問題無し ]
[ カウンタープログラム作動 魔力波長に同調開始 逆探知成功 逆浸蝕開始 ]
― 敵を...殺せ...眼前を全て...殺し尽くせ... ―
― 憎しみと...怒りを...燃やせ...慈悲無く...全て壊せ... ―
「ふむ。なるほど。これが2人の言っていた“声”か...しかし何ともくだらないものだ」
クロムが魔力の溢れる大剣を掲げた。
「クロム殿?大丈夫なのか...?」
ウルスマリテがクロムの様子を見て、呆気にとられながら構えを解き、闘気を体内に戻す。
「児戯にも等しいな。まるで玩具だ」
感情を持たない心無き兵器に対し、感情で揺さぶりを掛ける剣の声。
「敵であれば言われるまでも無く、轢き潰すまでだ」
クロムが大剣を眺めながら静かに呟く。
魔剣とも言うべきこの大剣の上位互換、黒い意志の塊でもある黒騎士クロムがここに居た。
[ M・インヘーラ 最大出力 魔素リジェネレータ 追従稼働 ]
「まずはこの魔力を喰らい尽くす。バラすのはその後だ」
クロムのこの一言が引き金となり、クロムの右腕から迸った深紅の魔力が大剣を覆い尽くす。
抵抗するかのように弱々しく大剣の刀身から青紫の魔力が弾けるも、それはまるで大河の一滴の如く、深紅の魔力の奔流に掻き消されるように飲み込まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます