第165話 黒騎士の示す無慈悲と慈悲

 先程の戦闘による喧騒とは一転、この場所には肉の焦げた臭いと、むせ返る程の血生臭さが漂っていた。

 森の奥から流れて来る湿った風がこれを流していくが、それでも足りない。


 ペーパルが意識を失ったロコに少量ずつ魔力ポーションを流し込み、治療を施していた。

 クロムの魔力サーモでもロコの身体は青に近い色を表示しており、そこから徐々に黄色みが帯びていくのが見えている。


「見た所、ロコの体内の魔力はわずかだが回復しつつあるようだ。死ぬ事はないだろう」


 魔力レーダーを周囲に張り巡らせながら、クロムがペーパルに近付き声を掛けた。


「クロムさんは魔力を何処まで見る事が出来るのですか?体内って言われてましたが...」


 通常の人間は適正によって身体から放出される魔力を視る事が出来るが、余程の強力な魔力出ない限り、その体内までは見る事が出来ない。

 クロムが魔力の流れや気配を視覚情報から得て、各種データに変換するという魔力サーモという技術自体が人外の領域の物なのだ。


「そうだな。魔力の流れやその濃度、発生源程度までは視認出来ている。例えばペーパル、お前は右腕の前腕部、左肩に魔力を多く集中させる...癖?なのか、そのような傾向があるようだが」


 クロムの赤い単眼から発せられた冷たい視線をその身で受け、身震いするような感覚を覚えたペーパル。

 驚きの表情と共に右手を左肩に沿えながら、生唾を飲み込んだ。


「は、はは...やっぱり僕達とは根本的な所で違うんですね...」


 ― フィラ...君はこんな恐ろしい人に心を奪われたのかい? ―


 ペーパルはここには居ないフィラに対して、同情にも似た感情を持つ。


「フィラは上手く辿り着いたでしょうか...」


「それも暫く待っていればわかるだろう」


 ペーパルは何とかクロムの中でのフィラの評価を、良い方向に向かわせようと会話を試みるもクロムからの回答には変わらず熱が籠っていない。

 そこで彼は大きく息を吸い込んで、覚悟を決めた様な面持ちで再度クロムに問い掛けた。


「フィラは...いえ、僕達は“不合格”ですか?」


 口調による感情の機微には敏感なクロムも、この言葉を聞いて僅かだが言葉を選びながら答える。


「冒険者ランクに関して言えば、ランク3層メディウム昇格は全く問題無いと思われる。俺が判断する事でも無い。実際、俺はどの程度の強さがそれに相応しいかは知らん。そもそもランク自体に興味が無い」


 クロムにしてみれば、戦果を報告してランク昇格を満たしているなら何もいう事は無い。

 トリアヴェスパにクロムと同じランク4層スプラー・メディウムを求めたのは、あくまで自分と並べば強さの指標が分かりやすいという理由が大きかった。


「だが...オランテの考えている俺と行動を共にするという点に関しては、現状では却下だ。間違いなく命を落とす事になる。足手纏いは必要無い。それぞれの強さ、資質に関しても原因はあるが、それ以上にトリアヴェスパには決定的とも言える弱点が存在する」


 クロムは淡々とトリアヴェスパに対する評価を並べていく。

 ペーパルは予想してはいたが、やはりそのショックは大きい。


「トリアヴェスパは役割が足りていない。お前なら分かっているだろう」


 クロムは再びペーパルに目線を向ける。


「...はい。それはわかっています。ロコの役割の問題ですね」


 彼はポーションの効果が効き始め、顔色を戻しつつあるロコの顔を見ていた。






 クロム言う致命的な弱点。

 それはパーティの構成の問題だった。


 フィラとペーパルは職業柄、回避型であり撃たれ弱さが最大の欠点である。

 そして戦闘の決定打では無く、絡め手を得意とする戦い方だった。

 対してロコはその強靭な肉体と豊富な近接能力で彼らのサポート受けながら戦闘を行う戦士である。


 つまりはロコが攻撃の要であり、同時に防御の要であるという、非常に不安定な立ち位置に居た。

 彼は前線で戦いながら、仲間を護る為に身体を張る。


 だがロコは盾を持たない攻撃主体型戦士アタッカーであり、所謂、防御主体型戦士タンクと言われる役回りで考えると十分にその役目を果たしていない。


 そしてパーティで最も先に倒れやすいのもロコでであり、彼が倒れるとパーティは間違いなく瓦解する。

 そこにフィラの様な仲間意識が強く、咄嗟の判断で最善の行動が取れない者が居るとなれば、クロムの評価は完全に“足手纏い”になってしまうのだ。


「わかっているならこれ以上の説明は不要だろう。後はお前達がそれに納得するか、しないかだな」


 ペーパルはクロムの言葉の中に、選択肢が設けられている事に真っ先に疑問を覚える。


「僕達が納得しない場合...何か条件を付けて、それをクリアすれば同行を認めて貰える...と?」


 彼の思考の回転の速さに感心しつつ、クロムはその問いに答えた。


「最終的にはお前達の判断に委ねる事になるだろう。そもそもお前達の中で俺に同行するという価値がどれくらいの物か、俺は全く理解していない。その価値に対する俺の条件、言い換えれば“代償”を受け入れられるかどうかだ」


 ペーパルは彼の“代償”という言葉に一瞬かなり悪い予感を感じたが、即座に思考を切り替える。

 クロムの価値観と自分達の価値観を切り離して思考しなければ、彼の言葉に容易に振り回されてしまう事をペーパルは理解していた。


「出来れば今ここで聞かせて貰えませんか?僕達はクロムさんと共に行動すると言う意思は共通して持っています。もし僕達の失態をその代償で埋める事が出来るのであれば是非とも聞きたいです」


 ここで3人では無く、ペーパル1人がまず話を事を選んだ事にクロムは彼にリーダーの才と覚悟を見た。

 ふむと一言クロムは呟くと、そのまま話を続ける。


「それならば単刀直入に言った方が良いだろうな」


 クロムの言葉を聞いて、ペーパルの表情と目線が鋭くなった。


「お前達、トリアヴェスパに俺の指名した人物を防御主体型戦士タンクとして参加させる事だ」


 ペーパルがその言葉を遅れて理解し、その内容に驚く。


「パーティに加えると言う事では無い。あくまでパーティに付随という形になるがな。今、その者に参加を打診する準備を行っている。もしお前達がそれを了承するなら、無理矢理にでも参加させるつもりだ。まぁ向こうも拒否はしないだろう、いやさせないと言った方が良いか」


 クロムの有無を言わせない重みのある口調を聞き、ペーパルが頬を引き攣らせていた。





 ― 既にオルヒューメが命令通りにマガタマを向かわせている様だ。現場に到着したら直接通信を繋いで俺が話した方が良さそうだな ―


 クロムはこの待ち時間の間に、オルヒューメとの通信を繋ぎ、空墜亜竜ランド・ワイバーンの素材データ等を送信していた。

 その際に、ラプタニラにマガタマを派遣するように命令している。


 目的はゴライアとの接触と今後の行動に関する通達。


 クロムはオランテの砦の中に、秘密裏に最新鋭の鍛冶工房を用意させるつもりでいる。

 主な任務はクロムの用意する素材を用いた新たな武具の開発と研究。


 その資金や設備の調達はオランテに用意させるが、その設備運用の全権限はクロムが掌握する。

 ゴライアとテオドはクロム直轄の部下という扱いになり、必要であればマガタマもしくはゼロツ辺りを護衛に回すつもりでいた。


 その見返りとして、オランテには資金に変える事の出来る魔石や魔力結晶、余剰素材等を譲渡し、更には量産する事に成功した新型武具や遺物の一部を譲渡するといった計画だった。

 そもそもクロムの考えの中に、オランテに権力や権限を振るわせる隙間を作るつもりはない。


 クロムにとってオランテは国内で権力と言う武器を扱える駒という認識であった。


 そしてその延長線上でクロムが考えた“トリアヴェスパ救済案”。


 鍛冶師であり、元ランク3層メディウム冒険者のゴライアをトリアヴェスパの防御主体型戦士タンクとして参加させる事。

 豊富な経験と実績もあり、道中の彼らの武具整備や獲得した素材判別、新たな開発に繋がる情報を得る事も出来ると言う物だった。


 更には鍛冶師という貴重な職業上、他の冒険者達よりも待遇は格段に良く、国内外の活動において制限が少ない。

 また素材収集と言う目的を掲げていれば、様々な場所に潜る事も許可次第では実現出来る。


 そしてゴライアと行動を共にする事により常時クロムと意思の疎通が出来、彼の代わりにゼロツやゼロスリーとも代理接触が可能という、現時点ではこの世界で唯一無二の立ち位置に居る存在だった。


 一方でテオドは伯爵の許可無く立ち入りが禁止されている特別区画に設置される鍛冶工房にて、日々研究に没頭する事になるだろう。

 彼が求める物に関しては、可能な限り用意するように厳命を下すつもりでいる。






「...わかりました。では3人で話し合う必要はありますが、そう長い時間は必要無いと思われます。それとその参加する方がどのような方か教えては頂けないのですか?」


 ペーパルが様々な思いや思考を丁寧に噛み砕き、消化しながらクロムに問う。

 流石にその人物像くらいは知っておきたいという気持ちもあり、何よりクロムが用意する人材と言う時点で一定の不安が過るのは仕方の無い事だった。


「そうだな。詳しくはまだ伏せるが、確かお前達も何回か会っていると思うがな。無能を呼ぶつもりはない。安心しろ」


 ― クロムさんの安心しろが一番怖いのだけど... ―


 間違っても口には出来ない台詞を心の流すペーパル。

 そこでクロムの単眼が真っすぐ自分に向いていると気付く。


「...?ど、どうされましたか?僕に何か...?」


 赤い単眼の中に浮かぶ黒い靄がペーパルを射竦めており、彼は先程の心の声が聞かれたのではと冷や汗を流していた。


「何を焦っているのかは知らんが...今回の戦闘ではお前の能力と資質の片鱗を見た。実に良い働きを見せてくれた。良くやったペーパル。これだけは伝えておく」


 そう言って、ペーパルの返事と反応を確認する事無く、その場を離れ、亜竜の死体と謎の大剣の調査を再開するクロム。

 ロコが静かに寝息を立てる横で、ペーパルがフードの先を摘まみ目深に被って、深く俯いていた。


 その細い肩が僅かに震えている。


「あぁ...もう...クロムさんホントに反則だよ...あのフィラが簡単に理由が分かった気がする...」


 ― フィラ、君のこれからの道は常に“敵”が作られていく気がするよ...急がないと本当に争奪戦になるんじゃないかな ―


 ペーパルの脳裏に、次々に現れるライバルに慌てて、そしてふくれっ面で酒を自棄飲みしながら愚痴を零すフィラの姿が浮かんだ。


「僕ももう少しなった方が良いかもね...」


 ペーパルは張り詰めた緊張感が支配するクロムとの会話を終えると同時に、急激に疲れと眠気が襲い掛かって来るのを感じ、慌てて新たな武器である魔法弓を握り締める。


 ― クロムさんが居るからって気を抜いた駄目だ...駄目...だ... ―


 視界がぼやけ、眼の焦点が合わなくなってきている。

 頭の中の意識が急激に上昇と下降を繰り返し、あたかも魂が身体を出入りしている様な感覚に襲われる。


 その目線の先には、彼がこれから付いて行こうとする黒騎士の姿が映っていた。

 ぼやける景色の中、彼の黒い姿だけはハッキリと捉えている。


 そのクロムがペーパルの様子に気が付き、その禍々しい手を彼に向けて、ゆっくりと地面を差した。


 ― 休んでいろ ―


 ペーパルは確かにクロムの声を聞いた気がした。

 今まで禍々しいと感じていたクロムの手が、その視線がペーパルを安らぎへと誘う。


「クロムさん...すみ...ませ...」


 そしてペーパルは地面に座り込んだ態勢のまま、魔法弓をしっかりを抱きしめてそのまま目を閉じて眠りに付いた。


 いつも達観した考えで、心の熱を溜めないように飄々と生きて来た冒険者ペーパル。

 その心の中には、本人の気付かない程の小さな温もりの灯を宿していた。








 [ 魔力レーダーに反応あり 距離150 数13 急速に接近中 ]



「この動きと数はオランテの派遣した騎士団か。フィラは任務を達成したという事だな。にしても進軍スピードが速すぎる」


 クロムはレーダーにて光点の動きを観察するも、それらは馬にしては異常とも言える速度でこちらに向かっている。

 特に大きな魔力反応が、その集団の先頭を爆走し、その後ろに控える集団を無理矢理に引っ張っている様子が見て取れた。



 [ 反応更に増速 距離60 振動感知 ]



 クロムが視線を向けた方向の森がざわつき始め、先程の戦闘の騒動で逃げ去っていた鳥達がようやく戻った所に、新たに騒動を加える形で再び空へ飛び立たせられている。

 地面に伝わる振動が徐々に大きくなると、流石のペーパルも慌てて覚醒し、ロコを庇うように位置を変えると即座に弓を構えた。


「ペーパル、恐らくフィラが呼んだ騎士団だ」


「しかしえらく賑やかですね...」



 [ 距離20 接敵します ]



 魔力レーダー内において、一際強力な魔力反応を示す光点が接敵範囲に侵入した。


「クロム殿ぉぉぉぉ!この魔力!この気配!この!」


 もはやペーパルにとってはオーガにしか見えない魔力と気迫を纏ったウルスマリテが、咆哮を上げ、藪を破壊し吹き飛ばしながら突っ込んで来た。


「またお前か...」


 呆れた声を出すクロムに対し、ウルスマリテは狂ったように爆進する馬から飛び上がると、そのままクロム目掛けて拳を握り、振りかざしながら飛び掛かって来た。

 その全身からは凄まじい量の魔力が溢れ、その拳も濃密に練り上げられた魔力が込められている。


 ― この魔力ならでも大丈夫か ―



 [ 戦闘システム起動 コア出力40+30 インパクト・ナックル装填 ]



 クロムはウルスマリテの突撃に対し、腰を浅く落としながら右腕を腰のラインまで引き絞り、完全な迎撃の構えを取った。

 右前腕部の装甲が僅かに変形し、その中でインパクト・ナックルの炸薬が装填される音が聞こえる。


 猛スピードで飛び掛かるウルスマリテもまたクロムが戦闘意思を示し、拳を構えた事を瞬時に察知すると更に全身から歓びを爆発させ、同時に有り余っている魔力を更に放出する。


「クロム殿ぉぉ!ウルスマリテが今ここに!」


 ウルスマリテの魔力を纏った拳が、クロムの顔面目掛けて繰り出される。

 この拳の威力であれば、通常のオーガの上半身は容易に消し飛ばせる程の威力が込められていた。


 しかし方向転換や姿勢制御が効かない空中で、しかも真正面から一直線に放たれた拳にクロムが被弾する訳は無く、逆に正確無比な彼のカウンターがウルスマリテの胸部に炸裂する。


「お前を所有した覚えはない」



 [ インパクト・ナックル 起動 ]



 クロムの最高のタイミングで解き放たれた右拳が、ウルスマリテの胸にカウンターで炸裂すると同時に、ズトンという爆発音と爆炎が発生する。

 彼女の身体が空中でに折れ曲がり、反対方向に吹き飛ばされていった。


「ぬごぁぁぁぁ!流石クロム殿ぉぉぉ!」


 そして近場の巨木に叩き付けられ、大きな衝撃音と共に盛大に葉を舞い散らせた。


「...っみ、見事...」


 ウルスマリテが木の幹に背中を喰い込ませ、胸の鎧から赤い魔力火花を散らしながら、震える拳をクロムに向けて掲げて賛辞を贈る。


「こいつは一体何なんだ。オランテの人選に対する信用度を下方修正する必要もあるか」


 クロムの中でのオランテの評価が、本人の預かり知らぬ所で勝手に下がっていく。

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