第164話 目標へ向かう者達
― 目標地点まで後1400 マスタークロムからのターゲット識別情報受信完了 作戦行動に問題無し ―
― 進行方向に魔力反応を探知 数3 接敵まで残り40 ―
― ターゲット確認 外観識別はオークと判定 敵性反応と認定 ターゲットロック 殲滅を開始 ―
ラプラニラから約1.4キロの地点。
底無しの大森林の外縁部を高速で移動する1体の金属球体が居た。
長い休眠から目覚めて以降、休む事無く常に何かの任務に就いているマガタマAが、またも急遽オルヒューメから命令を受け、新たな任務を遂行している。
進路上で発見したオークの集団の中に突撃するマガタマA。
球体の甲殻の全周の一部が起立すると鋭利な突起物を化し、回転数が一気に跳ね上がった。
突然森の中から飛び出し、高速で体当たりして来た金属球体によって、最も近くにいたオークの腹部の皮膚や肉、内臓が巻き削られ、破裂するように吹き飛ばされる。
― 目標撃破 撃破数1 ―
冷静な結果報告を記録するマガタマA。
ボディ全体に付着した血や肉片が遠心力で撒き散らされた。
疲労も知らず、感情も持ち合わせてない殺戮兵器は、ただマスター登録しているクロムの為だけにこの世界を跳ね回る。
ただ僅かに割り振られている自律思考回路が、目覚めた時から殆ど姿を見せないクロムを求める様に彼の情報を収集していた。
1匹のオークを仕留めた後、コア・バースト噴射により直角に進路を変えると、その砲金色の球体が次の獲物の頭部を削り潰す。
頭部を弾けさせたオークが倒れ伏すと同時に、マガタマAは地面に落ちて一度大きくバウンドした。
― 目標撃破 撃破数2 ―
マスターとなったクロムの情報を可能な限り保管するのは、彼の兵器として作られたマガタマにとっては当たり前の事。
恋しいという感情では無く、ただプログラムされた行動に過ぎなかった。
ただプログラム上の行動であっても、それは他の者から見ればそれは献身と見えるかも知れない。
現状はオルヒューメの命令によって作戦行動を取るマガタマであったが、それはクロムの命令を受けたオルヒューメがマガタマに命じている。
マガタマAは待っていた。
クロムから直接指令を受けるその時を。
共に戦場の駆け、敵を蹂躙する時を待っていた。
ドンという音が鳴り響き、マガタマAはバウンドした後に有り得ない角度で巨大な木の棍棒を振り下ろそうとしているオーク目掛けて跳ねる。
このマガタマAの空中機動に合わせて、その棍棒を振り回すオーク。
しかしマガタマAはその棍棒を粉々に打ち砕いて、そのままオークの胸に大穴を抉り開けた。
― 目標撃破 撃破数3 ―
― 敵集団の殲滅を完了 作戦行動を再開 ―
通常形態に甲殻を変形させ、何事も無かったかのようにドンという噴射音を吐き出して森へ入っていくマガタマ。
進路上にあった巨木を避ける事無く、その幹を半分以上削り取っていった。
― 作戦目標 データ確認 個体識別名“ゴライア” 個体識別名“テオド” ―
― 魔力データ及び音声データ 確認完了 ―
― 分類“人間”の殺傷を可能な限り回避 障害及び敵対認定目標は完全破壊 ―
その障害というカテゴリーの中から、“壁”という言葉が除外される日はまだ先の事である。
現状におけるエネルギー供給を賄っている区画にゼロスリーが立っていた。
彼が見上げる巨大な魔力結晶が、低い動作音を響かせながらエネルギーを搾取されている。
― ゼロスリー 生体ユニットの状況はどうですか ―
ゼロスリーの猪耳に白い金属製の通信機が装着されており、電子音と共にオルヒューメの声が聞こえてきた。
保有魔力上昇と経験に伴う能力向上は、中でも彼の知性の発達に大きな影響を及ぼしており、それと同時にこの特殊過ぎる環境が彼の思考回路や知識、思考を大きく変貌させている。
始めはこのマガタマが修理した小さな通信機ですら
「まだ生きている。だがエネルギー負荷がかなり生体組織に響いている様だ。一部では組織崩壊が起こっている。まだ意識自体はあるので安定剤と再生促進剤の投与でまだ持ち堪えられるだろう」
ゼロスリーは区画に鎮座する巨大な魔力結晶の光を目を細めながら眺めていた。
その魔量結晶には無数の黒いチューブが接続された生体ユニットが張り付いている。
それは鼓動の様に蠢き、魔力結晶から魔力を吸い上げ、エネルギーへと変換していた。
その生体ユニットは腹部装甲を剥ぎ取られ内部組織を露出させられた上で、脚と尾を切除されたサソリの胴体に、無数のリザードマンの上半身や下半身が融合接続されており、その全てが生かされたままで運用されている。
脳が健在ゆえにその意識も残っている為、定期的に口元が動き、唸り声とも咀嚼音とも言えない音が漏れていた。
その様子を見つめるゼロスリーの眼は、それをただただ感情を動かす事無く見つめ続ける。
クロムとの戦闘に破れ、ゼロツ、セロスリーとの戦闘にも敗れた奈落の魔物の成れの果て。
これらは戦果であり、物資であり、実験材料である。
全てはクロムの為。
クロムの陣営に居ない時点で敵であり、道具である。
そしてゼロスリーにとってクロムの為に役立つのであれば、それは名誉ある事であり、それは実験材料として使われた被検体も同様だった。
それ故に、ゼロスリーは目の前の実験体を決して乱雑に扱わない。
名誉ある供物として、彼は敬意を以てその実験体に接し、決して無駄に死なせる事無く、最大限生かし続ける。
― もう少し耐久性の高い魔物が必要という事ですか ―
「もしくはエネルギーという物を理解した上で、魔力回路を施せる者が居れば効率は更に上げられるだろう」
ゼロスリーの脳内に、素晴らしい才能を持つ武具職人の少年の顔が浮かぶが、ここの環境を考えるとそれも困難だと結論付ける。
― 現状のエネルギー供給においては通常時では問題ありません ですが今後設備や軍備の拡充及び兵器開発においては足りないと言わざるを得ませんね ―
現状においてもエネルギー供給率は良いとは言えなかった。
ただ以前の事を考えれば、エネルギーの供給自体が有るという事が奇跡に近い。
様々な研究や実験、開発とエネルギーの使い道は無数に存在する。
将来的にここにはない設備を増設出来れば、その使用率は劇的に跳ね上がるだろう。
「それまではこの者達に奮起して貰おうか。追加の魔物はゼロツに任せればある程度の目途は付く。心配せずともこの者達を可能な限り死なせはせんよ」
― 随分と可愛がっているようですね 醜悪な姿と成り果てた魔物達を愛でる趣味があるとでも? ―
オルヒューメの言葉に顔を顰めるゼロスリー。
「何を言うかと思えば。この者達は主に歯向かった敗者の末路。実験体であり只の肉の塊だ。だがそれと同時に主に身を捧げる素晴らしい供物だ。ならばどのような姿になろうとも、その献身に応える義務が我々にはある」
― その者達にとっては死が救いでも...ですか ―
「死が救い?オルヒューメの言葉とは思えんな。死が救済であるならば、この世の全ての生物は主によって歓びと共に死を与えられるべきだ。だがそうでは無い。生きて生き抜いて、主の役に立ち、我々の役に立った後で最後に迎える冥府への逃避が死と言う物であろう」
― ... ―
オルヒューメはこのゼロスリーの言葉に対する回答に無言で応える。
様々な経験とデータを吸収し、“人工知性体”というべき存在へと昇華しつつあるオルヒューメ。
そのAIアーキテクチャの礎となった少女ヒューメは、もう一方の自分を救う為にその身をクロムの中に溶かした。
それは救いだったのだろうか。
片割れの自分を救った事に満足して消えたのだろうか。
ヒューメの残した記憶媒体の残滓からも伺い知る事が出来る後悔と絶望。
そして自身をこのような運命のレールに乗せた存在への強い憎しみ。
そして意識内で最後に交わったクロムとの記憶。
存在が永遠に消えると心に受け止めつつも、またクロムの前で目覚める事を僅かに望み、“おやすみ”と残した少女の記憶。
― ...そうですね 変な事を聞いてしまいました 忘れて下さい ―
「俺は気にしない。考える事は互いにとっても、己にとっても良い事だからな」
― ゼロスリー 貴方は少しクロムに似てきましたね ―
「そうなのか?ふむ...それは喜ばしい事だ」
ゾロスリーの表情に僅かだが喜色が浮かぶ。
― ...私としては似て欲しくない部分もありますが...いいでしょう ではもう1つの“黒蝕”の方ですが...やはり... ―
「...そこは本体の...そうなれば...」
こうして己の満足感を埋めていくように、クロムの為に研究を進めるオルヒューメとゼロスリーの日常がマグナ・ミラビリスの艦内で繰り広げられていく。
その中で魔力結晶の光に炙られ続ける生体ユニットの塊が、永劫とも言える地獄すら生温い苦痛の中、確かな救いを求めて蠢いていた。
しかしその声無き声は、冷たい金属の牢獄の中から外に漏れる事は無い。
オランテが建設した砦の裏門とも言える出入口から、秘密裏とはとても言い難い騒々しさで騎士の集団が馬に乗って出立した。
その先頭を爆走する一際精悍な軍馬を駆っているのは、オルキス近衛騎士団団長ウルスマリテ・グラサである。
「クロム殿!今、このウルスマリテが貴殿の元へ馳せ参じるぞ!待っていてくれ!」
既に気迫が籠り過ぎたその巨躯から魔力が滲み出ており、興奮で熱く火照った身体からは汗が滲んでいた。
群青色の短髪を靡かせる程の速度で馬を走らせるウルスマリテ。
出立前に主である伯爵から、くれぐれも落ち着いて行動しろ、自重しろと厳命されている筈だったが、既に彼女の心の中には存在していない。
自身を一方的に打ちのめしたクロムは、この燃える乙女騎士の中で漆黒の王子としてその姿を改変されていた。
しかしながら彼女が妄想する黒き王子の姿は、城のバルコニーで彼女を優しく抱き上げ、甘い言葉を囁くものでは無く、闘技場で相対し、あの黒い拳で容赦無く拳打を浴びせてくる姿である。
「...レオントさん?あの人...大丈夫なの?一応騎士団長さんよね...?」
レオントの駆る馬の後部座席に捕まるフィラが、魔力枯渇による疲労とは異なる、精神的な疲労を含んだ口調で前に座る副団長に問い掛ける。
「俺もあまり信じたくないが...あれが我がオルキス近衛騎士団の騎士団長だ...一応な...信じたくないが...」
「...とんでもなく頑丈なのは知ってるけど...あの様子だとまたクロさんにぶっ飛ばされない?ていうかレオントさんの騎士団って色々と大丈夫...?」
「...それ以上は言わないでくれ...俺も伯爵もこれ以上胃薬で腹を満たしたくないのだ...」
レオントが手綱を握っていた左手をそっと自らの胸に当てる。
「ご愁傷様...」
フィラが心の底からの哀れみの視線を彼の背中に浴びせていた。
もはや暴走に近い速度で突き進むウルスマリテ率いる騎士隊は、道中に遭遇するゴブリンやコボルト、オークの集団を踏みつぶす勢いで駆逐し、クロムとトリアヴェスパの2人がいる場所へ向かっている。
もしクロムが未だ戦っているなら、そのまま加勢もしくは
クロムが勝利を収めているなら、後続の回収部隊が到着するまでの周辺警戒となっている。
そこに先頭を走る騎士団長はひとつ項目を付け加えているが。
いずれにしても各種ポーションを服用したとは言え、完全には回復しきれていないフィラにとってこの行軍はかなり厳しいものである。
だが、彼女は深く広がる森の先、仲間とクロムが戦っている方向を鋭く睨み、ウルスマリテと同じく全身から魔力を滲ませていた。
「フィラ。気持ちは解るが、いざという時まで魔力を抑え、精神を落ち付かせるのも優秀な戦士には必要な事だ。間違ってもあれを参考にするな」
「...ごめん。確かにそうだわ、ありがと。それにアタシを戦士って言ってくれるのね」
フィラの身体から溢れていた魔力が徐々に絞られていき、レオントの言葉に彼女は僅かながら救われる。
「当たり前だ。今こうして未曽有の危機に対し救援に向かえているのは一体誰のお陰だ。その者を戦士と呼ばずに誰を呼ぶのだ」
レオントは鋭い視線を眼前に広がる深い森の彼方に向けながら、当然の様に言い放つ。
「クロム殿もそう言うだろう。お前もそれは解っている筈だ。これからだ。そうだろ?」
「...うん。そうありたい...いや...そうだわ」
そう言ってフィラは口を噤むと、激しさを増す馬の動きに合わせる為に身体強化を施し始めた。
「ウルスマリテ団長!このままだと馬が潰れる!少しは落ち着け!」
レオントが額に青筋を浮かべて怒鳴る。
周囲の選りすぐりの騎士達も同様に頷いていた。
「大丈夫だ!心配するなレオント副団長!私の馬はそんなヤワに育てていない!見ろ!まさしく人馬一体!この私の猛る気持ちを汲んでくれているのだ!」
ウルスマリテが脚力だけで馬の胴体と一体化し、両手を振り上げて高らかに宣言する。
「「「「あんただけの話じゃねーんだよ!!!」」」」
無数の軍馬が森の大地を揺るがし轟音を上げる中、彼女以外の者達の怒声が重なって響き渡る。
これ以降、ゴブリン等の魔物は一切遭遇しなかった。
もしここに魔力レーダーがあれば、爆走する騎士隊の周囲で探知した無数の光点が、急速に散り散りになっていく様子が見れただろう。
「クロム殿!この私の高鳴る胸の鼓動が聞こえているだろうか!いや聞こえているに違いない!」
ウルスマリテが頬を染め、狂ったように駆ける愛馬の胴を興奮のあまり両脚で強烈に締め上げながら叫んでいた。
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