第161話 墜ちた雀蜂は足掻き続ける
クロムが戦闘意思を示し、全身から殺意の籠った魔力を発した事で
大地を踏みしめる度に地響きと思える程の揺れが4人を襲う。
クロムは後ろの3人に向かって矢継早に言葉を並べ立てた。
「ロコ。お前のガントレットは魔力を充填する事により攻撃時、瞬間的に魔力量に応じて腕力を強化する事が可能だ。ただしその威力に今のお前の武器が耐えられる保証はない。恐らく一撃で武器が破壊される。また肉体への負荷もかなりの物となる」
「ペーパル。その弓は貫通力強化以外にも、着弾時に魔力衝撃を発生させる事も可能な物だ。また魔力の錬磨精度と充填量次第で騎士クラスの投槍を超える威力にもなり得る。ただしお前の実力では一発で魔力枯渇寸前まで追い込まれる可能性が高い」
この騒動の最中に語られた突然のクロムの解説に、ロコとペーパルは驚きながら、それと同時に彼から与えられた武具の魔法効果が普通では考えられない程の物であると思い知る。
「フィラ。お前の短剣はただ魔力を込めれば良い物では無い。刃に魔力を込めれば切断力が、刀身に込めれば耐久力が魔力量に応じて強化される。場合によっては刀身の長さすら調整可能だそうだ。ただお前の魔力量では圧倒的に足りない。無理に込めれば魔力枯渇で倒れるぞ」
フィラは両手に装備した短剣の底知れない価値を知り、手汗が滲み始めた。
ただそれよりも、クロムの口調が今までの淡々な物では無く、僅かな怒気が含まれている様な錯覚を覚える。
「結論から言うと、お前達はまだその武器を完全には扱えない。有効打一撃で使い物にならなくなる援護など俺には不要だ。特にフィラ、お前は俺の言っている事の意味が解るか?」
クロムは空墜亜竜を魔力による威圧のみでその動きを封じながら、静かに、そして有無を言わせない圧力を乗せて言い放つ。
「そ、それは...」
フィラが亜竜の怒りのボルテージが上がっていくのを感じ、恐怖と怯えが徐々に震えを誘発させ始め、そして追撃となるクロムの言葉に声を詰まらせる。
「お前は俺の命令に従わず、明らかに勝ち目が無い相手に対し撤退を選べなかった。更には仲間の助言も聞き入れずその機会を逃がし、今、仲間の命を危機に陥れている」
「...っ!」
クロムにとってトリアヴェスパはある程度の信頼が置ける冒険者パーティである事は間違いない。
特にフィラが己に対して強さへの憧れ以外にも別の感情を持っている可能性が高い事にも、言動や感情のその振れ幅からデータ上でクロムは気が付いていた。
だが、クロムにとって他者の価値は己の利益になるかが最優先事項であり、自身の行動を阻害する存在は敵では無いとしても、等しく“邪魔者”という判断が下される。
今は助けを求められれば手を差し伸べる事もある。
ただ一度邪魔者と判断されれば、次に選択する彼の判断は“排除”になってしまうのだ。
「その程度の実力で俺の邪魔をするな。二度目は無い」
クロムの全身から、無差別にありのままの殺意が赤い魔力と供に放射され、フィラの全身が飲み込まれる。
黒騎士クロムの最後通牒。
それは彼女にとってとてつもない重みを持っている。
「...ご、ごめ...さい...」
亜竜を遙かに上回る恐怖がフィラを襲う。
憎々し気に唸り声を上げる亜竜が攻撃を繰り出そうと動きを見せた瞬間、自身よりも明らかに強い魔力を持っているクロムから圧倒的な殺意が発せられた事により、攻撃を行うタイミングを抑えられていた。
「...すまねぇクロムさん!フィラを許してやってくれ!このような事は二度とさせない!これは俺達の責任でもあるんだ!」
一連の会話を聞いていたロコがクロムに対し、思わず謝罪を行う。
「そこの馬鹿2人、何やってんの!今はそんな事やってる場合じゃない!今僕達に出来る事はクロムさんの邪魔をせず、援護が出来るかでしょ!出来ないと判断したら即撤退だ!俺達がクロムさんに迷惑かけてどうするんだよ!」
そのペーパルの叫びによって、この場の均衡が崩れたかのように亜竜が動き出し、その強靭な前足を振り上げ、クロムに攻撃を仕掛ける。
「ようやく動くか」
3人が青ざめながら回避行動を取る中で、クロムが平然それを見上げ、右脚を僅かに後ろに引きながら半身の体勢を取り、低く腰を落とした。
そしてまずは手始めとばかりに、頭上から降って来る亜竜の前脚にハイキックを合わせる。
ドパンという轟音と共に亜竜の前脚が横に弾かれ、その衝撃で体勢を崩した際に下がって来た頭部にクロムは身体を捩じりながら軽く跳躍し、左足で後ろ蹴りを叩き込んだ。
吹き飛ぶ亜竜の頭部と脚に伝わる感触を確かめるクロム。
「なるほど、それなりに硬いな。サソリよりも多少上か。多少のダメージは入ったようだが...まぁいい、次は斬ってみるか」
― オルヒューメ 現在、
― クロム こちらでも戦闘システムの起動を確認しております 戦術リンク解放済み アラガミ5式のシステム解放は限定的になります 注意を ―
― サンプルとして可能な限り現状の状態を維持したままこれを殺害する。先日送ったサンプルの本体の能力検証も同時に行う ―
― 了解しました 先日のサンプルの検証と調査は完了しております 秘匿識別名“黒色浸蝕細胞” 呼称“黒蝕”と命名しました 現在、組織培養の上で魔物を用いた生体実験を実行中 ―
― 使用はそちらの判断に任せる。以上、通信終了 ―
クロムはオルヒューメとの通信を切断し、解放された戦術リンクを使用し情報収集を本格的に開始する。
そして何とか回避行動を取ったトリアヴェスパに意識を向けると、視線は亜竜に固定したまま指示を出した。
「ペーパル。お前にトリアヴェスパの指揮を任せる。現状ではお前の観察眼と判断力が最適だと結論付けた。お前の判断による部隊行動のみ俺は攻撃を合わせる。やれるか?」
クロムの呼び掛けに一瞬戸惑いながらも、ペーパルは弓に矢を番え、鋭い視線でそれに応える。
「わかりました!微力ですがお手伝いさせてください!ですが撤退が必要と判断した場合、即座にここを離脱します!あと今から砦に伝令を走らせ、騎士団に状況を説明、援軍を要請します!」
「了解した。全ての判断はペーパル、お前に任せる」
クロムはペーパルに声を掛けると同時に、両腕のカーバイト・ブレードを構えながら怒りで我を失いつつある亜竜に突撃していく。
ペーパルはその言葉に無言で頷くと、弓に魔力を流し込み、番えた矢を魔力で覆い始る。
彼は魔弓術師の知識と経験により、クロムが魔力感知を使いこなしていると判断し、矢の纏う魔力気配と指向性によって意思をある程度伝達出来ると踏んでいた。
クロムの常人離れした動きに合わせながら指示を出し、そして彼の動きを阻害せずに援護を行うというあまりにも困難な任務。
だがペーパルはパーティが、そして大切な仲間が失った信頼を自身の働きで取り戻そうと、今までに無い集中力で魔力を錬磨していた。
「くそっ!ペーパル俺は何をすればいい!?」
「ロコはまず心を落ち着けてからだよ!準備が出来たらひたすら魔力錬磨で身体とガントレットに魔力を集めて!一撃に全てを掛ける勢いでやらないとダメだ!」
眼前ではクロムと亜竜の接近戦が繰り広げられ、辺りを土煙と振動、そして咆哮と戦闘音が容赦無く戦場に振り撒かれている。
そんな中で何とか戦闘態勢を維持しつつも、未だに思考が停滞しているフィラが顔色を悪くしながら聞き取れない程の小声で何かを呟いていた。
「フィラ!いい加減に目を醒まして!フィラは今から伝令として全速力で砦に走って貰うよ!もし仮にコイツが森から出たら大変な事になる!」
「ア、アタシも...」
「クロムさんの言った“二度目は無い”って意味がまだわからないのか!冷静に考えなきゃ駄目だ!挽回出来る機会を貰えたのに、まだそんな事言って無駄にする気なのか!」
隠しもしない苛立ちをフィラに向けるペーパル。
彼女のクロムに対する気持ちをわかっているからこその叫び。
ペーパルはこの機会を逃せば、もう二度と彼女はクロムから目を向けられなくなると確信していた。
「行け!僕達もダメなら全力でこの場を離脱する!僕達に出来る事をやるだけだ!街の人を救う事も冒険者の役目だろ!目的の為にそれを見失えばもう冒険者じゃない!」
これでフィラを納得させる事が出来なければ、もうペーパルは彼女を思考から切り離す事も考えていたが、幸いその言葉が彼女をこちら側に戻す事に成功する。
彼女は口惜しさで震える短剣を鞘に戻し、そして自身の頬を両手で豪快に打った。
バシンいう音と赤く腫れあがる彼女の頬。
そして次の瞬間にはフィラの目に不安定ながらもいつもの勝気な気配が宿っていた。
「ごめん!どうかしてたアタシ!今から砦に走る!だからみんな無事でいて!」
フィラは仲間への後ろめたさもあり、その言葉に対する返事を待たずに魔力を全身に漲らせ身体強化を施しながら即座に駆け出した。
それと同時に亜竜と戦っていたクロムが、大口を開けて彼を噛み砕こうした亜竜の牙を数本、カーバイト・ブレードで一気に斬り飛ばす。
そして廻し蹴りでまたも頭部を蹴り飛ばして隙を作ると、宙を舞うその内1本の牙をキャッチし、自身の首に掛けられていた
クロムは駆け出したフィラに向かって鋭い魔力の気配を放ち、フィラもまた即座にそれに反応、視線をクロムに向ける。
困惑と後悔、そして悲しみ、様々な感情が含まれたフィラの瞳がクロムを見つめていた。
交錯する2人の視線。
クロムは徐に手の中にある亜竜の牙と冒険者プレートをフィラに向かって投げつけた。
それを跳躍しながら慌ててキャッチするフィラ。
手の中で輝くクロムの
かつて彼がこれを握り潰そうとして必死に自身が止めた事を思い出す。
冒険者をやめないでくれと懇願した彼女が、目的を優先するあまりその冒険者の矜持を捨てかけていた事をここに来て実感する。
あくまで無言を貫き視線を亜竜に戻すクロムに対し、フィラは目に涙を溜めながらも強い意志の籠った視線で前を見る。
そして振り返る事無く、身体強化を全力で行使しながら木々の奥に消えていった。
「さて、面倒事もある程度は片付いた。ここからはお前の耐久力を確かめさせて貰うぞ」
クロムは牙を斬り飛ばされ、口から僅かながら血を流し唸り声を上げる亜竜を見上げ、睨み合う。
そして後方に居るペーパルを一瞥すると、ペーパルは明らかに変化したクロムの気配と魔力に気付き、無言で小さく頷いた。
「レゾム、これからお前の力も試させて貰う。お前はあのトカゲの中に入り込む事は可能か」
― あいあい、お呼び?んーお口からはちょっとキツイかなぁ。出来れば傷があればそこからお邪魔します出来ると思うよぉ ―
「わかった。俺があれを斬り刻む。隙を見て乗り込め」
そう言ってクロムはポッドの蓋を解放する。
すると中から黒い意志を持った液体がヌラリと姿を現わした。
― でも魔力をたくさん貰わないと今は無理かもぉ...よわよわでごめんねぇ... ―
黒い液体の先端が俯く様に垂れ下がる。
[ 左腕先端部 魔力放出口を解放 ]
― わぁい! ―
クロムは無言でポッドの開口部に左掌を近づけ、濃密な魔力を放出するとレゾムが喜びの声と共にポッドから溢れんばかりに飛びついた。
黒いタール状の物体がクロムの左腕に纏わりつき、ポッドの中身が空になる。
― うまうま。うまうまぁ ―
クロムの腕の表面に薄く伸びた状態で張り付くレゾムが、次々とクロムの魔力を喰らっていく。
良く目を凝らせば、黒い液体の表面に細かな魔力回路が折り重なる様に無数に走り、赤く光っていた。
― けぷぅ...これだけ貰えたらだいじょぶ!あのうるしゃいトカゲさんは殺しちゃっていいのぉ?頭の中をぐっちゃぐちゃにしても良い感じぃ?それとも乗っ取るぅ? ―
「やり方はお前の好きにして構わん。いずれにしてもタイミングを見て殺す。ただしあまり食ったり溶かしたりはするな。貴重なサンプルだからな」
― あいあい。熱いのも冷たいのも駄目だけどぉ...色々とぐちゃぐちゃにしたりするのは得意だから任せてねぇ ―
クロムの意識の中に喜びの感情、そしてどす黒い嗜虐的な思考の気配が流れ込んで来た。
― レゾムとの魔力連鎖が確立されたようだな。他の者に悪影響が無いかだけ確認の必要があるが...概ね計画通りだ ―
このクロムの小さな満足感もまた逆にレゾムに伝わっており、主を満足させたという事実が彼女の持つ“喜び”を“悦び”に変化させる。
[ コア出力70+40 アラガミ5式システム解放要件に必要な出力を確保 アラガミ5式 システム解放 ]
[ 魔素リジェネレータ 稼働率80% クリスタライザー 稼働率75% 正常に稼働 ]
[ ヒートターミネータ 起動準備 右腕装甲変形開始 融魔細胞の耐熱変性開始を確認 ]
[ 右腕装甲 層境界面剥離 相互超振動を開始 ]
コア出力を上昇させアラガミ5式を一部開放したクロムの全身から、赤い余剰魔力が噴き出し始める。
右腕装甲が超振動を起こし黒い蜃気楼を産み出しながらタービン音を発し始め、一方で左腕は装甲全面を黒い液体に包まれ、その表面を蠢かせていた。
それを見ていたロコとペーパルは身の毛がよだつ程に戦慄を覚え、クロムの“邪魔をするな”という言葉が恐怖と共に蘇る。
あまりにも凄まじいクロムの魔力の波動によって、全身がピリピリと小さな針で刺され続けている様な感覚に襲われていた。
「...確かに僕達なんか邪魔以外何物でも無いね...」
魔力飽和の気配をその身に感じ、冷や汗を頬に伝わらせながらも、ペーパルはクロムのどんな行動も見逃すまいと集中力を切らさない。
そしてロコもまた無言で歯を食いしばりながら、未だかつてない魔力量を錬磨し始めていた。
「まずはヒートターミネータ起動完了までこのまま攻撃を再開する。レゾム、隙を見て潜り込め」
― あいあい! ―
クロムの単眼が赤く輝き、標的を睨み上げると同時に亜竜の大きく開かれた口から咆哮が迸る。
だが次の瞬間、その口の中に一条の光が飛び込み魔力衝撃を巻き起こした。
ペーパルの放った衝撃属性を付与した魔力矢が口の奥で炸裂し、亜竜が口腔内で発生した突然の激痛に叫び声を上げながら頭を振り回し、脚で大地を踏み鳴らす。
「よくやった。行くぞ」
クロムがその隙を逃さず、カーバイド・ブレードを振り払いながら亜竜目掛けて突貫した。
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